Ep73 Chapter“2” Scene“4” Cut“2” Take“1” 複雑に絡む想いは唐突に
「ここは……?」
朝、目が覚めた夕樹菜は、寝呆けながら自分の姿を見回し――直後、顔を赤くして俯いた。
「な……なんだコレは?なんで私は何も着ていない?
服はどこだ?下着は?それにここは……
あぁなんてこった!ここは杠の屋敷じゃないか!」
昨夜の自分の行動が思い出せない夕樹菜は、頭を必死にポカポカと殴り付け、少しでも記憶を呼び覚まそうとしていた。
――ガチャ
「起きたようだな、夕樹菜」
「杠!
――まさか、私達……シたのか?」
杠は頭を横に振った。その表情は読み取り辛い。
……が、彼女には非常に困ったような顔に見えた。
「それならなんで私は全裸なんだ?
杠が脱がせたんじゃないのか?」
「酒にはあれほど溺れるなと忠告しておいたハズだ。そしてお前は、私に痴漢の冤罪を着せるつもりか?
それにな、自分が覚えていない昨夜の痴態を、私の口から聞きたいとでも言うつもりか?
まったく身の程を知れ」
要するに夕樹菜が勝手に脱いだ……と、杠は言いたいのだろう。結果として彼女は、冷たい彼の視線に耐え切れず黙るしかなかった。
確かに昨夜の帰り道、「以前までの弱い自分だったら」的な考えをしていたのは事実だ。それなのに、その翌朝に杠のベッドの上で目覚めてしまうとは、恥じ入るばかりの正に“痴態”だ。
「本当に、何もなかったのか?ほ……ほら、前みたいに」
「酔っ払ったお前をわざわざ迎えに行ったはいいが――
この部屋に付くなり服を脱ぎ散らかし、全裸になった挙句にお前は寝た。
それに……前は若かった。今とは状況が……違う。ほら、服は用意しておいた。着替えろ。
それとも“学園”にそのカッコで行くつもりか?」
冷たかった杠の視線は、その呆れ具合によって少しだけ温かみが戻った気がした。だが、夕樹菜は渡された衣服をなかなか着れずにいた。
「本当に、そのカッコで行くのか?やめてくれ。“学園”から逮捕者なんて、先代に顔向け出来なくなる」
「い、いや、そうじゃない。
――その……着替えるから、部屋を出て行ってくれないか?見られながら着るのは……恥ずかしい」
夕樹菜は恥じらう様子を見せて口を尖らせ、上目遣いで杠を見詰めると呟いた。
杠は、意図しない夕樹菜のその言動に、少し動揺し「それでは外で待っている」と伝え、そそくさと部屋を後にしていった。
斯くしてピッタリサイズの衣服に対して彼女は何の疑問も抱かないまま、その肢体を通していく。
それがかつては“当然”であったかのように――
――彼女は着替えを終わらせると急ぎ、杠が乗っている送迎車両へと向かった。
「それで“報告書”を読んだが、あの内容は本当なのか?」
それは“学園”に向かう車中での事。彼から紡がれるその言葉に、夕樹菜は非常に残念そうな顔をした。
「不服そうだな?お前が勧める者が、『魔眼』の力に屈したのだから無理もない……が、オナカブラックを倒した『魔眼』ホルダーがどこの誰か調べが付いているのか?」
夕樹菜はその答えとして、首を横に振った。しかしその反面、残念そうな顔をしたのはオナカブラックが負けたからではない。
それは偏に、杠のド肝が抜かれた表情を拝めなかったからだ。
「それは分からない。念の為、稜真と梓に追わせるか?」
「いや、それには及ばない。二人には引き続き“戦隊ヒーロー”を探させる。
だが、一つだけ聞いておくが、オナカブラックを倒した者は本当に『魔眼』ホルダーなのか?
ただの『魔眼』で、あれ程のオーバーテクノロジーを倒せるとは考えられない。
『真眼』であれば話しは別だがな。
まぁ、それが報告書に書かれていないとすれば、本当なのかも知れんが」
夕樹菜の内心はホッとしていたが、気分は複雑だった。それは杠が「ただの『魔眼』」と話したからだ。そこに他意はないと思ってはいるが、それでも遣り切れない。
夕樹菜も『魔眼』を持っているからこそ、全ての『魔眼』ホルダーが馬鹿にされた気になってしまう――
杠の顔をこんなに近くで見たのはいつ以来だろうか?少し窶れたような感じがする。数年前には感じなかった深いシワ。目の下に刻まれた薄いクマ。
そのどれもが夕樹菜の知らない杠だ。
「何か、私の顔に付いているか?」
久し振りに杠の顔を見詰めていた夕樹菜は、その一言で我に返った。
――もう、深く愛し合っていた頃とは違う杠なのだな――
そんな感情に支配された彼女は、それでも過去の杠を思い出さずにはいられなかった。
甘く蕩けるような一時を、自分に与えてくれた彼。自分の居場所を作ってくれた彼。
それでも夕樹菜の決意は覆らない。
自分は必ず、杠と袂を分かつ事になる。
「何が戦争だ……」
夕樹菜は隣にいる杠に聞こえないくらい小さな声で呟いていた。
二人が乗った車は正門を越えた。もう直に二人は経営者とイチ教師に戻らなければならない。
外ではセミが子孫を残す為に大合唱を繰り広げている。
求められることもなくなった自分とは、あまりにも対照的だった――
―― To the Next Cut ――




