Ep57 Chapter“2” Scene“3” Cut“2” Take“3” 地獄の聖戦は唐突に
ミチルは非常にクタクタだった。それは常連客から受ける“小学生扱い”もさるコトながら、“夏の特売”と称した売り出しの影響が非常に大きい。
その“特売”目当てで客がひっきりなしにやって来る。それの対応にミチルは終始追われていた。
いつもはラクをしながら時間が来るのを待つミチルが、今日は時間を見る暇もなく、気付けば帰る時間になっていたのだった。
更に疲れた身体に追い打ちを掛けるかのように今日は、これから赤点回避の為の“勉強”が待っている。そうと思うと、その足取りは重たくならないハズもない。
しかし、メグミが家庭教師をしてくれる約束がある以上、弱音を吐くワケにはいかない。「普通の高校生」でいる為には負けられない“戦い”なのだ――
「――あれ?ウチの前に誰か……いる?」
重たい足取りにムチを打ち、フラフラとエントランスを抜け、部屋へと続く廊下に出たミチル。すると、自分の部屋の前に佇む、一人の若い男性を発見した。
「どちら様ですか?ウチに何かご用――」
ミチルの声に反応した男性が振り返ると、ミチルは身体に稲妻が奔ったかのような衝撃を受け、一瞬で心を奪われてしまっていた。
そこにいた男性は、まるでアニメの世界から飛び出して来たかのような、“推しキャラ”に瓜ふたつだったからだ。
服装こそ違うが、どこか愁いを帯びた顔立ちも、自信に満ち満ちて溢れ出ているような雰囲気すらも、頭のてっぺんから足の爪先までランポーくん推しのミチルのドストライクだった。服装まで一緒だったら完全に堕ちていただろう。
「やぁ、キミが御劔ミチルさん?メグミから聞いているよ。勉強に困ってるんだって?
タイミングよく帰って来てくれて助かったよ」
「えっ?!えっ⁉」
どうやらミチルは失念していたようだ。メグミはあの時、「助っ人を呼んでおきますねぇ」と話していた。その助っ人が“彼”という意味だったのだろう。
そしてミチルはそれ以上に、この男性が「メグミ」と下の名前で呼んだ事で、軽い失恋を味わっていた――
「あ、あの、メグミさんは?」
「実はね御劔さん。メグミのヤツは、勉強が出来ないんだよ。あ、でも不安だよね?キミみたいな女性とボクが二人っきりで勉強なんて。
どうせだからメグミも連れて来ようか?」
ミチルとしてはランポーくんのそっくりさんと二人っきりで、もっとお近付きになりたいと思ったからこそ、「とんでもないです」と返すに至る。
……が、その直後に焦りが滲み出て来ていた。
それは少なくとも原因が三つある――
まず一つ目。自分がバイト帰りで汗臭いと思っているからだ。かと言って、「お風呂に入るまで待ってて下さい」なんて言えるほど、面の皮は厚くない。よってこれは、まだ許容範囲内。
次に二つ目。ミチルの部屋は非常に殺風景だ。女の子らしい“可愛い部屋”ではない。そんな部屋にこの男性を上げたら、ミチルの事を“可愛い女の子”と思ってくれないかもしれない。
しかしこれは今更どうする事も出来ない。よって危険水準だが、まだ許容出来る。
問題は最後の三つ目。“業スムーパー”に行く前に、脱ぎ散らかした服が部屋の中に散乱しているのだ。それに加えて、数日間放置している洗濯物の山も眠っている。そんなモノを見られてしまったら必ず男性は引く。
よって、こればかりは許容する事が出来ない。出来るハズもない――
「ちょちょちょ、待ってて下さい。五分、そう五分だけ!今、部屋の中が散らかっているから、本当に五分だけ待ってて下さい!お願いしますッ!」
ミチルの迫力に男性は圧倒された。
……が、ミチルからすれば、「ランポーくん似なのだから、そんな突然来て上がり込むような“非”紳士的な行動をするハズもない」という考えもあっただろう。
斯くしてミチルは時間をもらって部屋に駆け込むなり、大急ぎで脱ぎ散らかした制服をハンガーに掛け、洗濯物を風呂場に押し込み、軽くササっと掃除して、息を切らして“はぁはぁ”言いながら、この男性を部屋へと招いたのだった――
「先ず名前を名乗っておくね。ボクは楠 善次郎。歳は――」
ミチルはホッとしていた。それはメグミと善次郎の苗字が同じではない事に……だ。もしもこれが同じだったら、ミチルの完全敗北は確定する。
だが、そうではない以上、「まだチャンスの芽は枯れていないかもしれない」と、まるで誰かさんのようにポジティブに考える事にした。
こうしてさっきまでの“軽い失恋”は、善次郎が部屋に入った事で帳消しにしたのかもしれない。しかし、苗字が同じじゃない安心感から聞き流していた部分に、善次郎とメグミの二人が“お隣さん”という衝撃の事実があったのだが、まぁそれが、“ミチルらしさ”というヤツなのかもしれない――
斯くしてミチルの“留年回避必勝作戦”は、その幕を開いていった。しかし、ミチルの瞳にはハートマークが宿っており、勉強する気があるのか否かは定かではない――
―― To the Next Take ――




