12話 大丈夫
「どう言う訳か、防犯カメラの録画がされていなかったらしくて。だから警察や大学関係者は貴方が生きていると知らないわ」
全身の緊張感が抜けて思わずその場にへたり込み、カーペットの毛を撫でてると、アオイがクスクス笑った。なんだよ、笑う事ないだろ?
「ふふっ、ごめんなさい。大学でフィンリー オニールさんに会ったの。何というか……苛烈な人ね。貴方に物凄くご執心な様子だった。彼女に怯える貴方の気持ちが少し分かったかも」
「え…………」
アオイの話を聞いただけで体が灰になって崩れ落ちそうな気分になった。そんな俺にアオイは追い討ちをかける。
「彼女は貴方が吸血鬼で、生きていると確信した様子に見えた。目をギラギラ輝かせていて……なんだか喜んでいるような気がしたわ」
今頃、舌舐めずりしながら銀の短剣を研いでるとか……? そっ、想像するのは止そう!
「そう言えば、あれってアオイの物か?」
話題を逸らすため、テーブルに置いた指輪を指さす。座り込んだまま指の間からチラチラ様子を見てると、アオイがこっちに来た。
「ありがとう。まさか貴方が見つけてくれるなんてね。それで……これを触って大丈夫だったの?」
「うん、布とかを間に挟めば触れる」
「あ、目の色が戻り始めてる。そう言えば何故、色が変わるの?」
それは俺自身もよく分かってない。目が赤くなってる感覚とか無いから。そもそも五〇〇ウン年前は話し相手は居ないし、鏡に写らなかったから確かめようがなかった。
「さっき目が赤かったのは、たぶん日光に当たって驚いたから」
「えっ、日光に当たった!? どこか異変とか無い? 大丈夫?」
もしかして俺の事心配してくれてるのか? 嬉しいなぁ〜。
「うん、大丈夫」
かなり痛かったけど。
「そう、なら良かった。文化財が灰になって消えていたらどうしようかと思った」
そっちかー。自分が文化財なのを忘れかけてた。喜んだ分ショック……。
「昨日咽せた時も赤くなったから、興奮すると赤くなるんだと思う。それとアオイも言ってたように能力を使う時も赤くなる」
「もしかして日光に当たったのは、私が掃除を頼んだ部屋で? 換気のために窓を開けておいたの。事前に伝えておくべきだった、ごめんなさい」
「いや、火傷もこの通り良くなってるから大丈夫だ」
「待って、火傷したの!? どこを?」
「顔と腕と首筋」
「それは『大丈夫』って言わないの! ちょっと見せて」
この体はちょっとした怪我くらい直ぐ良くなるから、本当に大丈夫なのに……。でもこんなふうに触れられるのっていつぶりだ? くすぐったいけど心地いいな。
*
今日は蒼の機嫌が良い。帰って来るなり、鼻歌交じりでキッチンに立った。明日から大学の規制線が解かれ、研究を再開するらしい。
張り切った様子で後れ毛を耳にかけ、腕をまくった。女性のこういう動作って、ちょっとドキッとするよな。
「夕飯は腕によりをかけて作るわ。何かリクエストはある?」
うーん、家庭料理的なのが食べたい。カレーは……結構ニンニク入ってるよな。
「生姜焼きがいい。ニンニクは無しで」
「生姜焼きねぇ……それってどんな料理?」
「ええっ! まさかアオイは生姜焼きを知らないのか? 生姜と調味料に漬けた豚肉を――」
「あー、大丈夫。私が知っている生姜焼きと同じね。どこで知ったの?」
「そっ、そ、そんな事より材料はあるか? 無いなら別のを考えるけど」
「ちょっと見て来る」
ふぅ〜誤魔化せたか? ここで『俺の前世は日本人なんだ』とか言ったら、妄想癖のあるヤバい奴だと思われて追い出されかねない。
「材料揃ってるし、作れるわ。少し時間がかかるけど良いよね?」
「俺も手伝う!」
「結構よ」
手伝いを申し出るといつもこれだ。きっと貴族だから何も出来ないと思われてんだろうな。
「貴方はこれでも飲んでゆっくりしていて」
不満が顔に出てたのか、アオイに苦笑いで人工血液のパックを渡された。正直まだ血が少し足りてないみたいだから、ありがたい。
吸血鬼は基本的に腹が減って飢える事は無いけど、食事は美味しく食べれる。けど身にならないから、嗜好品みたいな物だな。逆に血を沢山飲んでも腹が膨れる事は無い。飲み込んだ時点で体に即吸収されてるみたいだ。
一三〇年近い吸血鬼生活でも普通の食事は、大きな楽しみだった。まあ、いつも孤食だったけど。
それに比べて今は、出来たての料理をアオイと一緒に食べられるんだ。こんな幸せがずっと続けば良いのに。
「出来たから運ぶの手伝ってくれるー?」
おお〜まごう事なき生姜焼きだ。ご飯と味噌汁も付いてて、元日本人の俺としては凄く嬉しい。だけど……。
俺の分だろうご飯が平たい皿の上に盛られ、味噌汁もスープ皿に入れられてる。しかも箸じゃなくてフォークとナイフとスプーン。
実はこの家に転がり込んだ一週間前からそうだ。箸で食べたいって伝えたら『使い慣れてないと大変なの。洗い物が増えるし、テーブルだって汚れるかもしれないでしょ?』って取り付く島もなかった。
それでも箸が使いたいって食い下がったら、『練習してからね』って付き合ってくれた。だから箸使いを見せつけようと思ったんだけど……。皿の上に乗った大量の豆を見てたら、無性に数えたくなって、それどころじゃなくなった。どうやらこれも吸血鬼の習性らしい。
今では諦めてフォークとナイフでキコキコしてる。
「先に食べていて。洗い物を済ませて来ちゃう」
アオイって変なところで気を遣うよな。多少冷めてても一緒に食べた方が美味しいに決まってる。魅惑的な生姜焼きの匂いに耐えてると――。
「痛っ!」
アオイの鋭い声がリビングまで響いた。……それから血の匂いも。
「大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、アオイは明らかに挙動不審な様子で片手を背後に隠した。
「大丈夫。かすり傷みたいなものだから、貴方は気にせず食べていて」
「でも血の匂いがする。包丁で指を切ったんだろ? そう言うのは大丈夫じゃないって、アオイも言ってたじゃないか。いいから見せて」
恐々と口元を覆い、鼻の頭を撫でていた方の手をアオイがそっと出す。
「……そっちじゃないだろ」
隠された方の手を取って見ると、予想通り血が指を伝って流れてた。
「ああやっぱり。ダメだぞ、ちゃんと傷口を消毒しなきゃ。バイ菌が入っちゃう。人間の体は弱いんだから気をつけないと」
「そ、そうね」
アオイの手が震えてる。それに声もうわずってる気がする。その理由が一瞬のうちにいくつか頭に浮かんだ。
もしかして手を握る力が強すぎた? いきなり触って怒ってる? それとも……俺が吸血鬼だから血を見られるのが怖い? よし、傷付かないための予想はしたぞ。
「救急セットを取って来る。どこにあるんだ?」
手を離すと、アオイはハッとしたように申し訳なさそうな表情をした。もしかして俺、表情に出てた? 隠せてたつもりだったのにな。
お読みくださりありがとうございます。
次回、第13話は主人公の行動を見ていたアオイが疑念を抱き、主人公を問い詰める!




