Ep78 Chapter“2” Scene“4” Cut“3” Take“5” 黄金の旋律は唐突に
“闘技場”は梢が立つリングだけを残し、その姿を変えていく。
アリーナの座席は音もなく消失し、代わりに“トラックコース”が浮かび上がる。
更にそのコース上には様々な“設備”やら“装置”やらが乱立していった。
それらはアリーナの入り口に立っている稜真の近くでも起きていた。そしてそれを見た彼は、その“詳細”は分からずとも“意図”は汲めた気がしていた――
「これが小森財閥が誇る、全天候型変形闘技場“トランスムタビリス”ですわ。
――では会長。こちらのリングに上がって来て頂けますかしら?」
稜真は梢の言われるがままリングへと向かい、その上に足を付けた。そしてその直後、再び稜真の足は振動を感じ取っていた。
「リングが上昇してる?」
「えぇ、高いところから見た方が、説明がし易くってよ!
では会長、右手奥をご覧になって下さいまし」
斯くして梢の“説明責任”とやらが果たされる運びとなった――
梢の説明によると二人はこれからこの場で、いくつかの“種目”を行うらしい。その一つ目が“障害物競争”であり、このトラックを使って行うわれる。
そして、正確な種目数は梢の口から語られなかった。
「障害物競争?まぁ、ボクは構わないけど……。
でも小森さんは、運動し辛そうなカッコだけど大丈夫?」
「お生憎様ですわ会長。コレはこのわたくしが立案したイベントですのよ?――この姿は、お招きした会長に敬意を払って着ていただけですわ。
よって――」
――バッ
「ちゃんと体操着を着ておりますわッ!」
梢はトレードマークとも言えるドレスを高々と脱ぎ捨てた。するとそのドレスの中からスポーツウェアに身を包んだ梢が現れたのである。
「貴族は決闘を申し込む際、白手袋を相手に投げ付けると申しますわ。そのドレスはわたくしの“白手袋”――
さぁ会長、わたくしとの“決闘”を正式に受けて下さいませッ!」
梢は自身が考えた“台本”を完全に演じ切っていた。
その“台本”の内容に、かなり問題があるような気は残るが、梢は稜真を前にして上がらず噛まず、至って冷静に虚勢を張った上で、威風堂々と稜真と向き合った結果がコレだ。
「ボクは本当はイヤなんだけどね。……はぁ。でも、小森さんがここまで準備して、そこまで言うなら、こちらも誠心誠意対応しないと悪いと思う。
だからその申し出……受けさせてもらうよ」
さて……梢は「誠心誠意対応する」……と、稜真の口から聞こえて来たその言葉に、心臓の鼓動は激しくなった。
梢は恋愛に対してポンコツ過ぎるが故に、空回りが過ぎてしまう。だから今回も紆余曲折を経て“果たし合い”になってしまったワケだ。しかし彼女の中で“果たし状”は“ラブレター”であり、“果たし合い”は“デート”なのだ。
そして稜真が「申し出を受けさせてもらう」……と、続けたその内容を、“ポンコツ梢フィルター”に掛けて要約してみよう。
……すると、何という事でしょう!
「――ボクと付き合って下さい――」
……という、あまりにも彼女にとって、都合の良い内容へと変換されたのだった。
よって彼女の視界は、今はもう真っ白な光に包まれている。スタジアムの無機質な照明は祝福のスポットライトへと変わり、稜真の背後には幻想的な薔薇が咲き乱れ、“祝福の鐘”という黄金の旋律が鳴り響いていた――
―― Return to Previous Cut ――
「それで木之下先生。そちらは順調ですかな?」
それは余りにも唐突だった。梓と梢の話題で仲良く話していた楓梢は、夕樹菜の方を向くや否やその言葉を発したのだから。
「“学園”の方は順調だ。戦争のせいで生徒数は減っているが、『魔眼』の発症す――」
「その事ではない。まぁ……“学園”ひいては部外者に知られるのは非常に危険ゆえ――はぐらかしたいのも分かる……が」
夕樹菜の額に薄っすらと汗が滲んでいく。「コイツはどこまで勘付いて……いやどこまで知っている?」……と、エアコンの効いた部屋で湧き出る汗が、如実に物語っていた。
「これでも私はね、この財閥をここまで発展させたのだよ。よって情報網然り、人員然り、金もまた然り……だ。
娘はブラフをブラフとすら見抜けないポンコツだが、私の“目”から見ればそれすらも、本心がまるで筒抜けだ。
どうだね?手を組まないか?」
「な、なんの話しか、よく分からないな?
それに小森財閥と“学園”は切っても切り離せない仲。もしも“学園”を見限るというのであれば、“学園”……いや、“国”がこの財閥の解体に奔る可能性がある。
――とは考えないのか?」
鼓動が速い。汗が吹き出す。しかし悟られるワケにはいかない。それはまるで熟練の外科医に、麻酔無しで解剖されているような逃げ場のない不快感。
夕樹菜が着るジャケットの下――淡いピンク色のブラウスは、“しっとり”を超えている。
彼女は直ちにこの場を逃げ出し、シャワーを浴びてプシュッと一息付きたい気分になっていた――
―― To the Next Take ――




