Ep12 Chapter“1” Scene“3” Cut“2” Take“1” 非日常は唐突に
「ねぇ聞いた?昨日――」
「聞いた聞いた!学校にオバケが出たんでしょ?」
「私は深夜に、『マッハで小学生を追いかけ回すメリーさん』が出たって聞いたけど違うの?」
ミチルが眠い目を擦り教室に入ると、そこは女子達の無責任な噂話のるつぼと化していた。その喧騒を尻目にミチルは自分の席に座ると突っ伏し、ソレらを聞き流していく。
そんなミチルには現在進行系で抱えている「絶望」が二つある――
ミチルは昨夜の一件が頭から離れず、なかなか寝付けなかった。だから推しアニメで気を紛らわせようと、スマホで情報を集めていた“その時”に気付いてしまった。『オトカマーニンナー殺人事件』の後編を見逃した事に。
“名探偵ドイル・ランポー”の放送をあれだけ楽しみにしていたにも拘わらず、志から襲われそうになった件は、ミチルの記憶の大部分を占める“推しアニメ”の存在を圧迫し記憶の片隅へと押し込め、ひいては忘却の彼方へと追いやる結果を産み落とした。
これでは眠れば大概の嫌な事は忘れられるミチルだろうと、回復する術がない。よって結論から言うと、全然寝られなかった。
「推しアニメを見れなかったコト」、これが一つ目の絶望だ。
しかし、普通の高校生はちゃんと学校に通うもの。出席日数が足りなくて留年とか、テストの点数が悪くて留年とか、その他諸々の事案で留年とかは認められない。
だから、眠い目を擦り学校に行く準備をした。
だがここで、次の悲劇がミチルを襲う。ミチルは無限の体力を持つ小学生ではない。そう、“筋肉痛”だ。
昨夜の全力疾走が尾を引き、ミチルの全身は悲鳴を上げていたのだ。昨夜は逃げ切る事に必死でアドレナリンドバドバかーらーの、無事に家に帰れるか不安に対するノルアドレナリンドバドバで、まさに『情熱と冷静の間』状態だった。しかし一夜明ければソレらの効果は失われる。
一歩歩くたびに太ももが悲鳴を上げ、階段を登る姿はさながら生まれたての小鹿のようだった。
これが二つ目の絶望である。
「ねぇ、ミチル。噂聞いた?どれが本当だと思う?」
「噂?なんの事?」
ミチルからすれば、そんな「噂」なんてこれっぽっちも興味がない。それよりも見損ねた『オトカマーニンナー殺人事件』をどうやって見るかを模索したかった。だから余計な会話をしてる余裕もない。
でも、誰とでも分け隔てなく接すミチルが、話し掛けられてそっぽを向けるワケもない。なので友人の無邪気な問いかけにミチルは、顔を伏せたまま地を這うような声で応えるしかなかった。
「昨日、夜中に新町の方で小学生くらいの女の子が、髪を振り乱したメリーさんに追い掛けられてたって噂があるんだよー」
「違うって!放課後の誰もいない学校に、髪の長い幽霊が出たって噂で持ちきりなんだよー!」
いつもみたいに途中のコンビニで買った乳飲料を飲みながら聞いていたなら、ブフォッと、盛大に噴き出していただろう。ただ、学校のオバケは知らないが、「メリーさんに追い掛けられた小学生」という話しには心当たりがある。あり過ぎる。
……が、そもそも「ミチルは小学生じゃない!」と怒り心頭だったが知らないフリで貫き通すに至る――
―― Return to Previous Cut ――
――リーン ゴーン――
遠くで鐘の残響音が聞こえた気がした。その音に気付いた志はゆっくりと瞼を開けた。
「えっと……ここは?
――痛ッ!頭がズキズキしますぅ」
空の色は青でも黒でもない紫。それも終わり掛けの深紫。もう夜の帳は目前まで降りてきていた。
志は時計をしていない。更にこのご時世の女子高生にしては珍しくスマホも持っていない。だから現在時刻を知る術はない。仮に持っていたとしても、電源を落としてバッグにしまっているだろう。
「いつの間にかミコロは寝ちゃってたんですねぇ。でもなんであんなところで寝てたんでしょう?
文若もいなくなってるし、一人だと薄暗い校舎って、なんだか怖いですぅ」
志は廊下の窓際をてくてくと歩いていた。目指すは自分の教室だ。そこに自分のバッグがある。財布がある。定期がある。それがなければ家には帰れない。
最終下校のチャイムはもう鳴った。志を目覚めへと導いたあのチャイムがそれだったのだろう。
志は脳天を直撃した「鈍器」の影響で、記憶が完全に欠落していた。傍らにいた文若の姿もない。
心細さが彼女の胸を締め付け、薄暗い廊下が少しばかりの恐怖をスパイスとして付け加えた。よって気付けば、豊満な胸が齎す重力は「凛とした清楚」を解き放っていたのだ。
それはまるで、獲物を求め彷徨っている幽鬼のようだった。
そんな志を、最終下校時刻を過ぎ、急いでグラウンドを整備していた野球部員が目撃したのである――
斯くしてミチルは「都市伝説」へ、志は「新説・学校の怪談」へと昇華された。
交わらない二人の非日常は、周囲の人々を巻き込みながら、さらなる混沌へと加速していく……かもしれない。
―― To the Next Cut ――




