Ep20 Chapter“1” Scene“5” Cut“2” Take“2” 熱い抱擁は唐突に
志は知っていた。チノイロレッドと名乗った人を。そう、今朝、自分を抱えて学校まで運んでくれた人だ。
不良達は知らなかった。だからこそ、目の前に現れた人間が、ただの「コスプレ変態野郎」にしか映っていなかった。
「邪魔すんじゃねぇ変態ヤローが!こっちは“数”がいるんだお呼びじゃねぇんだよッ!」
「さっきも言っただろ?「悪事はこの俺、チノイロレッドが許さないぜッ!!」ってな!」
決めゼリフで冷え込んだかに見えた空気は、一気に一触即発の熱さを取り戻していった。よって、チノイロレッドの事をコスプレしただけの、「ただの変態野郎」だと思っている不良達は、その周囲に回り込みボコボコにしようと画策していた。
だが……。
「うらぁッ」
――どがッ
「よしッ!これで正当防衛成立だな。後のヤツらはいいのか?せっかく囲んでいるんだ。俺をボコりたいと思っているなら今のうちだぜ?」
不良達は何が起こっているのか理解出来なかった。確かに不良の拳は、チノイロレッドの顔面に決まった。だがチノイロレッドは、その拳を受けたまま殴ったソイツに向かってそのままのカッコで向き直ったのだ。
更には他の不良達をも挑発している。痛がる事も、歯向かう事もなく……だ。これではただの「サンドバッグ希望」だと言っているようなモノだ。
「うおぉぉぉッ」
「だあぁぁぁぁッ」
奇怪なチノイロレッドの行動と、その挑発に因って不良達は明らかに錯乱していた。因って、チノイロレッドを囲んでいた不良達五人は、一斉に向かっていったのである。
「よしッ!残るは一人、そこのオマエは殴り掛かって来ないのか?それとも逃げ出すか?俺はそれでも構わないぜ?」
「何ワケの分かんねぇコトを言ってやがる!この状況で逃げるわきゃねぇだろ、このダボがぁッ!うらあぁぁぁ」
どがッ――
志は恐怖の余り目を背けていた。彼女はこれまで、誰かと殴り合いのケンカをした事もないし、そんな場面に出会した事もない。よって、免疫がまったくない。
そんな志が突然発生したこの展開の一部始終に付いていけるハズもなく、その顔を両手で覆い隠しガタガタ震えているだけだった。もしも、志のメンタルか、ヒロイン願望が強ければ、「私の為に争うのは止めて」と、殴り合う男達の間に割り込みケンカの仲裁をしていたかもしれないが、そんな勇気があるハズもない。
そもそも、この現状は志が一方的に招いたモノであり、「私の為に〜」などとほざいたいたとしたらそれは、ただの「勘違い女」も甚だしいだろう。
屋根の無い廃墟の家に「ぐえぇ」「ぐはぁッ」「たわばぁ」……と、色とりどりのうめき声が木霊していた。
恐怖に震えるだけの志は、信仰もしていない神に祈るだけだったが、「大丈夫か?」の優しい一言で恐る恐る目を開けたのだった――
「終わったぜ、大丈夫かお嬢さ……ん?あれ?アンタは今朝の――」
ビクビクしながら目を開いた志の前に、差し出されたのは赤い手。周囲を見回すと不良達は全員気を失っている様子だった。そんな志は、今までの人生で取った事がない、直情的な行動に移していた。
志はまだ話しているチノイロレッドの言葉を遮るように彼に向かって飛び込み、熱い抱擁を行ったのだから。
流石にこの行動は、チノイロレッドを動揺させていた――
「落ち着いたか?」
「えっぐ、ひっぐ……うえぇぇん。あうぁぅぁぅうぅぅぅ」
抱き付いた後も志の涙は止まらなかった。
動揺したチノイロレッドは、そんな彼女を落ち着かせようと必死だった。だからこそ、抱き付いてきた志を振り払う事なく抱え、不良達が気絶している廃屋から今朝同様の“跳躍”を見せた。
そして、人気の無い廃屋の町で、唯一屋根の残っている家のそこに降り立ち、志に優しく声を掛けていったのだった。
そこから始まるのは、彼の自分語り。志は最初、聞いている素振りを見せてはいなかったが、いつの間にかその話しに引き込まれたようだ。
「落ち着いたようだな。さっきみたいなヤツらに襲われると危ないからな、送っていこう。家はどこだ?」
「えっと……ここ……です」
「ふぁッ」と驚いたような声をチノイロレッドは上げた。本人の表情はその仮面の下に隠れているから分からないが、きっと驚いていたのだろう。
ここら辺一帯は誰も住んでいない。だから灯り一つ無い暗い街並み。その事をチノイロレッドも知っている。だからこそ、今、屋根を借りている家に志が住んでいるという事実に驚きを隠せなかった。
「そ、そうか。じゃあ先ず屋根から降りるべきだな。まぁ……その……なんだ?コレって、“不法侵入”にならねぇよな?」
「ぷッ。レッドさん、まったく何を言ってるんですかぁ。そんなコトにはなりませんよ。家主が言うんだから間違いありません」
ここに来て漸く、志は笑顔を取り戻した。そんな美少女の笑顔を見たチノイロレッドの仮面の下は、少しだけ照れ臭そうにしていたとか、いなかったとか――
―― To the Next Cut ――




