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泣き虫吸血鬼は最後の恋をする〜ミイラを拾って水(血)をやったら超絶イケメンになりました〜  作者: 甲野 莉絵


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30話 夜の空中散歩

 蒼の返事も聞かずに抱き上げ、地面を勢い良く蹴った。腕の中の蒼のためには、あまり勢いを付けないようにしないと。近くの高い塀に飛び乗ってから、博物館の屋根に飛び移った。


 今日も夜空には雲が厚くかかってるせいで星は見えないし、月もぼんやりとしか見えない。でもここからはダリブン市街地の夜景を見渡せた。


 街の間を縫うように道路が敷かれ、その上をまるで車がおもちゃみたいにちょこまかと走ってる。すぐそこのダリブン大学はオレンジ色の照明に照らされて幻想的だし、その向こうに流れる川は周辺の家や店、街灯の温かな光を散りばめたようにキラキラ光ってた。


 綺麗な夜景はずっと遠くまで続いてるけど、人の目ではどれくらい見えるんだろう? 街中の喧騒は蒼にも聞こえてるかな? テプンルバー通りからは陽気な音楽だって聞こえる。


「夜景、綺麗だな」


 蒼を下ろすと案の定詰め寄られた。


「確かにそうだけど、何をするの!? こんな事をして目立ったらどうするのよ? それに今のは……おっ、お姫様抱っこよね?」


 確かに普段の俺ならやらなかっただろう。だいぶ感情的になった自覚があるから反省してる。でも後悔は無い。


「大丈夫、誰も見ていやしないよ。ほら、フィンリーが外に出て来た。もし俺が疑われてて、そのまま歩いて帰ったら後をつけられるだろ? 屋根伝いに帰った方が安全だ」


「……へぇ」


 蒼は相槌を打ちながら、ぼんやりと景色を眺めてた。何か別の事を考えてそうな顔をしてる。


「ねえ、『夜景、綺麗だな』だったっけ? 凄い口説き文句ね。その後『君には負けるけど』とか足すんでしょ? 美形のロマンチストで軟派な男はモテそうね〜」


 蒼は揶揄(からか)うようにニマニマしながら、(ひじ)で俺の脇腹を小突いた。


「……へっ?」


「とぼけなくてもいいの、誰か気になる人が出来たのよね? もう、予行演習なら早く言ってよ、いつでも付き合うから。なに〜、一目惚れ?」


 あれ……蒼に勘違いされた上に、もしかして応援されてる? あまりに切なくて何も言えずプルプル震えてると、蒼が片手を顎に当て人差し指で鼻の下を軽く擦りながら、納得したように頷いた。


「まあ、貴方に婚約者さんがいたのは、少し以外だったけど、考えてみれば一三〇年だものね。それだけ生きていれば、確かに何人か居てもおかしくないか。貴方の恋愛事情に口を出すつもりは毛頭無いけど……同時に複数人とお付き合いする事は今の時代、避けた方がいいと思う」


「おっ、おっ、俺はそんな遊び人じゃない!!」


「もしかして、婚約者さんの中に吸血鬼もいるの?」


「ああ、そうだよ。数少ない純血同士だったから、気付いた時から婚約者だった。……って言うか、俺の婚約者は一人だからな?」


「へぇ、最愛の相手ね。純血って言う事は、吸血鬼には血統があるの?」


 誤解が解ける気配は無いし、何で蒼はそんなに吸血鬼の事に興味があるんだよ。うぅ〜、せっかく夜景が綺麗なのに、レイラのせいでムードがぶち壊しでますますムカつく!


「そうだ。純血と混血と元人間の吸血鬼がいる。純血は吸血鬼の親同士から生まれた強い能力を持つ吸血鬼の事で数が少ない。それから吸血鬼と人間の間に生まれたのが混血。純血ほどじゃないけど厄介なのが多い。そして元人間の――」


「人間が吸血鬼に噛まれて吸血鬼になるってやつよね?」


「違うな。人間が吸血鬼に血を分け与えられて吸血鬼になるんだ。純血、混血と比べると能力は格段に劣るけど、血を欲するし老いるのも凄くゆっくりだ。例え元人間でも化け物だ、化け物!」


「それで貴方は超人的な力を持つ、純血の吸血鬼と言う訳ね」


 蒼がくしゃみをしながらそう言った。カフェを出てそのまま来たから、蒼はジャンパーを羽織ってるだけだ。慌ててコートを脱いで蒼の肩に掛ける。


「ありがとう。借りちゃっていいの?」


「うん、気付くのが遅れてごめん。俺は大丈夫だから着てて。寒くなってきたよな? 家に着いたらまた吸血鬼の話をするから、とりあえず帰ろう。上からダリブンの夜景を見ながら帰るのも楽しそうだ」


