13話 好きだ!
「救急セットは、あそこの引き出しの中よ。その、ごめんなさい」
「ううん」
引き出しから救急セットを取り出し、シンクの上でアオイの指に消毒液をかける。
「ねえ、血を見ても吸いたくならないの?」
「……それ今聞く? 俺が怖かったんじゃないのか?」
「まあ……少し。だけど貴方は人間の弱さを理解しているみたいだし、間抜けな所が多くてあまりに人間くさいから、吸血鬼だと身構えていたのが馬鹿らしくなったのよ」
俺が人間くさい? もしかして吸血鬼になってから、誰かに一番言ってほしかった言葉かもしれない。凄く嬉しいけど信じて良いんだろうか?
って、一三〇年の孤独な生活のせいで人間を信じられなくなってるぞ。俺が怖がってどうする。しっかりしろ!
「実は俺、臭い匂い――特に生臭さ系を生理的に受け付けない体質なんだ。血なんて論外。元々生臭さいのに、生温かいせいでそれが更に際立つし、おまけに鉄臭いんだぞ」
「そう……吸血鬼なのに血が飲めないって、貴方も大変だったのね」
ちなみに吸血行為をボイコットした事がある。その結果は……極度の飢餓状態になってしまい無意識に人間を襲った。まあ相手は一人で、失血死させる前にどうにか正気に戻れたのは不幸中の幸いか。
それからは心と体のせめぎ合いで、体が欲する量の半分くらいしか血を飲めなくて、俺はいつも貧血気味だったんだ。
ラノベとかでよく聞く血の代替品、赤ワインや生肉も試してみたけどダメだった。生肉は生臭さと獣臭さでダメだし赤ワインは身にならない。結局半月に一回くらい作業するように、街で人間を襲ってはどうにか食い繋ぐ事にした。
あの頃は心を守るため、感情を殆ど動かさず日々を過ごしてたな。例えるなら生ける屍。冗談抜きで本当に世界がモノクロに感じられたくらいだ。血の赤以外は。そんな生活を一三〇年くらい続けてる中で、ふと思い付いちゃったんだよな。
寝てたらどうなんだろうって。寝てれば喉の渇きも感じないで済むんじゃないかと。その思い付きを実行した結果、五〇〇年も寝てしまいこうなった訳だ。
頭を振って嫌な記憶を追い出しつつ、アオイの指の切り傷に絆創膏を巻きつける。
「適切な処置をありがとう。ついでにもうひとつ、聞きたい事があるの」
何だろう? 救急セットに消毒液を戻し、頷きながら話を促す。
「何故、貴方が絆創膏の使い方を知っているの?」
「……へっ?」
絆創膏の剥離紙や包みを集めてた手が止まる。アオイが絆創膏を貼った指を曲げ伸ばししながら、俺を半目で見た。
「貴方の時代には無かった物でしょう?」
思わず絆創膏の包みを握った手を背中に回す。無駄な足掻きだって分かってても、やらずにいられない。あぁ〜俺って人間くさい。
「え、えっと……博物館で来館客が使ってたのを見たんだ!」
「ふーん、その来館客は消毒液も使っていたのね。見様見真似でやってみたと言う割には、流れるような手つきだったけど? どうしてこの時代の道具を何不自由なく使いこなせるの?」
うわぁ、墓穴を掘った。アオイの視線がレイザービームのようだ。でも退路は断たれてるし……ん? 待てよ。今、前世の話をすれば信じてもらえるんじゃないか?
「信じられないかもしれないけど、俺には日本人としての前世の記憶があるんだ」
「はいー?」
アオイの信じられないと言いたげな視線が突き刺さる。でもここでめげたらダメだ! 紙にペンで自分の名前を書いて自己紹介した。
「山崎 譲二。今では誰もそう呼んでくれないけどな。個人で株のトレーダーをやってた。享年二八歳だ」
「私と同じ年齢で……」
「死因は廃ビルの上から落ちてきた人とぶつかって、転んだ時の打ち所が悪かった事による接触死だ」
そしてこの世界に転生したら、時代を遡って吸血鬼になってたって事、一三〇年生きた事、ミイラになって博物館で展示されてた理由まで、洗いざらい全てを話した。
「想像を絶する過酷さだったろうに、よくそんな呑気な――いいえ、のほほんとした性格でいられたわね」
俺の話を聞いた感想がそれか? 酷くない?
