Ep74 Chapter“2” Scene“4” Cut“3” Take“1” 不意打ちは唐突に
「久し振りですわね、会長!お会いしたかったですわ」
「小森さんも、元気そうだね。
それで、先生……本当にやるんですか?」
稜真の前には仁王立ちの梢がいる。
その背後、上空、この空間の全方位から響き渡る甲高い音――それは無数のドローンが所狭しと舞っている“風切り音”。
よって彼の声は、誰にも届いていない。
更に付け加えると、観客席にも“視線”がある。だがそこにいるのは“人”ではなく全て“機械”。
それらが怪しげに光を反射していた――
そんな異常な空間――ここは……小森財閥が保有する闘技場である――
――遡ること数日前――
「稜真!稜真はいるか?」
「かいちょおなら、お隣でラブラブ中ですよぉ」
分かっていた。夕樹菜は本当は分かっていた。だが、「部屋に稜真がいる」……と、なけなしのその願望を抱え彼女はこの部屋に来た。
よって梓の軽口が、心の一番柔らかい場所を土足で踏み荒らしていく。
忘れたふりをしていた杠との記憶。肌を重ねた時の温度、シーツの擦れる音――
それらが一気に脳裏に蘇り、夕樹菜の指先が微かに震えた――
ミチルと稜真が付き合い出してから、変わった事が一つある。
稜真の呼び方が「御劔さん」から「ミチルちゃん」へと――強制的に変えさせられた事だ。
本人は“呼び捨て”を望んだがそれは却下され、結果としてこの“折衷案”に落ち着いた。
ちなみにミチルの方も「善次郎さん」から「稜真さん」へと変わった。
だがこれは稜真が望んだワケではない――
更にミチルが無事に高校を卒業する為、稜真の“スパルタ家庭教師”はミチルが学校から帰ってから。そして、バイト終わりから夜“23:00”迄と決まった。
ラブラブする余地はどこにもない。
梓は夕樹菜をからかうために、ワザと“ラブラブ中”と話している。
実際に夕樹菜は、ここ数年来の“干物女”であり、梓の言葉に心が抉られるのは“確定事項”だ。
だからこそ梓は敢えて発言する。
「でもでも、かいちょおなら、あと十分くらいで戻ってくると思いますよぉ?
急ぎの用なら呼びますけどぉ?」
梓はスマホを夕樹菜に見せながら振っていた。それは即ち、電話を掛けるという意味だろう。
梓の顔には、「自分は面白い方を選ぶ」と書いてある。
「いや、ソレくらいなら待てる。稜真の件は後回しだ。
その間に梓、お前の報告を聞こうか?」
「あーしから報告なんてありませんよぉ。あーしの『魔眼』は“対象”が決まってないと、効率が凄んごおぉぉぉぉぉぉぉッく悪いのは、せんせぇだって、よぉく知ってるじゃないですかぁ!
昼間はかいちょおと探してますけど、情報が無さ過ぎですよぉ!」
これは夕樹菜なりの、梓に対する“仕返し”というヤツだ。だが梓は、そんな事ではへこたれない――
現在、“学園”からこの二人に出されている命令は“戦隊ヒーロー”の捜索だけ。だがその捜索の結果は、少なくともオナカブラックの報告書を上げたきり。
要するに、新たな“戦隊ヒーロー”は見付かっていない。
だがこうも開き直られてしまうと夕樹菜は、怒るに怒れない――いや、怒る気力すら削がれていく。
結果として梓の態度には、もはや呆れるしかなかった――
ちなみに現在の状況は……というと、少し前に海で見付かった“イエロー”の所在は分かっていない。あの後は消息不明だ。
更にSNSやテレビで話題になっていた“レッド”ですら、最近は鳴りを潜めている。
SNSを頼りにするのはどうかと思うが、手探りではどうにもならないのもまた、“事実”だ。
こちらは“ピンク”と“ブラック”の所在が分かっているが、“ピンク”の報告を“学園”に上げるつもりはない。
そうなると未だ見付かっていない“色”か、“イエロー”及び“レッド”の情報が欲しいところ。
ミチルが学校に行っている間、稜真と梓は捜索に出ているが、今のところ“学園”に入れるのは定時連絡のみになっている。
それでは杠が、痺れを切らすのも時間の問題だ。そうなっては、計画全てがご破算になってしまい兼ねない。
よって夕樹菜は、焦っていた。このままでは全てが手遅れになってしまう……と――
「只今戻りました……あれ?先生、来ていたんですか?」
玄関に靴が置いてある以上、いるのは分かっているハズだ。
だから「白々しい」と夕樹菜は感じたが、そんな言葉を漏らす事はしない。
彼女は二人の“カップル成立”に対して、非常に複雑な気持ちだった。元々、稜真に対してはツバを付けていたのだから尚更の事。
しかし、今はプライベートではない。梓が一人では役に立たない以上、次の話し相手は必然的に稜真になる。
「せんせぇは、かいちょおに話しがあるそうですよぉ。
かいちょお何かやらかしましたぁ?まさかッ!ミチルちゃんとッ?!」
あの日以来、夕樹菜は再び酒を嗜むようになっていた。それもこれも、床に突っ伏して苦痛に顔を歪めているこの“女”のせいだ――と、夕樹菜は肘を擦りながら考えていた――
―― To the Next Take ――




