Ep16 Chapter“1” Scene“4” Cut“1” Take“4” お姫様抱っこは唐突に
――誰かの声が聞こえる――
「へぇ、オマエ、三国志って言うんだ?凄いじゃん!」
「オマエじゃないです、ミコロです!だけど、何が凄いのか分からない……です」
――すごく懐かしい声。いつ以来だろう――
「だってオマエ、『三国志』だろ?なぁ、『三国志』って知ってるか?あれ凄ェんだぜ!」
「『三国志』?それはなんですか?そんなに凄いんですか?」
――これはいつの話しだっけ?確か今から――
―― To the Next Cut ――
志は机に突っ伏したまま目を覚ました。どうやらそのまま寝落ちしていたらしい。自分が本から写し取り、記していたノートに描かれた盛大な『地図』は書いていた文字を滲ませ、今は乾いてカピカピになっている。
だいぶ長い間、寝落ちしていたのかもしれない。
「あっ、いけない!今は一体何時でしょう?」
志は急いで部屋の壁掛け時計に視線を送った。もしも時計の短針が“6”より左側に来ていた場合、既にボーダーラインを超えてデッドラインが近付いている事を意味する。
しかし非常にもソレは“7”との抱擁を待ち侘びていた――
「えっ?! 嘘!どどど、どうしましょう!」
時計を確認するや否や、志は慌てて準備を開始していく。そこにいつもの“日課”の姿は無い。パジャマがすぽんと脱げない事にイライラを募らせ、「日課」を諦め皺が寄ったブラウスに腕を通していく。丁寧にボタンを止める時間すら惜しかった。仕上げはチョーカー。なかなかボタンが付いてくれない。
焦れば焦るほど、指先は不器用になっていた――
志がパンを咥え、モゴモゴした声で雑に「いってきます」と放り投げ、玄関を飛び出していく。普段ならホームで電車を待っている時刻が迫っていた。遠くの方で遅刻の女神が笑顔で手を振っている。
だがそれ以上に、遅刻なんてすれば勉強しながら入念に練った“策”が実を結ばない可能性がある。それを志は恐れていた。
家を出ると周囲に人影はない。駅まではいつも誰ともすれ違わない。焦りが恐れに変わった結果、志の足は駆け出していた――
――ドんッ
「キャッ!」
駅まではもう少し。あの曲がり角を曲がればその先は直線。しかし日頃から運動不足な志の心臓は激しい脈動を打っていた。
口で呼吸したくても、パンが食べられる事を今か今かと待ち構えているからそれは出来ない。そして胸に付いている二つの大きな重りが、なかなか速度を上げさせてくれない。それでも頑張って、必死に頑張って駅に向かって走っていた。
そんな志は曲がり角を曲がった直後に何かに激突したのである。
咥えていたパンが宙を舞っていく。肩に担いでいたバッグの中身が散乱していく。志の身体は後ろ重心になり、スカートがひらひらりはらはらりと捲れ上がっていく。
志の視界がスローモーションに切り替わっていった……が、硬いアスファルトの衝撃がぷりんとしたお尻を襲う事はなかった――
――ぱしッ。パシパシパシパシッ
とんッ――
「大丈夫か?前を見ないで走ると危ないぜ」
何かにぶつかり、短い悲鳴を上げた志だったが、地面に尻もちをつく事はなかった。そればかりか、バッグの中身が地面とランデブーした様子もない。
「あ、ありがとうございます。あッ!ミコロのパンッ!」
「あ……悪ィ。これか?」
志を後ろから抱き留め、そこに居たのは“赤い人”だった。だが志が驚いたのはその姿でも、助けてくれた事でも、超人的な速さで飛散した中身を回収した、相手の身体能力でもなく、咥えていたパンがその“赤い人”の手に握り潰されている事実だった。
ひらりはらりと捲れ上がったスカートは、急いで阻止したし正面に誰もいなかった事からセーフと考えたのだろう。
「よっ……と、立てるか?身体は痛くねぇか?出会い頭の事故ってヤツだし、ちゃんと助けたから、このパンは“緊急避難”ってコトでいいよな?」
“赤い人”は、握り潰したパンの「責任の所在」について話しをしているようだが、志はその内容を一切理解していないようで、首を傾げていた。
「あッ!電車、行っちゃう。もう絶対に間に合いません。あぅあぅあぅぁぅぁぅ」
「その制服『自然科学総合高等学校』のだろ?それじゃあいっちょ、俺が連れてってやるぜ」
“赤い人”は一方的に決めた。そこに志の意思はない。「連れて行くとは?」と、志の口が動き始めようとした時に、志の身体は重力を置き去りにしてふわっと宙に浮いた。
「うぇあ?! ななな、何をするん――」
「口を閉じてな。じゃなきゃ舌噛むぜ!それじゃあ、アンタの高校までひとっ飛びだ」
――だッ
“赤い人”は地面を力強く蹴ると空へと舞い上がった。その腕の中には目を白黒とさせ舌を噛まないように掌で口を抑えている志が、お姫様抱っこで抱えられている。
もしもこの時、空を見上げる人がいたならば、最近テレビを賑わせている「戦隊ヒーローのコスプレをした人」が美少女を抱えて空を跳躍している姿を目撃出来た事だろう――
―― To the Next Take ――




