Ep15 Chapter“1” Scene“4” Cut“1” Take“2” 運命の歯車は唐突に
「夕樹菜そこまでだ」
「杠ぁ?なんれアンラがこんなところにいるのろぉ?」
それは静寂を切り裂くような冷徹でありながらも、温かみを内包する声。そんな低くダンディな声は店の中に木霊し、その主はダンディズムとは正反対の所作を以って入店した。
そしてこの男が木之杜杠である。もしも夕樹菜に見惚れていた紳士諸君が残っていれば、今度はその相手の淑女がこれみよがしに見惚れていたことだろう。
杠は酔いどれ夕樹菜に近寄ると彼女の腕を強引に肩へ回し、何の迷いもなく彼女の腰に手を回して、そのまま立たせていく。
「ちょっとぉ、杠ぁ!そこは違うれしょ!なんれ、お姫さまらっこじゃないのろぉ!」
「おの……お客様」
夕樹菜の魔性の色気で理性のタガが外れ掛けていたバーテンダーは、男の登場で我に戻っていた。
だが、夕樹菜を奪われまいとする為に、杠に声を掛けたワケではない。
一方の杠は早く店を出たかった。杠はアルコールを嗜む事がない。故に、夕樹菜が漏らす吐息に含まれるアルコールが執拗に鼻孔を擽る。
それを払拭したかった。
「何かね?」
「そちらのお客様はお会計がまだ終わっておりません」
「それは失礼」それだけ紡ぐと杠は、夕樹菜を元のカウンターチェアに戻した。夕樹菜は何やら甘えた声を挙げているがそれに耳を貸す杠ではない。
そして徐ろに、懐から一枚の漆黒のカードを取り出し、バーテンダーが持参したクロームの光沢を放つカルトンの上に置いた。
しかしバーテンダーはその意味が分からなかった。
「お客様、これは?」
「ただのブラックカードだ。彼女がこれほど酔ったのだから、相応の金額なのだろう?このカードで払ってくれたまえ」
それは持ち主の名前も有効期限もブランドロゴすらも入っていない、吸い込まれそうな「闇」を切り取った黒いカード。だからこそ、それがクレジットカードの一種だと分かるハズもない。
だが、「それはブラックカードだ」と言われればそれで会計機を操作する以外に方法はない――
――カララランッ
斯くして杠は、再び夕樹菜を抱きかかえ店を後にした。当の夕樹菜は「お姫様抱っこ」を再三に渡ってせがんだが、杠はその要請の一切を拒否した。
「夕樹菜、昨日の件をまだ引きずっているのか?」
「あったりまえれしょ!なんであらしが、メリーさんになっれるワケぇ?こぉんな、ピっチピチの26歳独身、彼氏なしのEカップ美人教師を捕まえてぇてぇzzz」
杠は「やれやれ」と心の中でボヤいていた。それは彼女の、ここ最近特に酷くなった酒癖の悪さに対してなのかそれとも、少なくとも五年以上前から同じ決めゼリフを使っている事に対してなのかは分からない。
もしも夕樹菜に肩を貸していなければ、彼女に対する今後の接し方を、毎日欠かさず手入れをしている顎髭を撫でながら葉巻きをくゆらせ、思考する場面だがそれは叶わない。
「まったく本当に困った幼馴染みだよ、お前は」
木之杜杠、年齢38歳。若くして私立森林之木学園特別高等学校・学園長を務めている。
そしてその杠と親戚であり幼馴染みの木之下夕樹菜は、杠と五歳違いであり、その学園の数学教師であり生徒会顧問をしている――
―― To the Next Take ――
「明日こそ、明日こそは絶対にミチル先輩と仲良くなってやるんだからッ!ミコロは負けませんッ!」
孔明に見放された志は、必死に勉強していた。それは自分達が通う『自然科学総合高等学校』の宿題というワケではない。そもそも志は昼休みから放課後まで屋上で寝ていたので、宿題があったのかどうかも知らないし、そういった連絡をくれる友人もいない。
そんな志は決して『歴女』ではない。ただの『三国志』かぶれだ。そうなった理由は、昔近所に住んでいた「お兄ちゃん」の存在が大きい。因って孔明に提案した「十面埋伏」は、『三国志』で知っただけの策であり、それを提案する事で孔明に認めてもらい甘々な時間を過ごす為、咄嗟に取り繕った策だった。
しかし見事無残に失敗してしまったので目も当てられない。
だから志はその失態を挽回する為にも必死になって勉強していた。それは偏に次なる作戦の為に……だ。だがスマホを持っていない志の家にはインターネットもない。従って、勉強するにも本は欠かせない。
夢中になって本を読み進める志は、夢中になる余り時間が経つのも忘れていた。そんな時、外で何やら騒がしい声を聞いた気がした。
それはどことなくミチルの声に似ている気しかしなかったが、「ミチル先輩と仲良くなりたいばかりに神様が声を聞かせてくれた!空耳でもありがとうございます!」といつも通り前向きに解釈し、更に読み耽るに至る。
もしもこの時、志が外の様子を窺っていたなら、あの日の夜にひっそりと鳴っていた「出会いの歯車」に続き、次なる「運命の歯車」は、確かにその音を響き渡らせていただろう。
……が、それはまだまだ当分先の話しなのかもしれない――
―― To the Next Take ――




