62話 決戦
周りを警戒しつつ、照明のスイッチを探す。蒼とフィンリーは何も見えてないだろうから。電気を点けて地下室の真ん中へ視線を戻すと、あの女——レイラが棺桶の淵に腰掛けこちらを見ていた。
「おおジョージ! お主から出向いて来るとは思わなかったぞ。分かっておる、やはり人間に飽きたのだな? あの日の反抗的な態度は、お主の殊勝な心がけに免じ許してやろう。寛大な私に感謝するが良い」
「……白々しい。今までの乱闘騒ぎを聞いてたなら分かるだろ。早く蒼の呪いを解け」
「どのような小細工で、その娘の命を存えさせたか知らぬが、無理な相談だな。呪いが返り私がただでは済まぬ。何より私は呪いを掛ける専門だ。それよりも早く渡せ、その娘は私への貢ぎ物なのだろう?」
「そんな訳ないだろッ!!!」
怒りに任せ、手に持っていたドアをレイラ目掛けぶん投げる。レイラは片手でドアの軌道を逸らすと、顎に手を当てた。壁に激突したドアは大きくひしゃげる。信奉者に掃除をさせてるのか、埃は殆ど立たなかった。上の階とは大違いだな。
どうにか冷静になるため、荒く深呼吸してるとフィンリーに肩を叩かれた。
「安い挑発に乗ってはダメよ」
「……分かってますよ」
「ふむ、最大限寛大な対応をした私に対してこの所業。加えてヴァンパイアハンター共と行動を共にしておると言う事は、私を裏切り敵対すると受け取っても良いのだな?」
「俺がお前の味方だった事など一度も無い」
「そうか、それは残念だ」
レイラが立ちあがろうとしたその瞬間、デボンがクロスボウを撃った。矢は左胸に命中し、レイラはその場にドサリと倒れ込む。
よし、計画通りだな。蒼を抱き抱え少し離れる。いくら吸血鬼でも見た目は人と変わらないんだ。残虐シーンは見せたくない。
デボンが合図するより早く、フィンリーは銀の短剣を抜き、一足飛びにレイラの懐へ飛び込んだ。
だが銀の短剣がレイラの右胸――心臓に届いたと思った瞬間、金属同士がぶつかる音が聞こえ、フィンリーの手が弾かれたように跳ね上がる。直後、レイラの腕が大きく動くと、フィンリーの体は俺の右腕を掠め、後ろへ吹っ飛ばされた。
皮膚を刺すような、体を持ってかれそうな風圧と、フィンリーの残り香。そして背後で壁に何かがぶつかった鈍い音。嫌でも何が起こったか予想がつくだけに、見たくない。でも確認しないと――。
床に倒れ込み、胸に鋲のような物が突き刺さったフィンリーの姿が目に飛び込んで来た。鋲からは指三本分はありそうな太さのゴツい鎖が伸びている。
ひと目で分かる。人間のフィンリーじゃ絶対に助からない。俺の足は縫い止められたように動かなくなった。が――。
フィンリーがヒュッと喉を鳴らし、大きく息を吸い込むと激しく咳込みはじめたじゃないか。
「フィンリーさんっ!!」
蒼を抱き抱えたまま慌てて駆け寄り、フィンリーの体を起こす。蒼はどうすればいいのか迷った様子で、胸に突き刺さる鋲に手を添えた。
フィンリーはそんな俺達を安心させるように笑いかけると、鋲をむんずと掴んで引き抜き、胸元から真ん中が大きく抉れたリチャードの聖書を取り出した。
「大丈夫よ、あの子が守ってくれたみたい。確かに攻撃を弾かれて、鎖を撃ち込まれた時は終わったかと思ったけど」
「ククク……デボン、あの小癪な小僧の本は確かお主が持っておったはずよのう? お主、此奴等と繋がっておったのかぁ? 薄汚い元人間の分際で私を裏切りおったな!?」
レイラは左胸に刺さっていた矢を引き抜き、放り捨てた。そして歯を剥き出して笑いながら、カッと見開いた真っ赤に光る目で俺達を睨み付けていた。怒りと興奮をごちゃ混ぜにした表情をしている。
