Ep32 Chapter“1” Scene“8” Cut“1” Take“1” スキンシップは唐突に
志は帰りもミチルと一緒が良かった。だが、そもそも駅が違う。ミチルの住む新町は志が住む廃墟街とは反対方向だ。
だから志は泣く泣く一人で帰った。その足取りは、胸に付いている重りとの相乗効果で非常に重たかった――
これまでの「ミチル先輩とお近付き作戦」はどれも成功しなかったが、暴漢達に襲われた日にチノイロレッドに助けられ、家に戻った後で喚び出した孔明のお陰で全てが順調にいった。彼女は孔明に感謝してもとても足りない思いだったし、日頃からもっと甘えさせてくれれば、手に余るたくさんの幸せを噛み締める事が出来るなんてコトを考えたりもしたが、孔明がそんな事を許すハズもない。
志としては孔明は憧れに近い存在で、ミチルが一番好きな事に変わりない。故に“ミチル成分”をありとあらゆる面から吸収したかったが、ミチルのワンルームマンションの場所もバイト先も分かった以上、焦る事はなくなったと考えるに至る。
「ただいまぁ」
誰もいない家。ライフラインは辛うじて通っているが、温かみのある、あの殺風景な部屋と違って、ここはとても冷たく無機質な空間。
あの部屋を思い出すだけで、胸の奥がきゅっとなる。志は気分が落ちれば重りに釣られて背筋が曲がる。そうなればいつものオドオドした彼女が完成する。
……が、この日は少しだけ違った。
「おっひさ〜ミコロっち。お邪魔してるし。元気してた?」
「あ……カレン……さん?い、いつこの街に戻って来たんですか?」
誰もいないと思って開けた玄関。そこから見えるリビングに見覚えのある顔があった。彼女は玄関の開く音に反応し、志を見届けると何やら嬉しそうに近寄って来た。
名前は野々山カレン。彼女は以前、志が拾って、この家で同棲していた女性だ。
たまたま知り合い行き場所が無いと話していたので、暫くこの家に泊めていたのが経緯なので、“同棲”という程、実際は大袈裟ではない。
そんな彼女はある日突然、前触れもなくフラッといなくなった――
志にとってカレンは、特別な感情を抱かせるほどの「誰か」ではない。ただ単純に、可哀想だと思ったから家に招いただけだ。だが、同じ家に誰かがいるのといないのとでは大きく違う。
しかしカレンの素性を根掘り葉掘り聞くような志ではないので、志がカレンに、いいように使われていただけと考える事も出来る。
実際にカレンは自由奔放が過ぎた。拾った志も、よく振り回されたのを覚えている。ただ、彼女は極端な“前向き思考”故に、カレンのコトを悪く思ってなどいない。
だからこそカレンからすれば、志は“都合のいい女”だったのかもしれない――
それでも志は誰かが同じ家にいるだけで、心が安らいだ。だから突然いなくなった時は落ち込みもした。
彼女は学校で誰とも話す事などないのだから、それこそ『偽眼』を使って英傑達を喚び出さなければ一日中、誰とも話さないこともザラだった。まぁ、それでも独り言には変わりない。
だからこそ、カレンの存在は寂しい時の寄る辺となっていたのは間違いがなかった。しかし彼女は消えた。
それが今まで連絡の一つも無いばかりか、何食わぬ顔で悪びれもせず家の中にいたのだから、志の感情が揺さぶられるのも無理はない。
「ちょっと昨日の夜に近くに来たから、寄ってみただけだし。そしたらミコロっちがいなかったから、勝手に泊まらせてもらっただけ。まぁ、朝になって気付いたらこの家で寝てたってのがオチなんだけど、超ウケるっしょ?
ところで、ミコロっち、雰囲気変わった?なんかウケるんですけど。あと、何か食べるモノない?アタシ、お腹減っちゃって」
雰囲気が変わるきっかけは恐らく、“ミチル成分”を多量に摂取したからだろう。しかし「カレンさんは、少しの変化でも見抜けて凄いですぅ」などとは、思っても口に出さないし、出る事もない。
志は今、“凛とした清楚”状態ではないので尚更、人と話すのは苦手なのだ。
よって、最初こそ驚きの余り会話する事に成功した志だったが、終いにはカレンの要望を叶えるべく、無言で働くロボットのようにせっせと食材を掻き集めて料理をカレンに提供した。
「いやぁ、やっぱりミコロっちの料理サイコーだし!サイコー過ぎて超ウケる!マジウケる!
ミコロっちをアタシのお嫁さんにしたいくらい!そしたら同性婚じゃん!子供作れなくて超ウケるーーーッ!」
取り留めのない会話だ。以前も一方的にカレンが話し、志にベタベタとスキンシップを図っていた。志はその勢いについていけず、ただただオロオロしていた。暫く会っていなかったが、カレンはどうやら変わっていないようだ。
よって、お腹が満たされテンションが上がったカレンは、志に対して過剰なまでのスキンシップを図っていく。
だがその一方で、過剰なスキンシップは困りモノだが、ケラケラケタケタと笑うカレンのお陰で、ミチルのいない寂しさが少し和らいだのは紛れもない事実だった――
―― To the Next Cut ――




