Ep60 Chapter“2” Scene“3” Cut“3” Take“2” ポンコツ聖戦は唐突に
――コンコンッ
「失礼しま――あれ?」
梢はノックして会長室を開けた。……が、そこに待っていると言われた父親の姿は無かった。
しかしその直後、背中にゾワゾワした寒気が奔ったのである。
――抱きッ
「ヒイィッ!」
「パパ寂しかったよぉ〜。梢ちゅわぁん、なんでパパを置いて留学なんてしちゃったんだよぉ〜」
要するに、ドアを開けた梢の後ろにある壁際に隠れていた父親・楓梢は、自身の娘である梢に背後から抱き付いたのだ。
そして抱き付いた状態で甘えた声を、梢のその耳元で囁いていた。
「ソレが一つの原因ですわあぁぁぁぁぁッ!」
ドゴぉ――
見事な一本背負いが脳天からキマった。斯くして楓梢はそのまま昏倒するに至る――
「それで、急遽留学先に休学届けまで出して帰国を決めたのは、パ……げふん。私を喜ばすワケではないのだろう?」
「当 然 で す わ!年頃の娘に後ろから抱き付いて耳元で囁くような方、お父様でなければ二度とお会いしたくならなくってよ!」
しゅん――
楓梢は婿として小森家に入った。それは偏に、妻に惚れ込んだ末の決断であり即決だった。だが彼の妻――即ち梢の母は、難産の末に梢を産んでそのまま亡くなっている。
よって、亡き妻によく似ている梢を楓梢は溺愛していた。今回のコレは、だからこその過ぎた愛情表現だったワケだが、梢は相当なおかんむりのご様子だ。
結果として楓梢は、しょんぼりしていた。いつの時代も父親の“愛”は娘には伝わらないモノだ――
「では、何故今更帰って来た?この戦時下のご時世。留学先にいた方が安全だとは思わなかったのか?」
どうやら父娘の会話は身を引いた様子。よって梢は楓梢の鋭くなった視線に、身を切られるような思いがして身震いが止まらない。だが、この戦いは梢にとっての生命線とも言える。だからこそ負けるワケにはいかなかった。
よって彼女は気勢を張り、梢もまた冷たい視線で睨み返していく。
「わたくしが負けた“チェラビムス”の雪辱を果たす為に、わざわざ戻って参りましてよ?」
「ほう?万年二位だったお前が、今頃になって雪辱を果たすと言い出すとはな。
だが、そこに二言はあるまいな?必ず相手に勝てる自信があると言うのだな?」
正直なところ答えは“No”だ。相手はあの“稜真”なのだ。梢が三年間を費やしても振り向いてもらえなかった程の強敵だ。それを易々と攻略出来る手立てなど、思い付くハズもない。しかしやらなければ留学先への強制送還が待っていると思うと逃げ腰ではいられない。
だがその一方で楓梢は、それが梢の“恋の聖戦”であるなどとは露にも思っていない。そもそも「負けた」と言われた“チェラビムス”が何なのかも分かっていない。だからこそ、その事には触れずに「万年二位」と言ったり……と、どこか勘違いしているのかもしれない。
「絶対に勝ってみせますわ。わたくしは小森家の長女。負けたままではいられませんわッ!」
「そうか、ならば期限を設けよう。休学期間は一年間。その間に勝っても勝てなくても期間は変わらないものとする。良いな?
更に――」
梢は黙って頷くしかなかった。だがこれは仕方がない。梢は未成年ではないが、まだ学生なのだ。楓梢も娘を心配するのが当然だ。
よって中学卒業以降、“学園”に入学し寮暮らしとなる事で離れ、卒業後一度も帰る事のなかった生家で暮らす事になったのだった――
思春期の頃の梢は実家が嫌いだった。原因は全て楓梢にある。過保護が過ぎる父親の(特にスキンシップの)せいが大きいが、それだけではない。
梢は物心ついた頃から男の子の友達は疎か、家族・家人以外の男性との接触を固く禁じられていたのだ。
だが当時は(スキンシップ以外は)それでも構わなかった。しかし中学二年生になって梢の世界は激変したのである。それは偏に、彼女の瞳が『魔眼』に目覚めたからだ。
娘が『魔眼』に目覚めた結果、楓梢は娘の『魔眼』を治そうと懸命に奔走した。……が、一度発症した『魔眼』を治す術はない。
その事実に辿り着くや否や、“私立森林之木学園特別高等学校”に連絡を取り多額の寄付を行い、梢の進学先としてレールを敷いたのだ。
“学園”は全寮制であり、生徒は全て『魔眼』を有する。そこに進学する事で、世間の好奇な視線に晒される事なく安全に生活を送る事が出来る。
娘を大事に思っているからこそ、彼は梢が家を出る事を泣く泣く了承したのだ。
しかしその一方で梢は、“学園”で稜真と出会ってしまう。人一倍負けず嫌いでプライドの高い梢が初めて負けた相手、それが稜真だった。斯くして、不器用な乙女が巻き起こした乙女の“聖戦”は、学生当時の朴念仁に一切通じることは無かった。
せめてプライドが邪魔をせず、“耳年増”な梓の助言を聞き入れてさえいれば、状況は好転していたかもしれないが、梢のプライドはそれを許さなかった。
結果、梢は一縷の望みを“チェラビムス”に託したのである――
―― To the Next Cut ――