「の、のほほん? この性格は辛い生活の反動みたいなもので……とにかく図太くないと、生きて来れなかったんだ!」
「ふーん」
何だよ。人を間抜けとか、のほほんとか散々言っといて。こっちは凄い覚悟を決めて話したんだぞ! もう少しダークな言動をした方が、吸血鬼らしくてカッコいいのか? あ、アオイがくすくす笑ってる。
もしかしてまた顔に出てた? ダメだな、アオイといると心地良くて、つい気が抜ける。
「良いんじゃない? ザ・吸血鬼な性格よりも無害な感じで、フィンリーさんと会った時に助かる可能性が上がるかも」
「そっ、そんな事より、家にいる時は日本語で話すか?」
「いいえ、練習のためにも英語のままでお願い」
こんなに英語が上手なのに、まだ努力すんのか。素直に尊敬する。元々俺も英語は話せたけど、アオイほど発音は良くなかった。
それから改めてアオイも簡潔に自己紹介をしてくれた。どうやら日本にある大手製薬会社の令嬢らしい。良い意味で金持ちだと微塵も感じられないな。
「さあ、洗い物の続きをしないとね。貴方は先に食べていて」
「えー、食事は一緒に食べた方が美味しいだろ? それに蒼は指を怪我したんだ。洗い物は俺がやる。その代わり夕飯が冷めちゃってるだろうから、チンしといてくれないか?」
「そう? 今回はお言葉に甘えさせてもらうわ」
二人で力を合わせたからなのか、洗い物と夕食の温め直しは直ぐに終わった。テーブルに着くと、フォークとナイフが箸に変わってた。
「いただきます。――お〜っ、これも美味しい! やっぱり蒼は料理が上手だな」
蒼は照れたように笑いながら、しばらく黙々と箸を口に運んでいた。けど……。
人工血液について説明を受け、感想を聞かれた。せっかく美味しい食事を楽しんでたのに……。でもその輝く目を見てれば、どれだけ熱心に研究に打ち込んでるか分かる。蒼ってカッコいいよな。
ベッドの下へ潜り込み、敷いておいた布団に横になった。へへっ、やっぱ布団は柔らかくて良いな。それに暗くて狭くて落ち着く。
ここは元々トーマスが使ってた部屋で、大家さんに内緒で匿ってもらってる。
蒼に改めて感謝の気持ちを伝えたら『私の自己満足だから』って言われた。ツンデレな蒼なりの『ここにいても良いよ』って返事なんじゃないか? 俺の思い上がりかな?
もしそうだとしても、俺に向き合ってくれる優しい蒼が好きだ。叶う事ならずっと一緒にいたい。
相手の事をほとんど知らずに好きになってしまった。転生してからの長過ぎる時間の中で、恋愛に対する免疫がすっかり無くなり、惚れっぽくなってたんだな。
でも、これが最後の恋になると断言出来る。こんなに誰かを愛おしいと思ったのは初めてだ。
第一優先課題は人間に戻る事。吸血鬼に想いを寄せられても困るだろうから。カレンダーを見て分かったんだけど、今日は二〇二五年八月三日。人間の俺が死んだのは確か二〇二六年五月――約九ヶ月先だ。
俺が死ぬのを回避して、人間として蒼ともう一度出会ったら告白する。ずっと蒼の事が好きでしたって。
今のうちから少しでも蒼に意識してもらうにため、早くこの半ミイラ状態から脱却しなきゃ。腕が蒼より細いのは流石に情け無い。ヒョロヒョロだと思われたままなのは嫌だ。
イケメンだ何だと言っても正直なところ、自分の見た目なんてあまり気にして来なかった。五五〇年前の自分の姿が、肖像画通りか分からないけど、少なくとも今よりはマシなはず。
お読みくださりありがとうございます。
次回、第14話では主人公の体に大きな変化が起きます。元気を無くした主人公は蒼に牙を見せて──?




