Ep82 Chapter“2” Scene“4” Cut“3” Take“9” 胸を貸すのは唐突に
――ドゴォッ
一瞬の静寂の後、遅れてやってきた爆鳴が闘技場を震わせた――
梢の拳は完全に稜真の頬を捉え、その凄まじい衝撃は彼を弾丸のように弾き飛ばし、遅れて発生した衝撃波は激しい旋風を巻き起こす。
こうして見事にその一撃の餌食となった稜真の身体は、闘技場の頑強な外壁に深々とめり込み、周囲にクモの巣状の亀裂を走らせていた――
「流石は梢だッ!梢を誑かす不埒な鬼畜生など、もっと徹底的に叩きのめしてしまえッ!」
しかし梢の瞳は未だに煌々と輝き、その色味を失っていない――こんな一撃では稜真を決して倒せないと悟っている現れだった。
その一方でそんな梢とは場違いなテンションで楓梢は盛り上がっていた。
「お父様、喧しいですわッ!部外者は引っ込んでいて下さいまし!
これは、わたくしと会長の問題ですのよ。他の女にうつつを抜かすような――会長の性根を叩き直す為の儀式なのですわッ!
もしも邪魔をするようなら、お父様もああなりますわよ?よ ろ し く て?」
「痛テテテ、“学園”にいた時より話しが通じなくなってしまったとは思ったけど、『魔眼』の使い方も段違いになってたみたいだね。
――じゃあ、小森さん。競技の二戦目は“格闘”ってコトでいいかな?」
壁にめり込んでいたハズの稜真は、ケロっとした顔で気付けば梢の前に立っていた。口では「痛い」と言いながらも、平然としている姿は明らかに梢を動揺させていく。
だがその反面、稜真もスイッチが入ったようだ。彼の軽い口調とは裏腹に、その朱色の瞳は、夜闇に濡れたような、深くて昏い「朱赤」へと変貌を遂げていたからだ。
そして彼を中心に、闘技場の空気が一瞬にして凍りつくような錯覚を、梢は覚えていた――
「わたくしの『義眼』の抑制を受けていても……いえ、言葉は不要ですわね!
ここから先は、遊びではいられませんわよッ!
会長、お覚悟をッ!」
実際に稜真の身体に梢の抑制が効いていないワケではない。初手の一撃は、瞬間的に作動させた『点眼』の力で、激突の衝撃を辛うじて避けたに過ぎない。
……が、頬にもらった一撃は、頭がクラクラする程に痛い。よって痩せ我慢で耐えている。
だからこそ次も同様にもらってしまえば、如何に稜真と雖も、立っている事すら出来なくなるだろう。
これが頬ではなく、顎だったなら“一発KO”されていた可能性は充二分にあり得た。
とは言っても……だ。そう易々と同じ手を食らう稜真ではない――
「今度はこっちから――行くよッ!」
先の梢の動きが、亢進の力で尋常ならざる“速さ”を獲得していたのに対して、稜真の動きはそれとは全く異なる。
彼の『点眼』は“線”ではなく“点”の動き。連続した動き方ではなく、不連続な移動を可能にする――結果、普通の人間には瞬間移動をしているように映る。
簡単に言ってしまえば、梢の知る「速さ」の概念を凌駕しているという事だ。
梢は過去に“学園”で同じ光景を目にした事はあるが、それでも彼女の『義眼』は、その不連続な軌跡を捉え切れていない。
よって彼女の視界の中で稜真は、残像すら残さず、コマ送りの幽霊のように位置を変えていく――
戦闘態勢に入った稜真は、梢との間合いを一気に詰め、“点”の動きで拳を繰り出していった。それは突如として虚空の至る所から降り注ぐ拳の雨。
抑制の影響下にありながら、“点”という最少限の動きだからこそ、抑制の効果を最低限に抑えている――そんな芸当。
よってここからは一方的な拳打の連続攻撃を、梢が食らうターンになっていた。だが、『義眼』の効力を最低限に抑えていても尚、その拳は極めて軽く、梢に対するダメージはさほど入っていない。
そもそも稜真は、梢を殴りたくなどなかった。それは偏に“仲間”だと思えばこそ……だ。
だからこそ敢えて手加減をしている。それこそ夕樹菜が話していた「胸を貸さずに揉んで来い!」とは違うが、「胸を貸す」という行為に他ならない。
「(会長の拳が軽い?わたくしの『義眼』の抑制が効いてるから?それとも……)煩わしいですわッ!攻撃とは、こうするモノではなくって?」
――ぶぉんッ
ダメージが殆ど無いと分かればこそ、梢は稜真の拳を全て無視して攻撃に転じた。身体に当たる煩わしさはあるが、梢の行動を阻害出来る威力ではない。
そんな梢は稜真の『点眼』を知っている。だから大振りで隙を見せれば、稜真なら必ず誘いに乗って来ると感じていた。
よって、風切り音すら置いて行く程の拳速でありながらも案の定、稜真を捉える事は出来なかった。
……が、そこが狙いでもあった。
稜真は誘いに乗った。梢の一撃がいくら速く重かろうとも、当たらなければ意味がない。その一撃が“線”を断ち切る事は容易くとも、“点”を破壊する事は困難だ。
だから大振りの軌道を読み切った上で、敢えて梢の懐に飛び込み、梢の身体の正中線に的確に当てる事で、無駄なダメージを与える事なく無力化を図った――
―― To the Next Take ――




