Ep56 Chapter“2” Scene“3” Cut“2” Take“2” 隣人襲来は唐突に
「こんなの分かんないってーーーーッ!」
必死にノートを書き写し、“必勝”と書かれた鉢巻を額に巻き付け、ペンを走らせる……ハズが、寝ていたミチルが、ノートを見ただけで分かるハズもない。
……と、その時。
――ピンポーン
玄関のインターホンが鳴った。
ミチルはその音に身体を震わせていた。ミチルの叫びがこのマンションの防音を超えた挙句、ご近所迷惑が過ぎて、お隣さんが文句を言いに来たのではないかと思ったからだ。
あれだけ大声で叫んでしまった以上、居留守は使えない。それなら真っ先に謝ってしまった方が、後々面倒臭くなくなる。
意を決してミチルは玄関へと向かった――
――ガチャ
「その、ごめんなさいッ!大声出しちゃって!」
相手が文句を言いに来たと思えばこそ、相手が誰かも確認せずにミチル渾身の謝罪が発動した。……が、謝られた方は、“きょとん”としていた。
「別に怒ってなんかいませんよぉ。それよりも何か、お困りですかぁ?」
「メグミさん⁉ えっ、いや、あの、その、ミチルは別に困ってなんて……」
訪問者はさっき知り合ったばかりのメグミだった。ミチルとしては、「特に宜しくする事も、その気もない」ので、“困ってないフリ”をしていた。……が、そんなミチルに対してメグミはミチルの額に人差し指を当てた。
「さっき、分からないって叫んでたじゃないですかぁ。お勉強困っているんでしょう?」
「な、なんで――」
「その事を知っているの?」……と、ミチルの口が動き始めた時、メグミの口が先に開いていった。
「だって頭に“必勝”って書いてあるものぉ。受験勉強かしらぁ?」
「あ……」
「お隣さんになったよしみで、相談に乗りますよぉ」……と、メグミは強引にミチルに迫り、ミチルはその圧力を断れなかった。
斯くしてメグミは、ミチルの部屋に上がり込んで相談を受けるに至る。
そしてミチル、バイトまであと一時間――
「――それなら、あーしが勉強を教えましょうかぁ?」
「渡りに船」とはこの事だった。ちなみに、“受験勉強”ではなく、“赤点”のせいで留年危機だと伝えるに至る。
ノートを写すだけなら、日本語が分かれば誰でも出来る。だが、その文字の羅列が呪文にしか見えないミチルが、内容を理解出来るかと言われれば「No」だ。
だが時間がない。あとバイトに行くまで、準備も含めれば30分もない。
メグミが仮に“天才”であったとしても、その時間でミチルに叩き込むなど出来るハズもないだろう――
「メグミさん、申し訳ないんですが……ミチルはこれからバイトに行かなきゃなので……」
チラっと時計を見る。刻一刻と時間は迫って来ていた。バイトをサボれば貴重な収入が失われる。一日の稼ぎは少なくとも、チリツモというヤツだ。
通帳残金がほぼ“ゼロ”である以上、バイトを休んでいられる余裕などない。
申し出はありがたかったが、背に腹は替えられない。
「そぉなんですかぁ?それじゃあ、バイトが終わったら教えてあげますねぇ」
「いいんですかッ?!」
ミチルの瞳は輝いていた。本当に「神様仏様メグミ様」と、祈りを捧げたいくらいの気持ちで、天にも召されるような心地だった。
「えっとぉ、あーしだけじゃ頼りないかもしれないんでぇ、助っ人を呼んでおきますねぇ。
それじゃあ、また後でお邪魔しますぅ。バイト頑張って下さいねぇ」
そう言うとメグミはそそくさとミチルの部屋を後にしていった。
まるで嵐が過ぎ去った後のように、一人ポツンと部屋に残されたミチルだったが、留年回避の可能性が見えた事で小さくガッツポーズしていた。
「あっ!いっけなーい。時間時間ッ」
ミチルは着ていた制服を雑に脱ぎ捨て、私服へと着替えていく。
その一方で、「“女子高生”だと強調しているミチルがワザワザ制服から着替える必要性」を問う声が挙がるかとしれない。
だが、これには深い事情がある。
それは、“業スムーパー”でバイトを始めた頃の事。制服から着替えるのが面倒だったミチルが、制服姿のまま行った時、“女子高生のコスプレをしてる小学生”と言われたのを発端にしている。
それはミチルの心の中に今でも、恨みがましく深く突き刺さっていた――
そんな事はさておき、いつもなら少しは気にする凹凸のない平らな“平原”も気にならないくらい、その喜びが上回っていた。
メグミという強力な“家庭教師”が味方に付いてくれた以上、これに勝る喜びはない。「普通の高校生」として卒業する為に、留年なんてあってはならないコトだ。
斯くして、背中に翼が生えたかのような気持ちでミチルは、“業スムーパー”へと向かっていった――
しかしこの時はまだ、ミチルは自分が勘違いしている事に気付いていない。何故ならメグミは、“ギャル”だが、勉強が出来ない“ギャル”だったからだ。
何故メグミを、“勉強が出来るギャル”だと思っていたのかは分からないが、「藁にもすがる思い」だった事は間違いないだろう――
―― To the Next Take ――




