Ep79 Chapter“2” Scene“4” Cut“3” Take“6” 絶大な温度差は唐突に
「確かに危険はあるだろう。だが、私はね……あの娘が愛おしい。
だからこそ――財閥と娘、その両方を天秤に掛けることなど出来ない。出来るハズもないッ!」
「正気か?従業員とその家族、自分も含めてその全てを路頭に迷わせる決断になり兼ねないんだぞ?財閥の長のセリフとは到底思えん内容だ!
それに……ここには“学園”の卒業生達も多くいる。私は教師として、卒業生だろうと使い捨ての駒にされるのだけは見過ごせない」
二人の熱量は最高潮に達していく。そこで意地と矜持――そして信念が真正面から激しくぶつかり合っていた。
「確かに先生の矜持は分かった。だからこそ、私は意地を曲げられない――父親として……な。
だがまぁ、先生がそこまで言うなら、財閥としては少し動き方を考えるとしよう。
そこで……だ。それならば手を組むのではなく、こちらが勝手に行動する――と言うのであれば、構うまい?」
楓梢の瞳に強い意志が宿っているのを夕樹菜は感じ取っていた。そしてその内容が「協力する」であれば断るしかない。だが「勝手にする」と言われてしまった以上、断れる道理もない。
しかし実際、協力の申し出は今のこちらの戦力不足を考えれば正直なところ有り難い。
だがその一方で、彼女は矜持を曲げられなかった。
だからこそ楓梢の「勝手にする」という言葉は、“シロ”寄りのグレーとしてありがたく受け取るしかなかった。
しかし彼女はそこで一つ、気付いてしまった――
「まさか、もう既に行動しているのでは?」……と。“オナカブラック”と梢が戦った時、SNSには梢の内容が一切上がっていなかった。
それすらも楓梢の“差し金”だとすれば、全ての合点がいく。
梢を日本に戻らせる原因となった写真。その段階からして既に、楓梢が図面を引いていたのだとするなら、夕樹菜では到底歯が立たない。
それこそ“孔明”でもなければ、太刀打ち出来ない領域だろう。
「もうなるようになれだ!」夕樹菜は思考の迷宮を力技で突破する事にした。要するに“開き直り”だ。この男と自分とでは格が違い過ぎる。楓梢が格上過ぎて、これではまるで策を弄する意味がない。
だが、梢がこちらの手中にある以上、悪いようにはされないハズだ。
若しくは不安が勝るようなら、“孔明”とこの男を当てるのも面白いかもしれない。
そんな事を考えた夕樹菜の汗は、既に引いていた。楓梢の視線の威圧により、肌が透けるくらいに濡れたブラウスの不快感は未だにあるが、焦りも不安もどこかへと行ってしまったようだ。
だから今となってはもう――どうでもよくなっていた。
そんな全てを吹っ切った夕樹菜の瞳には、楓梢の満面の笑みが映し出されていた――
「オジさんオジさん!この施設凄っごいんですねぇ!それに、あのたっくさんあるカメラとドローンは、やっぱりぃ?」
――ニヤッ
ニカッ――
「あぁ、モチロン!全て、梢の勇姿を収める為に用意したモノだッ!
万年二位と言われ続け、不憫な思いをして来た娘が、一念発起して勝てる算段を立てたのだからね。
その勇姿を一秒たりとも逃すコトなんて、私には出来ないッ!」
今はもう、先程までの威圧的な瞳ではなく、純粋に娘を応援する父親の目に変わっていた。実際にやり過ぎな感じは拭えないが、やはり夕樹菜が見立て通りの“親バカ”には違いないようだ。
結果、さっきまでとの温度差に夕樹菜は、風邪を引きそうな気分だった――
―― Return to Previous Cut ――
梢は完全に浮かれていた。本来、彼女の『義眼』は揺るぎない信念を糧とする。
だが今の梢を支配しているのは、“祝福の鐘”という名の“幻のウェディングベル”だ。よって殺気も闘志も、そこにはない。あるハズがない。
更に彼女のその“世界”はバラ色に補正されている。よって今の梢はただ、恋する乙女という名の無敵のポンコツへと成り下がっていた――
そもそも梢は、稜真を“倒す”ではなく、“振り向かせる”事が本来の目的だった。“果たし状”を送り付け“果たし合い”という形にはなってしまったが、それでも本当の目的は、稜真に対する“告白”であり、その返事をもらう事にあった。
そして梢フィルターを通した結果、それは既に果たされている。だからこそ、『義眼』を使って彼を倒す必要すらない。その前にそもそも、こんな状態では『義眼』の力は稜真に届かない。
結論、一つ目の種目――“障害物競争”で稜真は、自身の『魔眼』を使う必要もなく勝利を収める。それは彼が、カメラに収められないように……と、望んだ結果だ。
だが、何が起こったのかだけでも伝えておくとしよう。
要するに終始、梢が稜真の後を「会長〜、お待ちになってぇ、てぇてぇ」……と、脳内お花畑満開の追い掛けっこをしていただけ。
それは例えるなら稜真に対する“無双”ではない――“夢走”だ。
よって楓梢が話していた万年二位を打開する走りとは思えない光景とも言える――
―― To the Next Take ――




