Ep83 Chapter“2” Scene“4” Cut“3” Take“10” ラブハプニングは唐突に
稜真は梢の“みぞ落ち”を狙って、掌底を当てるハズだった――それが決まれば、梢を完全に制圧出来る。
梢は誘いに乗った稜真の上と下、その両方から挟み込むように剛拳を繰り出していた――それが決まれば、稜真を完全に“KO”する事が出来る。
しかし不運な事故というものは、得てして発生するモノだ。先に大振りの一撃を放ち、続いて強引な体勢から挟み込む剛拳。それらを放った梢は、その足首をその負荷に耐え切れず変な方向に捻ってしまった。
結果、梢は痛みの余りに体勢が崩れ、膝から力が抜けた。そうなると稜真の手は、みぞ落ちから外れる事になる。
梢の軌道は完全に逸れ、稜真に当たる事はないが、稜真の掌底は回避不能な位置にあった――
結論、稜真はあの時、夕樹菜が話していた通りに一部だけなってしまったのだ。
そう、梢の胸をその掌で揉みしだく……とまではいかないが、明確に触れていたのは事実だった。
そこには「触ろうとする意思」も、「自分から触りにいった事実」もないが、その掌は明確に下から突き上げていた――
そんな二人の時間は、残酷なほど緩やかに引き伸ばされた。それはまるで走馬灯のようでもあり、スローモーションのようでもあった。
稜真の掌に伝わる、想像を絶する柔らかさと、確かな弾力。そして温もり。
その掌がその控えめな輪郭を捉えた瞬間、空気は凝固し――闘技場の喧騒は彼方へと消え去った。
もしも稜真がその掌を閉じれば、確実にそれは大問題になる――そんな刹那のひととき。
お互いの“赤”が至近距離で激しく揺れ、そして吸い寄せられるように、自分の掌が/彼の掌が「乙女の聖域」を侵している事実へと、二人の視線は絡まり合いながら落ちていった――稜真の朱赤と梢の夕焼け。それぞれの瞳の色を象徴するかのように、その瞬間を境に、二人の顔はみるみるうちに紅潮していく。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
「ご、ごめんッ!」
斯くして、全てがうやむやなまま、梢の考えた“競技内容”は終わりを告げる事になる。
それは梢が足を捻ってしまった事が、全ての原因なのだが、それ以上の気マズさが一陣の嵐となって吹き荒れていたのも事実だった――
「あーーーはっはっはっ!流石は稜真だッ!男を見せたじゃないか!
まさか、本当に梢の胸を揉みしだくなんてな。自分の胸を貸したと思ったら、今度は相手の胸を揉みに行くとはやるな、稜真!」
「先生、笑い事じゃないですよ!別れ際の小森財閥の会長の顔をご覧にならなかったんですか?」
確かに稜真の言う通り、楓梢は凄い顔で睨んでいた。それこそ親の仇でも見るような目だ。般若と夜叉が入り混じり、地獄の底から這い上がってきた復讐鬼のような形相。
よって稜真は、流石に声を掛けるのを躊躇った。その眼力だけで自身の胸に大きな風穴が開けられそうなほどの殺意。それには稜真も背筋に氷を流し込まれたような戦慄を覚えたからだ。
下手に思い出すだけで、悪夢にうなされそうだった。
「まぁ、アレは事故だ。不幸な事故だ。お前からしたら、ラッキースケベな事故かもしれんが、御劔さんよりは揉み心地が良かったんじゃないか?」
「ボクは御劔さんに、そんな事はしていませんよ。それにまったくもう、なんなんですかッ!
先生、随分とご機嫌が過ぎるんじゃないですか?森園さん、先生に何か変なモノ食べさせたりとか、お酒とか飲ませてないよね?」
確かに稜真が話した通り、夕樹菜は機嫌が良かった。“果たし合い”の結果はうやむやになったが、梢との約束はこれで果たした事になる。そして、その梢がこちらに加わってくれれば、楓梢の「勝手」が、こちらに悪意を向けることは無いだろう。
更にはモニター越しに見た、楓梢の滑稽な表情も夕樹菜をご満悦にさせてくれた。あの傲岸不遜な財閥の会長が、愛娘のハプニングに狼狽え、言葉を失う様を特等席で鑑賞出来たのだ。
あれほどの眼力で、ブラウスを屈辱の汗まみれにしてくれた楓梢が、狼狽える姿とのそのギャップは、見ていて飽きないばかりか、その屈辱を帳消しにして余りある。
そして何よりも酒のツマミにはもって来いのネタだ。
それは極上の娯楽。彼女の瞳には、まだ見ぬ祝杯の輝きが宿っていた。今夜のウイスキーもまた、美酒に違いない……と――
「おやおやぁ?かいちょお、付き合い出してから、まだ“お触り”もしてないんですかぁ?
ミチルちゃんも待ってると思いますよぉ?それに今度、“おデート”をするんですよねぇ?ちゃんと二人揃って“卒業”しないと、ハクが付きませんよぉ?」
稜真は無言の抵抗を示していた。それこそ先程見た、楓梢の真似を見様見真似で試してみたが、梓にはどこ吹く風というヤツだ。
だがその前に、「二人揃って卒業」と言われても、その意味が分からない朴念仁には変わりない。
しかしその一方で、そんな事をツッコむ気力すら、根こそぎ奪われていたのもまた、変えられない事実だった――
―― To the Next Scene ――




