22話 大家さんとのランチ
今日は一大イベントが待ち構えてる。大家さんからランチに誘われてるんだ。しかも俺だけで。
怖いけど理由は分からなくもない。蒼は大家さんに俺が吸血鬼だと言う事以外、ほぼ全てを話したらしいから、俺が部屋を貸しても良い相手か疑ってるんだろう。
だから早起きしてシャワーを浴びたんだけど……濡れた体を拭こうと思ったのにタオルが見当たらない。ど、どうしよう、俺すっぽんぽんだ。こうなったら、バスルームから顔だけ出して蒼を呼ぶしかないか。
一歩踏み出した時、鏡に映った姿が目に入った。細身で象牙色の肌――如何にも吸血鬼って感じの体だ。
でも……腕や腰回りが五五〇年前より太くなってる? ペタペタと自分の体を触ってみると、全体的に筋肉の厚みが増してるようだった。間違いない。腹筋が割れてるなんて、眠りにつく前はなかったはず。
何でだろう? 吸血鬼になってから一度も太ったり痩せたりの経験が無い。そう言うものだと思ってたけど……違うのか? 首を傾げてると、バスルームのドアが開いた。
「あ、出てたの? バスタオル無かったでしょ? ごめんなさい。ここに置いておくから」
「……へっ?」
蒼はそれだけ言うと全く動揺した様子無く出て行った。はっ、裸を晒してしまった。大事な所は咄嗟に隠したから見られてない……はず。
うぁーーっ、顔が熱い!! って言うか、蒼は無防備過ぎるだろ! 服に袖を通し、身支度を整え急いでバスルームを出た。
「さっき俺の裸見たよな?」
「ごめんなさい。物音がしなかったから、まだ出ていないと思ったのよ」
確かに烏の行水だったしな……って違う。
「俺だって男なんだ。その辺をもう少し注意してくれ」
「あー……確かに。スマホとか雑誌の向こう側の存在を見ている感覚でいたわ。ありがとう、貴方って紳士ね」
分かってくれたなら嬉しいけど、今の答えって……俺、全く意識されてないって事だよな? それはそれで切ない。自分で言うのもなんだけど結構いい体してると思う。
「な、なあ、どうだった?」
「何が?」
「……俺の体だよ」
あっ、また呪文のような返答が来る予感がする。でも……蒼の顔が赤くなり、目がゆっくりと見開かれた。それを見た瞬間、我に返った。うぅ〜、変な事を聞いちゃって恥ずかしい。俺も顔が火照ってきた。
「やっぱ――」
「着痩せするタイプだと思った」
俺の声と、蒼の蚊の鳴くような声が被る。
「そ、そ、そっか」
気を抜くと緩みそうになる口元を抑え、黙々と外出の準備を進めた。日中だけど、外は曇ってるから長袖の下に日焼け止めを塗ればどうにかなるだろう。日本の八月下旬とは違って、長袖を着てても違和感が無いくらい涼しいからな。
蒼と一緒に家を出てケーキ屋へ向かい、手土産にプリンを買ってもらった。
日持ちのする焼き菓子の方がいいかと思ったけど、ここのプリンは大家さんの奥さんの好物だそうだ。店を出て蒼がスマホで時間を確かめる。
「さて、約束の時間の約一五分前よ。来る時に大家さんの家は教えたから大丈夫ね?」
「う、うん、ありがと」
「あら、ガチガチね。少しだけ緊張感を持って、いつもの貴方でいられればきっと大丈夫。健闘を祈るわ」
俺、緊張してたのか。確かに心臓が口から飛び出そうだし、右手と右足を一緒に出して歩いてた。蒼に指摘されるまで、緊張し過ぎて自分がガチガチな事すら気付いてなかったや。
「蒼は優しいな。ありがとう、頑張って来るよ」
そっと頭をポンポンしながら笑いかけると、蒼の頬が赤くなった。
「そっ、その笑顔は反則よ! まったく……軟派な人ね。心配した私が馬鹿だった。帰るから!」
「へっ……?」
お土産のプリンと共にその場に取り残された俺は深呼吸をし、五分くらいの大家さんの家への道をゆっくり歩いた。きっと大家さんの奥さんは昼食の支度をしている頃だ。あまり早く来られても迷惑かもしれない。
何故ここまで大家さん相手に気を遣ってるかと言えば、この街で賃貸物件を探すのが、かなり大変だと聞いたからだ。
蒼も部屋探しをした時は苦労したらしい。運良く今の大家さん夫妻に気に入られて、トーマスがひとりで住んでたあの一軒家のシェアハウスにねじ込んでもらえたらしい。
トーマスが出て行った現在、蒼があの家に一人で住んでる事になっている。事情が事情だからと蒼への家賃の請求は、蒼が払ってたそれまで通りの額で済ませてくれてるらしい。
蒼が新しいシェアメイトとして、大家さんに俺を紹介してくれたけど、まだ俺があの家に住めるとは決まった訳じゃない。この街では大家さんが住人を選ぶからだ。
だから大家さんからの誘いを断る選択肢は俺に無い。ランチをご馳走になると言えば聞こえは軽いが、例えるなら面接だろう。
蒼から借りた腕時計で時間を確認し、約束した時間の五分前に呼び鈴を押した。ドアが開き、細身でごま塩の髪を刈り込んだ初老の男性が顔を覗かせる。
「はい、どちら様かな」
こちらへ向けられた懐疑的な視線と、眉間にうっすらと寄った皺は、いかにも気難しそうな雰囲気を醸し出している。
蒼から大家さんは生真面目で、少し気難しいところがあると聞かされてたから、ビビらずには済んだけど、やっぱり緊張するな……。小さく深呼吸をして頭を下げた。
「こんにちは。蒼 佐藤さんの紹介で来ました、ジョージ ケリーです。本日は昼食の席にお招きくださり、ありがとうございます」
「私はショーン ウォルシュだ。立ち話もなんだ、お上がりなさい」
「お邪魔します。こちら、つまらないものですが」
ショーンさんは俺が差し出した紙袋を見て、明らかに要らない物を見る目をした。
「……つまらないもの?」
マズイ、つい日本人の気持ちで言っちゃったけど、ここは欧米。『つまらないもの』は良くなかった。言葉の選択ミスだ。
「い、いえ……プリンです。奥様がお好きだと蒼……さんから聞きましたので選びました」
「ほう、君は妻の好物を『つまらないもの』だと言うのかね? ……まあ良い、これは有り難く頂こう。付いて来なさい」
ど、どうしよう……。いきなりしくじってしまった。今さっきの冷ややかな視線を見れば、元々良さそうでは無かったショーンさんからの印象が更に悪化したであろう事が簡単に予想出来る。ダイニングへ通され、正面に座ったショーンさんに椅子に座るよう促された。
「ジョージ ケリー君だったか。そもそも君は何者だ?」
ショーンさんはそこで一旦言葉を切ると、スッと俺を見据えた。
「――私にも吸血鬼だと自己紹介するつもりかね?」
お読みくださりありがとうございます。
次回、第23話でも難攻不落のショーンに主人公は大苦戦。ショーンの際どい質問を主人公はどのようにして切り抜け、己を認めてもらうのか? 5/30、15:30頃投稿予定です。




