7話 タピオカ経済圏の崩壊と、満員装甲電車の記憶
我らが農業生産法人『新緑の聖域』の評判は、いつしか王都まで広まり、王国の最終兵器ともいえる勇者セインが、営業に来襲するほどになってしまった。このままでは、王国の正規兵が抜き打ち強制調査にやって来るのも時間の問題だ。
「適当な調査書をでっち上げられて、退去を迫られるのもうまくない。ここは、先に手を打っておいた方がいいだろう。……シノ、エルヴィン、ミコト! 王都へ向かうぞ! ……エルヴィン、お兄さんは置いていきなさい」
「嫌です! ちゃんと植木鉢に植え替えていきますから!」
「ご安心を。昨夜のうちに買物神『Amazonプライム』様にお急ぎ便で発注してあります。……ピンポ~ン。あら、色が違いましたね……神罰『Konozama』が発動してしまったようです。返品しますか?」
「兄さんは何色でも似合うから、メタリックラメピンクでも構いません!」
「色を変えたくなったら拙者に任せるでござる。見事な真紅に染めて進ぜよう」
そんなこんなで、俺達は抗議活動をすべく、王都へと乗り込んだのだった。
年老いて全体的に弱った王の代わりに 王都を事実上支配しているのは、王女アイリス・オーツカヤマ。風の噂によると、彼女もまた転生者であり、『現代日本』の記憶に覚醒しているとか。
王女アイリスは『現代日本を支配していた暗黒物質』を使って、この世界の経済を牛耳っているという。
その物質の名は――『タピオカ』。
「アルマさん、ご覧ください。あの黒く光りプニプニ感ほとばしる 不気味な球体を……。あれこそが、かつて日本中の若者の脳を溶かし、生贄の行列を生み出した 禁断の食物兵器です……」
ミコトが宙を見つめ、『食べログ』神の警告を震えながら読み上げる。俺の中に残る前世の記憶も、激しく警告灯を回していた。
――『タピオカ』。それは、『現代日本』で『都市部を破壊するために投下された、吸着型時限爆弾』だ。食用の素材を用いて甘く味付けされており、一度 口にすれば 体内で増殖し、やがては腹を突き破って爆発すると恐れられていた。
「みんな、気を付けろ! その黒い粒に触れるな! それは爆弾だ、そして……増える!!」
王女アイリスは『現代日本』にて『お立ち台』と呼ばれていた高台の上から、優雅に極太ストローを咥えて高笑いを上げた。
「おーっほっほっほ! 遅いわ、悪役令息! この国は既に『タピオカ・ビジネス』によって汚染……ゲフンゲフン、買収済みよ! さあ、アナタたちの足元にご注目なさい!」
「足元、だと……?」見れば、地面にはプリプリケツケツガエルの卵(この世界では 常時 食用として愛されている。非常に美味)が散乱していた。この世界で入手できる類似した食品を使って、王女アイリスはあんな凶悪な兵器を、すでに開発していたというのか!?
まずい、時間がないぞ。
「シノ、すぐにそれを片付けろ!! 爆発する前に処理しきるんだ!」
「承知でござる! これこそが、古より語り継がれる『手榴弾』にござるな。内より爆ぜる切腹の必需品……ならば拙者が、すべて飲み込み処理しきって進ぜようぞ!」
「おいバカやめろ、そうじゃない! ……そうじゃないんだってー!!」
シノはアルマの制止も聞かず、落ちていた『タピオカ』を片っ端から口に放り込んでいく。
「むぐ……ぬう……! この弾丸、弾力が強すぎる……っ!! おのれ、腹に溜まる……これほど腹が膨れるというのに、まだか、まだ爆発してくれぬのか……!?」
「シノさん、お手伝いします、無理しないで下さい! ほら、兄さん! 甘くて丸くて美味しいですよー」
抱えてきた植木鉢を下ろし、エルヴィンもジャクションさんの口に『タピオカ』を詰め込んでいく。あ、ちょっと、そんなにお年寄りの口に詰め込んだら……。
「がふっ!? げは、かはっ!!(とっても美味しいよ、ありがとうね)」
「兄さんっ!? 兄さんが『タピオカ』を喉に詰まらせたっ!? ああ、なんてことをしてくれたんだ……許しませんよ!!」
「おおう……言わんこっちゃない……」
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、俺はアイリスを見上げて詰め寄った。
「王女アイリス! 貴様の目的は何だ!? 俺たちの前世の世界『現代日本』を滅ぼした兵器を使って、この世界まで焦土に変えるつもりか!?」
悪怯れた様子もなく、王女アイリスは鼻で笑う。
「何を言っているの? わたくしはただ、インフルエンサーとして この世の頂点に立ちたいだけよ! 映えは芸術! 映えは爆発! 映えこそが正義なのよ!!」
俺の脳裏に、強烈なフラッシュバックが走った。
前世の日本の通勤風景――……
『満員装甲電車』に押し込まれた人々を狙って、窓ガラスを叩き割って侵入してくるタピオカ軍団と、火炎放射器で応戦するサラリーマンたち。地獄の光景だった。
人々は叫んでいた。「モチモチしてやがる……殺せ! モチモチを一つ残らず殺せぇっ!!」と。
「……違う。俺がいた日本は、映えだなんて、そんなキラキラした場所じゃない。もっと、こう……鉄と錆と焦げ付いたタピオカの臭いが鼻につく場所だったはずだ!!」
アルマの叫びに、ミコトが両の目をカッと見開く。新たな神が降臨したのだ。
「……『クックパッド』、様……? 調理神『クックパッド』様が降臨されました! 『つくれぽ:タピオカを100時間煮込んだら、ただのゴミになった』。禁断の兵器には、禁忌の呪法だそうです」
「よし、煮込め! エルヴィン、ジャクションさんの防衛システム・熱風ONだ! タピオカの在庫をすべて溶かしてしまえ!!」
「わかりました! 兄さん熱烈に大好きハグアターック!!」
「うぼあー(よしよし、いい子じゃのう)」
「アツアツでござるぅぅ……」
「神は言っています……『強火でおk』と」
こうして王女の野望は、煮えすぎて都市伝説のようにドロドロスープへと変貌した 大量のプリプリケツケツガエルの卵を残し、経済圏は音を立てて崩壊した。
完全な勝利だ。――しかし、俺の中にはいまだ疑念が残る。
前世の記憶の中の『現代日本』。タピオカが特攻爆弾兵で、電車が砲台完備の装甲車……? 日本の都知事は背中の翼で空を飛んでいた? 本当にそうだったか? 『現代日本』とはそういうもの、だっただろうか。
俺の中だけで考えていても、結論は見つからない。
幸い、今の俺には 心強い仲間がいる。そろそろ彼らに、全てを共有すべき時が来たのではないだろうか。