「裏切り者と人間の寄せ集めで私を討つつもりか? 笑わせてくれる!」
レイラはそう言うなりデボンへ向けて、手繰り寄せた鎖を振りかぶった。いや、あの動きはフェイントだ。鋲はレイラの殺気が向かう先、きっと俺達の方へ向かって来るだろう。
予想通りレイラの手から離れた鎖は真っ直ぐ滑らかに、空気を裂きながらこっちへ飛んで来る。蒼を守りながら戦うと考えると不安しか無い……。
「ここはアタシとデボンに任せて、貴方はアオイさんを守る事に専念なさい!」
「ありがとうございますっ!」
蒼を抱き上げ、さっき放り投げたドアがある部屋の角へ駆けながら、ちらっと振り返る。うん、フィンリーもデボンも大丈夫そうだ。鎖の速度は凄いけど、同じ手は何度も食らわないはず。
二人のお陰で直ぐにドアが落ちてる部屋の隅へ着いた。蒼を隠すように立て掛け、声をかける。
「俺は行くけど、蒼はここから出るなよ」
この状況では自分が足手纏いになると理解してるんだろう、蒼は悔しそうな表情で黙って頷いた。
「さてと……」
戦闘に慣れてるはずの二人でもなかなかレイラに近付けず、苦戦してるみたいだ。フィンリーの援護に向かいがてら戦況を確認して初めて、レイラが振るう鎖の危険度に気付いた。
軌道が読み辛いうえ、鎖が天井や床や壁に当たっても、レイラの怪力で鎖の勢いが削がれる事は無い。むしろ大きくうねった鎖がコンクリートを削り、どんどん足場を悪くしていく。それに加えて視界もかなり悪い。
それでも吸血鬼のデボンは、鎖の接近を空気の流れや音で判断してるのか、レイラが居る場所を見極めてクロスボウで反撃してる。
「小賢しいわァ!」
レイラは大きく鎖を縦に振り矢を弾くと、素速く手繰り寄せ、手首を返してデボン目掛けて鞭のように横向きに振るった。
デボンはそれを避けようとして、床の窪みに足を取られてバランスを崩す。風を切る音と、ジャラッと鳴る金属音と共に鎖が蛇のようにデボンの脇腹へ襲いかかる。
「――くっ!」
デボンが苦悶の表情を浮かべた。きっと普通の人間なら骨が折れるくらいの衝撃はあるんだろう。だけど鎖の動きはそれだけではとどまらなかった。
物凄い速さで体にギュルリと巻き付き、デボンを拘束する。レイラはデボンと鼻先が触れ合う距離まで一気に鎖を手繰り寄せた。
レイラの意識がデボンに向いている今が千載一遇のチャンスだ。フィンリーもそう考えたんだろう。身を屈めて慎重にジリジリと近付いてる。
「デボンよ、私への忠誠心が特に篤いはずのお主が何故裏切った?」
「……苦しみに縛られる貴女様を救って差し上げるためです」
息も絶え絶えにそう答えたデボンを、レイラは聖女のような微笑みで見つめた。
「そうか、お主なりに私を思っていてくれたのだな。――などと私が言うと思うたか? 馬鹿めが!! かねてより、何人たりとも私が私である事を邪魔させぬと言うておるのだがな。忘れたか?」
レイラがデボンの手からクロスボウをもぎ取る。嫌な予感がするな……。フィンリーの元へ極力音を立てずに駆け寄り、耳元で囁いた。
「フィンリーさん、俺が踏み台になります。レイラの胸に飛び込んで確実に仕留めてください」
フィンリーが頷くと同時に、レイラはクロスボウをデボンの額に突き付けた。
「そうかお主は元々が人間故、年月が経つと忘れてしまうのだったな。それならば人間と同じように頭を撃ち抜けば死ぬのか試してやろう」
「——フィンリーさん、今だっ!」
お読みくださりありがとうございます。
次回、第63話で蒼を人質に取ったレイラが、フィンリーを吸血鬼にすると言い始め……? 6/16、07:10頃投稿予定です。