 夜景を見ながらの空中散歩って特別なデートって雰囲気だろうな。蒼を抱き上げてる間は必然的に腕を絡めてもらえる訳だし。


「えっ、予行演習まだ続けるの? 確かに夜景は綺麗だけど、私は重いでしょうし……」


 おお〜レイラのせいで話が変な方にズレてたけど、やっと狙い通りになってきた。


「軽い軽い。俺に予行演習なんて必要無いよ」


 これが本番なんだから。俺の気になる人、最愛の相手は蒼ただ一人だけなんだ。


「それじゃ落ちないよう――」


 蒼を横抱きにすると『掴まって』と言う前に、蒼は俺の肩にギュッと腕を回した。予想だにしてなかった事に体がビクッと跳ねる。


「お、落とさないでよね」


 耳元で蒼の声がする。大丈夫かな? 俺の顔は赤く、だらしなくなってないだろうか。間違えても胸が高鳴ってるとかバレてないよな? 上擦りそうになる声を抑え、平静を装って返事する。


「もちろん。行くよ」


 屋根を蹴って夜風を肩で切りながら、ダリブン市街の上空を進んだ。良かった、夜景を楽しんでくれてるっぽい。蒼と綺麗な夜景を見てるこの瞬間は、間違いなく俺にとって一生の宝物になる。


 あれ、蒼の頬が心なしか赤い気がするな。もしかして寒いのか? ……決して俺を意識してくれてるとかではないはず。蒼の心地良い体温と控えめなシャンプーの匂いを間近で感じるせいか、俺は夜景を楽しむどころではなかったけど。



 


――その晩、例のアンティークショップで――


 レイラの部下達が、催眠術をかけた人間六人を差し出していた。レイラが欲望のままに人間の血を吸い尽くしていては、ヴァンパイアハンターの警戒が強まるばかりだ。


 そう危惧したレイラの信奉者達は、なんとかレイラを外出させないようにし、その代わり纏まった数の獲物を連れ帰る事にしたのだ。


 だがレイラの喉の渇きか治る事は決して無い。何故ならその原因は、粗悪品の銀の矢から剥がれ落ちた破片が心臓に残っているからだ。その為レイラは不調と言う程でもないが、絶えず体が怠い状態に悩まされていた。


「ご苦労。だが獲物を生かさず殺さずと言うのはつまらぬ……」


「おいたわしや……。しかしレイラ様のお耳を楽しませる事が出来ればと、ジョージ様の情報を掴んで参りました。どうやらあの方は血液提供者の女を捕らえておられるようなのです」


「それしきの事、特に不思議ではなかろう? あやつも私と同じ純血の吸血鬼なのだ、その見た目で女を誑かすなど造作もなかろうて」


 譲二は生臭物が苦手な事をレイラとその信奉者達は知らない。


「確かに私でもクラっとするような魅力がございました。しかしそうでは無いのです。その女が提供しているのは普通の血ではなく、人工血液なる物でございます」


「人工? 生き物が体内で作り出す血液とは異なると言う事か? ふむ、どこか特別感を感じるな」


「はい、私も詳しくは判りかねますが、その血液提供者が研究施設で作っているようなのです。いやぁ、ジョージ様もヴァンパイアハンターに追われる事を疎ましく感じておられるのですね。狩をする労力も必要ありませぬし、ジョージ様は賢くていらっしゃる」


「戯け! 私にその事を報告する暇があるならば、その人工血液とやらを取ってこぬか!」


「ははっ、大至急取って参ります!」


「――いや待て。お主、近こう寄れ」


 レイラは近付いて来た部下の肩を掴み、その首筋に牙を立てた。突然の事にその部下は抵抗できず、みるみるうちに萎れ動かなくなってゆく。その場にいた他の部下達に緊張が走ったが、レイラはその様子には気付かず、萎びた部下を放り捨て目を輝かせた。


「おお、おおっ! 一瞬ではあったが今確かに体の不調が薄らいだぞ! やはり吸血鬼の血でこの不調は治る。人工血液の話を聞いて思いついたのだ。何故今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだぞ。元人間の血でこれなのだ、混血、いや純血の血ならば或いは――」


 この件を機に、レイラの下から離れる吸血鬼達が現れる事となる。

お読みくださりありがとうございます。

次回、第31話で主人公はレイラの下から離れた吸血鬼と出会います。しかしそこへフィンリーがやって来て……? 6/2、22:10頃投稿予定です。

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