14話 お前は誰だ!?
お……朝か。布団の上で伸びをしてから、もぞりとベッドの下から這い出し、大欠伸をする。
おおっ! 昨夜の血が効いたらしく体が軽いし、貧血でクラッとする事も無い。もしかしたら吸血鬼に転生してから、今朝が一番調子良いかも。
それにしても、いや〜朝から起き出す俺って人間らしいな。血を飲んで回復するこの体は、バリバリの吸血鬼だけど……。リビングへ入ると、エプロンの紐を後ろ手で結ぶ蒼と目が合った。
「おはよ――」
おっ、声は完全に元に戻ったみたいだな。だが目を見開き、身を竦めた蒼に俺の声は掻き消される。
『“え!? な、何なの!”』
蒼は日本語でそう叫びながら、手近にあった包丁を握りしめ俺の方へ向けた。ヒッ! 俺の後ろに誰かいるのか?
……いや、振り返って見ても誰も居ない。じゃあ包丁向けられてるのは俺!? 待って、どう言う事? 包丁は脅威じゃないけど、蒼に敵意を向けられた事が悲しい。
「早く出て行って!」
とりあえず話をするため近付こうとすると、蒼は包丁を振り叫んだ。
「近付かないで! 警察っ! 警察呼びますよ!!」
警察は困るな……。大人しくホールドアップし、落ち着いてもらおうと日本語で返した。
『“警察を呼ぶのはやめてくれ。どうしたんだ? 一旦落ち着いて”』
『“あ、貴方はもしかして――譲二さん?”』
コクコクと頷くと、蒼はホッとした顔で握ってた包丁をまな板に置いた。そして驚いたように俺の事をしげしげと眺め回す。し、視線が痛いし、恥ずかしい……。だけど何をそんなに驚いてるんだ?
「あ、蒼? どうしたんだ?」
「それはこっちのセリフよ。鏡で自分の姿を見てきなさい」
「分かったよ……」
鏡は見たく無い物を見せつけてくる。うっすらとしか映らないのが、せめてもの救いかもしれない。渋々バスルームへ行き鏡を覗き込むと……。
なっ……な、な、なんじゃこりゃーーっ!!
昨日まではどうにか肩に届くらいの長さだった髪の毛が胸の下辺りで揺れてる。でもうねうねしてるうえに、髭もじゃだから見ててむさくるしい。
そしてどう言う訳か、毛先の方は赤茶色なのに、根本から半分以上はほとんど色を失い、白に近い金髪になってる。これが俗に言うプラチナブロンドってやつなのか? よく見ると眉毛とまつ毛まで同じツートンになってた。
そう言えば人間だった頃、こんな髪色に憧れた時期があったな。お〜いあの頃の俺、憧れの髪色になったけど特に感動は無いぞ、むしろ怖いくらいだ〜。
それに爪も伸びてるし……やっぱ一晩のうちにこうなったんだよな? どうなってんだよ、この体は。
蒼の髪ゴムを借りて邪魔な癖っ毛を束ね、髭を剃って顔がスッキリすると、かなり印象が変わった。
良い、凄く良い。そうか、生ミイラ状態を脱却して元の姿に戻ったから、髪の毛やらも伸びたんだ。
あのイケてる肖像画は嘘じゃなかった! シャープな輪郭に、少し切れ長の目、スッと通った鼻筋に、形の良い唇。そして何より色白だけど血色の良い肌。頬なんて赤みがさしてるくらいだ!
痩せこけて洗濯板みたいだった体も無事元に戻ってる。って事は男の大事なところも! おおっ、良かったぁ。
細身でバランスの取れた体つきだけど、今着てる服は少しキツいくらいだ。トーマスってヒョロかったんだな。ふっ、勝った。
年齢も若返って二〇代中頃くらいに見える。鏡にうっすらとしか映らないのがとても惜しい。人間に戻ったらこの見てくれの良さとはお別れだから、吸血鬼でいる今のうちに満喫しておかなきゃ。
そうだ! もしかして! いそいそと唇を押し上げる。……期待した俺が馬鹿だった。相変わらず立派な牙が覗いてる。気を取り直して爪でも切るか。リビングに戻って蒼に声をかけた。
「……爪切り貸して」
「机の上に置いておいたけど、どうしたの? 元気なさそうね」
「えっ、うん……。嫌かもしれないけど見て」
転生してから初めて人前で歯を見せた。自ずと吸血鬼としてのアイデンティティのような、立派な牙が目に入るだろう。
「……どう思う?」
「ミイラだったとは思えないほど、綺麗な歯並びをしているわね」
「違う、牙だ」
「如何にも吸血鬼って感じね」
「だろ。笑う時に牙が見えたらどうしようって不安になって、心から笑えた事が無い。これを見る度に俺は吸血鬼で、人間じゃないって突きつけられるんだ。こんな物今の俺にとっては邪魔でしかないのに」
「だけど今までその犬歯に散々お世話になったんじゃないの? 生えてしまっている物を気にしても仕方ないでしょう」
確かにそうだけど、蒼の前で頷きたくない。俯いてると、蒼がそろりと近付いて来た。
「ヒャッ! アハッ!! や、やめっ……ヒッ、ヒャヒャヒャッ!」
「ふーん、絶世の美男子な吸血鬼もくすぐれば笑うのね。良かったじゃない、笑うと可愛い顔になるわよ」
「おっ、おっ、俺は可愛いんじゃなくて……ヒッ! カっ、カッコいいんだっ! アッハハッ!」
「家でくらいそうやって、馬鹿みたいに大口開けて笑っていれば良いの」
蒼は意地悪だ。服から出てる地肌を的確に狙うし、全然やめてくれない。俺は吸血鬼に転生して以来、初めての馬鹿笑いをしまくる事になった。
お読みくださりありがとうございます。
次回、第15話では蒼に凝視されて主人公がタジタジに。苦し紛れに出したアイツの話題が思わぬ方向へ転がって──?




