Ep86 Chapter“2” Scene“5” Cut“4” Take“1” 期待に膨らむ平原は唐突に
ミチルはご機嫌だった。今日は待ちに待ったデートの日。
そうこれは、稜真が梢から受け取った“果たし合い”の為に、“スモールフォレスト”へと行く事になった穴埋め。本来ならば、家庭教師が出来なくなった穴埋めなのだから、勉強をするのが“筋”というヤツだが、ミチルがソレで納得するハズもなかった。
よって、デートという清々しい日を迎える事になった次第だ。
今日のこの日の為に準備は入念に、デートプランはバッチリ組んだ。デートに乗り気ではない稜真の為に、ミチルはこれでもかと言わんばかりのプランを組んでいた。
そしてミチルの中では、今日が“勝負の日”だ。だからこそ色々な意味で、普段のミチルとは一味も二味も違う気合いの入れ方だった。
髪型はいつものお団子頭ではない。とは言ってもショートカットに違いはないので、結わずに下ろしても長さは変わらない。しかし、お団子にしてると、流石に子供っぽさが出てしまう。
今日のミチルは“大人の女”をイメージして頭のてっぺんから、足のつま先までコーディネートしていた。
だからこそ服装も、普段なら着ないような“お姉さんファッション”にした。
この日の為に学校帰りにデパートへ寄り道し、そこで自分に似合いそうな服を選んだのだ。
店員は苦笑いしていたが……。
奮発して買った服に袖を通したミチル。普段なら“平原”な胸に嘆き悲しむ場面でも、今日は喜びが勝っている。
鏡の中には、いつもの子供っぽい自分ではなく、少しだけ背伸びをした「女性」が立っている。新調した大人びたブラウスに、膝丈のスカート。お団子を解いてさらりと下ろした髪は、自分でも驚くほど印象を変えてくれていた。
「よし……完ッ璧!」
こうして慣れないハイヒールの感触にぐらつきつつも、小さな胸を期待で一杯に膨らませて、部屋を飛び出していった――
今日のデートプランはまず、駅前での待ち合わせから始まる。家が隣同士でありながら、そこで待ち合わせをせず、わざわざ駅前で待ち合わせる事にした。
ミチルの頭の中では、そこに意味がある。
待ち合わせ場所に遅刻ギリギリでやって来る稜真の姿を見たかったからだ。
稜真は時間に対して普段からキッチリしている。スパルタ家庭教師の際、ミチルの部屋に来る時間も帰る時間も常にピッタリだ。それはいくらミチルが「帰らないで」と、駄々を捏ねても変わらない。
だからこそ、待ち合わせ時間丁度に息を切らせて走って現れてくれる……と、考えていた――
「あ……れ?あれれ?稜真さん!なんでミチルよりも早いんですかッ?!」
「そうかな?ほら、丁度ピッタリだ」
駅前の鐘が10:00を告げていた。そして、敢えなくミチルの作戦“其の一”は失敗した。そもそも、ミチルの方が普段から時間にだらしない。
今日だって、待ち合わせの五分前に着くように家を出たにも拘わらず、到着したのが時間丁度なのだから。
まぁ、その原因は足元にある。
「稜真さん、どうですか?」
「えっと……何がだい?」
稜真の前に立って、クルクルと回って普段と違う姿を見せびらかしてみたものの、やはり朴念仁には通用しないらしい。
よって、ミチルの作戦“其の二”も失敗したようだ。
しかしそれだけで終わらないのが、ミチルという生き物。少しでも身長を高く見せようと、普段から履き慣れていないヒールを履いてクルクル回ったモンだから、そのまま転びそうになったのである。
「危ない!」
――がしッ
「大丈夫かい?靴を履き替えて来たほうがいいんじゃない?」
ミチルの心の中で――
“とぅんく”
――と、可愛らしい鼓動が鳴り響いた瞬間だった――
ガシッと力強く握られた手と、鼻腔をくすぐる清潔な香り。見上げた先にある、心配そうに自分を覗き込む朱色の瞳。
それはミチルが求めていたモノ――
しかし、そぉじゃない!
それでは意味がない。これはミチルが“勝負”に勝つ為の作戦だ。稜真とカップルになったと言っても、彼は仕方なくミチルと付き合ってくれているだけだ。
だからこそ、ミチルが稜真の“特別”になって、本気で好きになってもらいたい。
それなのに、まるで子供扱いの現状に不満しか募らなかった。
稜真と釣り合う女になる為に、髪型を整え、服を新調し、慣れないヒールまで履いたのに……と、泣き言を言ってしまえばそれまで。
しかしながら、ミチルにとってハッピーだった事もある。それは、転びそうになったミチルの手を、稜真が握ってくれたからだ。
付き合い出してから、初めて繋いだ手の感触。今日というこの日を――
“初めて手を繋いだ記念日”
――として、「特別な日にしたい」と、強く思っていた。
しかし相手は稜真。ミチルが無事だと分かると、咄嗟に掴んだミチルの手を離そうとしたのだ。
だがミチルは、そんな稜真の思うようにはしてあげない。
ミチルはそのまま、顔を真っ赤にしながらその掌をギュッと握り返していた。そこには絶対に離さないという意思がある――
―― To the Next Take ――




