29話 博物館で2
「あらアオイさん? こんばんは〜、やっぱりアオイさんも不死の王にご興味がお有りなのねぇ?」
出たな、フィンリー! 蒼と握手なんてしやがって、とっとと消え失せろ!! ……と照明が極力当たらず、目立たない場所の壁に張り付きながら心の中で口汚く罵る。
「こんばんは。え、ええと不死の王と言うのは……?」
「いやだもう、分かってる癖に〜。ジョージ ケリー伯爵の事よ。不死の王って気高くて美しい彼に相応しい別名でしょ?」
「はっ? 気高い…………? あっ、い〜え、そうなんですね。念の為に言っておきますが、私がミイラを盗んだ訳ではありませんから」
蒼、任せっきりでごめん。そのおかげか、今のところフィンリーに気付かれて無さそうだ。蒼が紺色のコートを選んでくれたおかげで、暗がりでも目立たないからな。
「いいえ〜、アオイさんが盗んだとは思ってないわ。ただ色々心配と言うか……。この辺りで遺体が立て続けに見つかってるでしょ?」
「本当に怖いですよね。私もテプンルバー通りは良く使うので用心しないと」
「ええ、特に赤い光には気を付けてちょうだい。人の心を惑わすと言われてるから。見つけたら直ぐ逃げるのよ」
うんうん、ここだけはフィンリーと同意見だ。
「――ところで隅にいるお兄さぁーん? さっきからずぅーっとそこを動かないけど、盗み聞きは良く無いわよぉ〜」
イヤァァァ! バレてた!! 蒼ぃ、こっち見て大きなため息吐かないで……。
「あら、お二人はお知り合……もしかしてアオイさんのボーイフレンド?」
「いいえ、いそっ……友達です〜」
「……いそ友達?」
「えっ、ええ、磯友達です! 私も彼も磯が好きなもので!」
蒼が半ば開き直ったように鼻を擦りつつ笑った。
「な、なるほど。世の中には変わった趣味の人もいるのね……」
変わった趣味って、どの口が言うんだ変態! 俺はあんな生臭い場所好きじゃないぞ!
「ごめんなさい。彼、すごくシャイな人で……。ちょっと、隠れていないで挨拶くらいしたら?」
うわぁ、蒼がこっちに来る。嫌だ、壁から離れたくない。フィンリーと顔を合わせたくない! いっその事、壁になりたい!! なんて泣き叫ぶ訳にもいかず、俺は壁から引き剥がされた。無念……。
「こ、こんばんは……」
極力顔を見られないよう、俯いて鼻を掻くふりをしながら顔を隠す。フィンリーと顔を合わせちゃった恐怖で体の震えが止まらない。
「こんばんはぁ〜、アタシはここの館長のフィンリー オニールよ。アオイさんとは不死の王についての捜査で知り合ったの。よろしくね」
俺はよろしくしたくない! でもフィンリーにガッチリ手を握られた。
「まあ、手が随分冷たいし震えてるじゃない。空調の効きが悪いのかしら? ごめんなさいね、大丈夫?」
うわぁ顔を覗き込むな! あ……しっかり見られた、ヤバい。
「あら、あらぁ! 儚げな美男子ね!! でも、どこか見覚えのある顔。アタシ達、何処かで会った事があったかしら?」
「ひいえっ! わ、私ってよく見る顔だと時々言われるんです!!」
怖いくらい顔への視線を感じる。息で両手を温めるふりをしながら口元を隠した。うっかり牙なんて見られたら終わりだからな。蒼がそんな俺を半目で見る。
「もう、冗談は止して。貴方みたいな顔がポンポン居たら堪らないわ」
「確かに、まるで絵画や物語の世界から飛び出して来たみたいだものねぇ〜」
蒼がいい感じに論点をずらしてくれたからか、どうにか俺だとはバレてなさそう。本当にありがとう。
「そう言えば蒼から聞きました。ミイラが無くなって大変だそうで……。そんな中こちらの事まで気遣ってくださり、ありがとうございます。私は平気ですので、どうかお気になさらず」
だからとっとと何処へでも行ってくれ! でも博物館にはちょっとだけ悪いとも思ってる。まあ思ってるだけで展示物には戻りたくないけど。
「まぁ、ご丁寧にありがとう。来館者の皆様が快適に学びを得られるよう、努めるのがアタシ達の役目ですから」
へぇ〜意外にまともな事を言うじゃん。
「そうそう。近いうちに、不死の王を模した蝋人形を作ってもらう予定なのよ。等身大パネルを作ろうにも当時、カメラの調子が悪かったのか、資料の写真にうっすらとしか写ってなくて。でも、いつまでもこのままって訳にはいかないでしょ?」
薄らぼんやりとしたミイラの写真……想像するに、心霊写真みたいだな。あっ、もし鏡と同じなら他の吸血鬼は写真に写れないって事か? だからフィンリーにとって俺は限りなくグレーに近いミイラでも、吸血鬼だと確証を持てなかったんだ。
ひとりで納得してると、フィンリーが頬に手を当てて恐ろしい笑みを浮かべた。
「だってアタシの予感では、不死の王はもう戻って来ない気がするのよぉ〜」
ヒ、ヒイィィィッ! こっち見んな!! やっぱバレてんのか!? 俺が戻って来ない予感って、銀の短剣で心臓をサクッとして灰にするからだよな?
気を確かに待て! 俺は死んでられないんだ。蒼がこの国にいる間くらいは側にいたいし、その後は陰からでも良いから見守りたい。何より今はレイラの信奉者から守らなきゃならないんだ!
で、でもやっぱりフィンリーは怖い。震えが止まらないくらいだ。そんな俺の心情を察知したのか蒼が声を上げた。
「あっ、あのフィンリーさん、やはり彼は調子が良くないようです。今日はこの辺で失礼しますね」
「あらぁ、そう? お話し出来て嬉しかったわぁ。また来てね〜」
俺達は物音を極力立てないよう、閉館のアナウンスが流れる館内を、逃げるように先へ進んだ。息をする事も忘れ、足早にミュージアムショップの前を素通りして博物館を出る。すぐ外の人気の無い物陰に隠れて初めて、大きく息を吐く事が出来た。
「俺だってバレてたかな?」
「……他にも肖像画とか貴方の容姿が分かる物ってあるの?」
「肖像画は展示されてた三つだけだ。でも発掘された時に考古学者が文献がどうのって言ってた気もする。……うわぁー! やっぱバレてんのか?」
「五分五分ってところじゃない? まだ気付かれたと決まった訳じゃないし、少なくとも貴方がどこに住んでるかまでは知られていないはず」
そうだよな。大丈夫、まだ詰みじゃない。蒼と一緒に住んでるとは思われないはず。なにせ俺達は磯友達と言う謎の関係だから。
「うおぉームカつく!! フィンリーのせいでミュージアムショップを見る事も出来なかった。楽しみにしてたのに!」
「また後日来れば良いじゃない。……しょうがないわね、気分転換に散歩でも――」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれ! 舌を噛まないように口を閉じてて」
お読みくださりありがとうございます。
次回、第30話は主人公と蒼にロマンスの予感が? 6/2、08:10頃投稿予定です。




