Ep81 Chapter“2” Scene“4” Cut“3” Take“8” 夕焼け色は唐突に
「わ……分かりましたわ。「英雄色を好む」とも仰いますし……。
わたくしがその場にいる事を条件に、多少の浮気は認めて差し上げても宜しくてよ。
それに――殿方が浮気を為さるのは、妻たる者の魅力が少ないからとも申しますわ。
わたくしに魅力が無いなんて言わせませんが……どうしてもと言うのでしたら――他の女性とも交えて、ごにょごにょ……」
もはや収拾不可能――カオスの卵はここに孵化し、産声を上げようとしていた。
稜真からすれば、梢が自分の事を“妻”と呼称している理由からして理解不能だが、何を話してももう無駄だと悟ったようだ。
その一方で、“学園”在学中、同じ生徒会メンバーだった頃は、ここまで酷くはなかったとも考えていた。
そして梢の方は、自分が話している映像のその全てを、ドローンが撮影してる事を完全に失念している。
実際、ごにょごにょと話している内容は羽音に掻き消されている可能性が高い。
だが、それでも会話の大半は記録されていた――それだけではない。
結果としてそれは、リアルタイムでVIPルームにいる三人――その中でも一番届いては駄目な父親の耳に届いている事に繋がる――
――そして、その結果――
「これは、どういう事だッ!貴様!娘を――私の大切な梢を誑かしたばかりか、浮気までをも梢に認めさせるとは、絶対に許せんッ!
男の風上にも置けん畜生め!梢の魅力が分からないようなヤツは、私が直々に成敗してやるッ!」
こうして楓梢は、全天候型変形闘技場へと乗り込み、カオスはここに極まる事となった――
ここで、何が起きたのかを補足させてもらうとしよう。
楓梢は先ず、梢の“迷言”によって雄叫びを上げた。そして驚きの余り口をパクパクとさせている夕樹菜を尻目にVIPルームを飛び出して彼は、そのまま専用のリフトに飛び乗り、一気に地上へと降下した。
更に地上に着くなり猛ダッシュし、凄まじい眼力を纏いながら稜真と梢の間に割って入った……という流れが起きたのである。
よって例えるならば、産声を上げた次の瞬間には、完全に成長を遂げたカオスが、翼を広げ盛大に飛び立ったと言えるだろう――
「えっと……どちら様……ですか?」
「お父様ッ?! なんでここに?ここには来られないからこそ、ドローンやカメラを許可したんですのよ」
稜真は目を丸くしながら、呆けていた。彼にはもう、意味が分かる要素が“1ミリ”たりとも残されていなかった。
しかしながら梢が「お父様」と呼んだ事で、誰かだけは理解していた。そう、“小森財閥の会長”という事を……だ。
「小森さんのお父さん――」
「貴様のような輩に「お父さん」などと呼ばれたくないわッ!
そこに直れ!今すぐ手討ちにしてくれる!」
稜真はほとほと困り果てていた。「この親にしてこの娘あり」とはよく言ったものだ……と、心の中で考えるほどに困っていたのは事実だ。
よって稜真は、目の前の親子を「生物学的には人間だが――精神構造がまるで異なる未知の生命体」と定義した。
戦術も、論理も、感情のキャッチボールすら通用しない。これではただの「災害」だ。
要するに梢もその父親も、自分には到底理解不能な生物と認識するに至る。簡単に言ってしまえば“無敵の人”というヤツに他ならない。
そんな“無敵の人”を相手にして、如何に無傷で事態を収拾させるかという――その方法を見付け出す事は、彼の思考回路を半ばショートさせる程だった。
「さっきからボクは、小森さんが話している内容が分からないんです。ボクは小森さんと結婚なんてしていないし、付き合ってるワケでもない。
それに浮気もしていませんッ!」
「浮気もしていない」の、“も”に過敏に反応したのは梢だった。そして蘇る“あの写真”。梓から送られてきた“あの写真”。せっかく印刷したのに激情に任せて握り潰した“あの写真”。
要するに稜真にとって、自分は最初から“遊び”だったのだと、そう理解してしまったのである――
梢の深い橙色が、赤味を帯びていく――それは全てを焼き尽くすような、限りなく赤に近い“赤”。
ピシッ、ピシッ……と、空気の軋む音が木霊していく――それは周囲の空気すら抗えない程の“抑制”。
ドンッ……と、突然、稜真の身体に掛かる重圧がそこにあった――それは梢の“信念”を象徴とした『義眼』の“力”。
次の瞬間、梢の姿は彼の視界から消え失せていた――それは『点眼』でも捉えられない程の“軌跡”。
梢が視界から消えた刹那の瞬間。音よりもなお速い打撃。稜真の『点眼』ですら追い付けない程の、尋常ならざる速さと重さを持った一撃。
梢の『義眼』から繰り出される“抑制”と“亢進”。その二つが重なりあった結果の剛撃。
梢が「理解してしまった」結果、彼女の“信念”は完全にその姿を取り戻し、彼女の『魔眼』は限りなく赤に近い――夕焼けを彷彿とさせる輝きを放ちながら、その牙を稜真の顔面に突き刺したのである――
―― To the Next Take ――




