97 独占欲
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海斗が見ている。
何か言いたげだ。
さんざん俺からの稽古を逃げ回っていたのに、とうとう稽古をつけてほしいと思うようになったのか。
惚れた相手のために強くなりたいか。
どうやらみふゆに関して本気のようだ。
振り向かせたい、守るにふさわしい男になろうという気持ちは褒めてやりたい。
だが、簡単には渡さない。
みふゆに対する貴之の気持ちは、日毎にどんどん欲深になっている。
心を開き始めたみふゆは、昨日より今日、今日より明日と、貴之に心を預けてくれるだろう。
だから貴之も、昨日より今日、明日はまた今日より欲深くなる。
自分でも信じられないほどに。
既に今は実の親子であると打ち明けることを念頭にしている。
問題が親子関係だけならこれほど悩まなかった。
知らぬうちに絡み合っていた過去が邪魔をする。
青木重弘を父と呼び慕い最後まで尽くしたみふゆ。
みふゆを娘として愛し育ててくれた青木重弘。
そんな恩ある男を追いつめた者としての責任が、貴之の上にのしかかる。
━━━━俺はあの娘がかわいくてたまらない。
弥生と子供の生まれ変わりとも思えるみふゆが。
一分でも一秒でも長くそばに置きたい。
貴之は上段の構えから剣をスッとおろした。
黒岩が近づく気配を察し、貴之は動きを止めたのだ。
「会長、松田会長からお電話です」
貴之は黒岩から電話を受け取り、松田と僅かばかり会話を交わした。
「まだ続ける。独りにしてくれ」
黒岩に電話を返し、鞘におさめた真剣を抜いた。
黒岩は海斗を連れて道場を出た。
海斗が名残惜しそうに振り向いた。
道場には貴之一人となった。
貴之は天井を仰ぐと深く呼吸をし、手にしている真剣でひゅんと空を斬った。
雨の音がやけに耳についた。
あれから一時間はたつ。
貴之はまだ道場から戻って来ない。
海斗はリビングで貴之が戻るのを待った。
今日でなくてもいい。
時間があるときでいいから稽古をつけてほしいと頼もうと決めていた。
学校を初めてサボってしまった。
誰も何も言わない。
『高校は義務教育じゃない。行く行かないは自分で決めろ。だから何が起きても全ての責任はお前にある。責任をとるのは海斗、お前だ』と父親に言われた。
『親として教育費は出してやる。それだけだ』
海斗の目標の京司朗は文武両道だった。
海斗もそれに倣っている。
なのに、ことあるごとにうわべだけだと思い知る。
惣領貴之はきっと京司朗とみふゆの結婚を望むだろう。
とられたくない。
バタバタと玄関先が騒がしい。
何だろう?と海斗はリビングから出て玄関に向かった。
━━━追いかけろ!
━━━井上と山崎が行きました!
━━━仙道さんにも連絡だ!
屋敷に常駐の連中が慌てふためいている。
「どうしたんだ!」
「海斗さん、会長が自分で車を運転して出てっちまったんです!」
誰も供をつけずに、貴之がひとりで屋敷から出ていったのだという。
「脇道にも出られないか・・」
京司朗が呟いた。
仙道京司朗は国道沿いの自社ビルからみふゆのいる店に向かっていたが、交通渋滞に巻き込まれていた。
雨でスリップしたのか、車数台が玉突き衝突を起こしたようだ。
早朝、一度止んだ雨はどしゃ降りとなり、京司朗は商店街の様子を聞くためにみふゆに電話をしたが、スマホには出ず、店の電話にも何度かかけたが繋がらなかった。
店の電話は不通になっている。
どこかで電話線が切れてるなら状況はまずいのかもしれない。
見張らせている部下からは特に報告はきていないが、何かあったのではないかと気になった。
最近商店街に妙な男がうろついていると若い連中が言っていた。
なにかを物色している気配があると。
「降りたほうが早いな」
「え?・・ちょっ!仙道さん!」
運転している三上が止める間もなく、京司朗は車のドアを開けて出ていった。




