96 後継者たち
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屋敷に戻った惣領貴之は、道場で独り、真剣を振っていた。
海斗が道場の入り口で見ている。
貴之が空を切る度に海斗は、自分自身が斬り裂かれるような気がした。
いつにもまして近寄りがたい。
張りつめた空気は近寄ることも声をかけることも許さない。
『鬼神』と呼ばれた惣領貴之がここにいる。
海斗は立ち尽くす。
貴之に魅入ってしまい動けない。
剣は貴之と同化して、貴之の体の一部にも見える。
ただ一心に空を斬る貴之。
いつもならすぐに気づいて、稽古をつけてやるから来いと脅すのに、一言も発しない。
今までは逃げていたけど、今日は稽古をつけてやるといわれたら、挑むつもりでいた。
一対一の稽古をつけてもらおうと、それこそ一大決心をして来たのに。
気づいていないのか?
そんなことはあり得ない。
周りのあらゆる物が眼中にないのかもしれない。
「海斗」
海斗の父、黒岩正吾が後ろから声をかけたが、海斗は返事をしなかった。
「海斗、どうした?」
海斗は貴之の姿だけを追っていた。
貴之の一挙一動に釘付けになっていた。
「・・すげぇよな、会長って・・・」
「まあ、そうだな。惣領家の歴代当主のなかでも希代のカリスマと言われたくらいだからな」
「あの人と血が繋がってるんだなって思うと誇りにも思うし、怖くて身震いもするんだ。俺も頑張れば会長みたくなれるのかな・・」
惣領貴之のようになれたら、みふゆも振り向いてくれるかもしれない。けれどどれだけ時間がかかるだろう。
海斗は知っている。
京司朗が海斗に対して特に厳しいのは、京司朗が貴之のあとを継いだら、次の後継者を海斗にしたいと考えているせいだと。
京司朗は惣領貴之の後継者だ。
惣領貴之の全てを継ぐのが仙道京司朗だ。
仙道家の養子となった9歳の時から貴之の跡を継ぐ者として育てられてきた。
貴之の思惑通りに育った京司朗は、惣領家にとって無くてはならない存在だ。
周知の事実だ。
だが、京司朗は惣領家とは血の繋がりがない。
たかがそれだけのせいで、極一部の者達ではあるが、惣領家の後継者として本当にふさわしいのかと異論が出ているのだ。
京司朗自身、後継者は惣領の人間であるべきと考えている節がある。そこで京司朗は、貴之に一番近い血統の海斗に、惣領家の当主になってほしいと考えているのだ。
おそらく京司朗は、当主の座についたとしても、早い段階で当主を海斗に譲ろうとするだろう。
「会長のようには誰もなれないな。会長のカリスマ性は生まれた時に与えられた資質だ。京司朗さんでさえ会長のようにはなれない。お前にゃ到底ムリムリ」
「ちぇ、それが父親のセリフかよ」
貴之が独りで真剣を振る姿を、こんなに長い時間見られるのは滅多にない。
稽古をつけるために剣を握る時はあるが、指導者としてだ。
海斗は小学生の頃、貴之に『ひとりで真剣を振る時と、稽古をつける時は何故違うのか』と聞いたことがあった。
貴之は『独りで剣を振る時は、自分と向き合っている時だからだ。邪魔をするな』と答えた。
自分と向き合う━━━
小学生の海斗にはわからなかった。
正直いまでもよく分からない。
自分と向き合うとはどういうことなのか。
一体、自分の何と向き合えばいいのだろう?
京司朗も会長と同じ瞳、同じ空気をまとい独りで真剣を振る。
京司朗も自分と向き合うことの意味を知っている。
海斗の道標は京司朗だ。京司朗に近づければ惣領貴之にも近づける気がする。
自分と向き合う意味がわかれば、また一歩、仙道京司朗という男に近づけるのだろうか?
惣領貴之に近づけるのだろうか?
貴之はいま、自分のなかの何と向き合っているのだろう?
「父さん、会長はみふゆさんと京にぃをいっしょにさせたいんじゃないのかな・・」
「さあな。ただ会長は彼女の幸せだけを願っているからな。彼女が嫌だと言えば無理強いはしないだろう」
みふゆが貴之の実子であることを、海斗は父親からつい最近聞いたばかりだった。
京司朗とみふゆが結婚すれば後継者問題はなくなる。
異論を唱えている連中も黙るはずだ。
ただ、そうするにはみふゆに全てを話さなくてはならない。その上で一族に公表しなくてはならない。
父・黒岩正吾の話しっぷりからすると、事情があり、簡単にはみふゆには話せないようだ。
実の親子ということよりも、何か他の事情が絡んでいると海斗は感じた。
海斗自身固く口止めされた。
僅かでもみふゆにもらせば、会長に殺される覚悟をしろと言われた。その時は父・黒岩正吾も母・楓も庇いはしない、埋める場所はいくらでもあるとまで言われた。
秘密を守れない人間は、惣領家には要らないのだ。
青木みふゆは養女という形で法的にも惣領家の一員となる。
惣領貴之のただ一人の実子でありながら。




