48話 笑ってくれよ
リチャードはバツが悪そうな表情をしながら、人差し指で頬をぽりぽり掻く。
「俺、失敗しちゃってさ……。夕暮れ頃、叔母さんが仮装コンテストの手伝いに行くからって一旦別れただろ? その直後にレイラ コリンズを見つけてさ、ラッキーって思って後を追ったんだ」
もしかして蒼との待ち合わせ場所へ向かってる最中にすれ違った時か? きっとそうだ。俺に気付いてない様子だったし。
「でも俺の尾行はバレてた。建物の角を曲がった所で待ち伏せされててさ、うっかり催眠術を食らっちゃったわけ。そんで襲われて、無理矢理血を飲まされて……。なーんか今思うと俺ってさ、笑えるくらい馬鹿だよな?」
おちゃらけた口ぶりでそう笑うリチャードの頬をフィンリーがムニっと摘む。
「もうっ! 何でアタシに連絡しなかったのよ!?」
リチャードはフィンリーの手をやんわりと外しながら顔を背けた。
「だって、大物を俺一人で捕まえたら大手柄だ。そしたら俺を弟子にして育てた叔母さんは、人を見る目があるって事になんだろ? 今、叔母さんが仲間内で立場が微妙なの知ってたからさ……」
リチャードがちらっとこっちを見た。まさか、俺のせいで……? 間違い無い、俺を見逃してる事でフィンリーの立場が悪くなるなんて、簡単に予想出来るじゃないか。どうしようも無い事ではあるけど……。
「も、もしかしなくても、俺のせいですよね? 知らなかったとは言え申し訳ありません」
二人の重い沈黙が何よりの肯定なのだろう。そうか、目の前の光景は俺がいたせいで……。
「グッ……お、叔母さん、俺を殺してくれ。『私と会った事は忘れ、花火を合図にヴァンパイアハンターを殺せ』ってあの女の命令がまだ生きてんだ。強い吸血鬼に逆らえないって、話で聞いた通りなんだな。……俺が俺じゃなくなってくみたいで怖いよ」
フィンリーはリチャードをぎゅっと抱きしめる。
「ダメっ、そんな弱気な事を言ってはいけないわ。普通に会話出来てるじゃない。元に戻る方法があるかもしれないのよ」
「叔母さんだってそんなの無理って知ってるだろ! 不死の王サンのおかげでどうにか話せてるだけだ。離してくれっ!」
リチャードがフィンリーを突き離した。大きく吹っ飛ばされ、背中を壁にぶつけて咳込むフィンリーと、自身の手を交互に見ながらリチャードは、その強すぎる力に狼狽えてるようだった。
それでもフィンリーは擦りむいた手から血を流しながら立ち上がり、恐れる事なく近付いて来る。その姿を見て、リチャードはズルズルと後退りながら大きく首を振った。
「あっ、ああっ……こ、来ないでくれ! 今だって叔母さんから美味しそうな匂いがしてたまらない。命令にもどうにか背いてるけど、ちょっとでも気を抜くと心の中の吸血鬼に、意識を乗っ取られそうなんだよ」
「でも殺すなんて……。不死の王、貴方なら――」
フィンリーが俺の方を向いた瞬間、リチャードはフィンリーが腰に下げてる銀の短剣を引き抜き、自身の胸に突き立てた。
「リチャードッ!! ああっ、イヤよっ。どうしてこんな……」
「へへっ……叔母さんより素早く動けたのは、初めてだ」
フィンリーはリチャードの胸に刺さった銀の短剣を引き抜こうと力を込めた。だがどんなに引っ張っても抜ける事は無く、むしろズブズブと深く食い込んで行ってるように見える。
「抜くなよ、こうするしか無いんだ。ああ、だいぶ楽になった。でもこれで即死しないなんて……ゴフッ…………本当に俺は人間じゃなくなっちゃったのか……。なぁ叔母さん、頼みを聞いて欲しいんだ。俺の……最後の我儘を」
「何でも聞くわ。だから最後なんて言わないで……」
力が入らないのかぐったりと横たわり、口から血を吐くリチャードの肩を、フィンリーが抱き上げる。リチャードはフィンリーの腕の中で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「泣くなよ叔母さん。化粧が落ちる……ぞ。俺の代わりに……レッ、レイラ コリンズを退治して欲しいんだけど…………そんなんで大丈夫……かよ? 相討ちなっ……なんてダメだからな?」
「もちろん直ぐにレイラ コリンズはあの世に送り込むわ! アタシの強さは知ってるでしょ? 安心して」
フィンリーが涙をポロポロと溢しながら、ガクガクと頷く間にも、リチャードの力が無くなって行くのが目に見えて分かる。
「おっ、おう。そしたらあの世の入り口でさ……あの女を待ち伏せしっ…………して……ザマァ見ろー、あんなに威張ってたくせに、俺達に負けたなぁー……って指さして笑ってやるんだ」
掠れながらもどこか力強く感じるリチャードの声を、フィンリーは一言も聞き逃さないように聞いている。
「なぁ……心の中の吸血鬼ッ……ゲホッ…………に最後まで負け……なかったんだから笑って……くれよ」
フィンリーは涙を拭き、ぎこちない笑みを浮かべ、リチャードの頬にキスした。
「ええ、ええっ、貴方は凄い子よ! 吸血鬼に打ち勝ったわ! それにあの女は貴方と同じ場所になんて絶対に行けない。だからお願いよ……」
「へへ……最後ま……で駄目な甥っ子で……ご……めん…………な」
「いいえ! 貴方はアタシの自慢の甥っ子で、立派なヴァンパイアハンターよ」
それからしばらくフィンリーは動かなくなったリチャードを抱きしめていた。泣き腫らしたフィンリーの顔は見てて痛々しい。けどその腕の間から覗くリチャードの顔は、得意気に笑ってるように見えた。
「……あのー、結局何のお力にもなれなくて、本当にすみませんでした。ですがここは冷えます。リチャードのためにも場所を移しませんか? ね……?」
フィンリーの肩にそっと手を置くと、間髪入れず払い退けられた。
「触らないで! ……どうして誰も彼も謝るの? 吸血鬼の顔なんて見たくない! 金輪際アタシの前に現れないで。さっさと消えてちょうだい。……消えなさいよっ!!」
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次回、第49話では傷心のまま家へ帰る主人公。しかし蒼の出迎えは無く……。6/9、23:25頃投稿予定です。




