Ep72 Chapter“2” Scene“4” Cut“1” Take“5” お腹の疼きは唐突に
「ミチルは……ミチルは気持ちをちゃんと伝えたのに、その答えは「卒業まで」なんですかッ!」
稜真は非常に困った顔をしていた――
「嘘を吐けばミチルは納得してくれるだろうか?それとも……」それは偏に、彼が“朴念仁”だから答えが見付けられなかったという事でもない。
稜真の“女性に対する気持ち”は、彼が中学二年生の時に置いてきてしまっている。
「分かりました。ミチルはフラれたんですね?そうなんですよね?なら、もういいです。
――夕樹菜さん、私……“学園”に行きます」
「ま、待て!なんでそうなる!?お前は「普通の高校生」として卒業するのが目標と話していたじゃないか!
お前の『真眼』は……いや、お前が“学園”に行けば最悪、“国”のモルモットだ。
そうなったらもう、“普通”ではいられなくなるんだぞ!」
夕樹菜は完全に困惑していた。彼女は既にミチルに寄り添う側の“立場”になっていたからだ。そして“学園”に本当に入るなら、ミチルは自分の生徒になる。
そしてそうなった時、“学園”側が、国に差し出す選択肢しか選ばないのであれば、そもそも、“学園”に編入させる気も起きない。
それは夕樹菜の主義に反する――
「いいんです。稜真……さんに、フラれたんなら、ミチルはもう、どうだっていいんです」
梓は熱過ぎるミチルの“想い”にニヤニヤが止まらなかったが、“耳年増”である梓が、ミチルの気持ちを理解出来ないワケではない。
しかし、これ以上余計な事を言うと、隣から突然やって来るエルボーによって、ライフが“ゼロ”になってしまう。
その一方で梓は、もう既に脚が痺れてきているので、正座なんてしたくなかったと言うのが本音だ。
よって一刻も早く、この状況を纏めたかったと言うのが正解だった。
「かいちょおはミチルちゃんを守るって言っちゃったじゃないですかぁ。こうなったら先ずは付き合っちゃえばいいんじゃなぁい?
最近は付き合ってから、好きになるっていうのもぉよく聞くしぃ。それにそれに、身体の相性も大事なんじゃないですかぁ?だったらお試しで身体の相性も含めて付き合っちゃいなよぉ。
そだそだ、ミチルちゃん。“学園”に入ったら全寮制で、かいちょおと会えなくなっちゃうから、ミチルちゃんもその方がいいよねぇ?」
――ボンっ
ミチルの頭が爆発した音が鳴り響いていた。そして……。
――ゴスッ
二発目のエルボーが横っ腹を直撃するのは、ほぼ同時だった。
「あ、梓!お前、なんて事を言い出すんだッ!御劔さんはまだ未成年だ!そんなふしだらなコトを吹き込むんじゃない!」
「――分かった。御劔さん。ボクで良ければ付き合ってくれないかな?
でもボクは正直なところ、女性の気持ちが分からない。こんなボクでも、いいかな?」
稜真が出した解答に、夕樹菜は驚愕していた。そして梓のニヤニヤは、横っ腹の痛みを凌駕していた。
「――です。イヤ……です。「御劔さん」なんて呼ばれるのは……イヤです!」
梓はここ数年で味わった事のないラブコメ臭に、本当にニヤニヤが止まらず、夕樹菜は敗北感に打ちひしがれていた――
「いやぁ、カップル成立しちゃいましたねぇ、せんせぇ。このまま、二人を祝福しちゃいますかぁ?」
「梓……お前な。事の重大さが分かっているのか?」
稜真はミチルを送っていった。部屋に取り残された夕樹菜は神妙な顔付きで重い口を開いていく。
「それって梢ちゃんの事ですかぁ?そういえば、そぉでしたねぇ。ミチルちゃん、無事で済めばいいけどぉ。
でもでも、“愛の力は偉大”って言いますからぁ、それを乗り越えて二人は結ばれるって言うのもぉ、ワクワクしますねぇ」
パタン――
「森園さん、先生を困らせるモンじゃないよ。
先生、お待たせしてしまって申し訳ありません。直ぐに報告書を書きますから、もう少しだけゆっくりしていて下さい」
送っていったハズの稜真は、何事もなかったかのように部屋に戻り、夕樹菜に報告書を渡すべく書き始めていた。
夕樹菜としては、何かしらのツッコミを入れるべきか悩んだが、既に時刻は二つの針が抱き合う直前。
このまま話しを長引かせれば終電を逃す事にもなり兼ねない。
よって言いたい事も聞きたい事も――全てをかなぐり捨てて、報告書を待つ事にした。
「稜真……分かっているとは思うが……」
「?」
「子供が出来たから抜ける……とかは絶対に言うなよ?」
バタンッ――
斯くして報告書を受け取った夕樹菜は、部屋を後にした。そのセリフを聞いた稜真は、本当に意味が分からない様子だったが、聞き耳を立てていた梓は、部屋の片隅で大爆笑し床に転がっていた――
「はぁ……今日は久し振りに酒が飲みたい気分だ」
夕樹菜は上着を肩に掛け、生温い夏の夜風を浴びながら、颯爽と駅に向かって歩を進める。
以前までの“弱い”自分だったならお腹の奥底を疼かせ、杠の胸に飛び込む衝動を抑えられなかった。
だが今は――
そんな事を思い歩いていた――
―― To the Next Cut ――




