91 恋かもしれない17歳 (1)
.
「遅くなりました」
若頭が戻ってきた。
組長先生がテーブルについている何かのスイッチを押し、「京司朗のメシを持ってきてくれ」と言ったが、若頭は「自分でとりに行きますよ」と厨房に向かった。
ドアがすぐ開いて、ベリー君が夕食の乗ったトレーを若頭に渡した。
若頭とベリー君を見ていると、あのBL疑惑が頭に浮かぶ。若頭にその気がなくてもベリー君はどうなのだろう?
うーん、なんだかモヤモヤする。
ベリー君は若頭大好きだから。
ベリー君がわたしに気づいてペコリとお辞儀をした。
わたしも手を振ってお辞儀を返した。
若頭が夕飯をテーブルに置いて、わたしの真向かいの席に座る。
手をあわせて「いただきます」と言った。
「ベリーはずいぶんと役に立つ奴だぜ。うちの有望株だ。なあ?京司朗」
「ええ。彼は特に良い拾い物でしたね。現場はもちろんですが、得意ではない一般事務や経理もきちんとこなしますから」
組長先生と若頭がベリー君を誉めた。
ベリー君が聞いたらきっと喜ぶ。
わたしも嬉しい。自然と頬が緩んでニヤけてしまう。
「なんだよ!みふゆはあいつみたいなタイプが趣味なのかよ!」
海斗君に突然呼び捨てで叫ばれ、わたしは驚いた。
海斗君はさらに叫ぶ。
「いでででででででっっっ!」
超痛がって叫んでる。
隣に座っている若頭が海斗君の耳を引っ張りあげているのだ。
「いま何て言った?」
涼しい顔の若頭は、海斗君を見るわけではなく、右手で箸を持ってご飯を食べ、左手で海斗君の耳を引っ張りあげている。器用な人だな・・。
「いででで、み、みふゆはあいつみたいな・・マジ痛えって!!」
「ガキが大人を呼び捨てか?」
若頭、力を抜く気なさそう。
「わかったよ!ごめんなさい!!」
海斗君が謝ると若頭は手をパッと離した。
「いってぇ・・」と海斗君は右耳を両手でおさえ、
「京にぃだって年上連中呼び捨てじゃないか!!」
海斗君は果敢にも若頭に噛みついた。
それでも若頭は海斗君を見ることはなく、
「俺はそれだけの地位にいる。そして役割も責任も果たしている。一緒にするな」
と冷たく言った。
でも若頭の言葉は正しい。
反論できず海斗君は唇を真一文字にギリッと結び、悔し紛れなのか、
「京にぃなんか32のオッサンのくせに!!」
と捨て台詞を吐き席を立って出ていった。
年齢を引き合いに出すとは・・。
やはりガラスの十代は子供だ。この前は『30のおっさんのくせに』と言ってたが今日は32か。
若頭はいったい幾つなのか。
気まずい空気の流れになったかと思ったが、
「あれ?お前32だっけ?30になったんじゃなかったか?」
と、組長先生のとぼけた声がした。
若頭は、
「正確には12月で32ですね。高校で一年ダブってさらに大学を受け直しているから学年で計算しないでくれと何度も言いましたが」
とやはり涼しい顔で話した。
「はははは。そういやあったな。女がしつこくて大学受け直すってびっくりした話が」
女?
あ!・・あれか、以前社長夫人と話してた・・・。
同性が好きな社長夫人の好きなひと達にまとわりつかれて迷惑したって話。
大学受け直すほど酷かったのか・・。
ここで若頭に関する新たな事実が判明したのでまとめてみよう。
高校で一年留年。
女にモテすぎて大学を受け直し。
若頭は現在31歳で、12月が誕生月で32歳になる。
大学を受け直したってことは社長夫人と同じ大学卒業しているわけではないのか。もったいない。
受け直したといっても男子だけの大学ってあるんだろうか?
あるいは女子が極端に少ない大学とか?
ちょっと待て!
こんなこと考えてたら若頭に考えを読まれてしまう。
いや、若頭はずっとご飯とおかずしか見てないからわたしの表情はわからなかったはずだ。
つまり青木みふゆセーフ!
「防衛大学ですよ」と若頭。
青木みふゆアウトー。
いつの間にか考えを読まれていた。
「ごめんね、みふゆちゃん。びっくりしたでしょ?」
頭の中で若頭レポートをまとめていたわたしに、楓さんが声をかけてくれた。
「あ、いえ、」
気をつかわないでください、と言おうと思ったが、
「うちはいつもだいたいこんなんだからそのうち慣れると思うわ」
「え?・・」
いつもなのか。
「海斗はさ、短気なんだよ。長男のくせに」
永斗君が海斗君の残したトマトを食べながら言った。
「京にぃがいるから実質次男じゃん」
山斗君が言った。
「ああ、そっか。京にぃに反発するくせに海斗の目標は京にぃなんだよな。身の程知らずっていうかさ」
「ねえねえみふゆさん。だからさ、結婚するならおれにしときなよ。おれ、これからもっと勉強して強くなってふさわしい男になるからさ」
10歳も年下の山斗君にいきなり結婚話をふられてどう返答しようかとわたしは迷った。
松田家の長男の時は成人済みなのでハッキリ断ったが、13歳の少年にハッキリとお断りの談をのべてもよいものか。
「いえ、あの・・」
「安心しろ、みふゆ。俺はそうそう簡単には嫁には出さんからな」
組長先生が助け船を出してくれた。
「わたし結婚はする気はあまりないんです。あまりというか、ぜんぜん無いです」
「それならそれでいいのさ。結婚だけが人生じゃない。好きなように自由に生きていいんだぞ」
組長先生がわたしを甘やかす。
「じゃあまずはみふゆさんが振り向いてくれるようにおれは頑張る!」
山斗君は笑顔で宣言した。
「山斗はいい子に見えるけどあざといから気をつけたほうがいいよ」
永斗君の忠告めいたセリフが入った。山斗君が「余計なこと言うなよ」と口を尖らせている。
わたしとしては、山斗君にふさわしい年齢の子を選んでほしい。
惣領の屋敷と黒岩家は渡り廊下で繋がっている。
扉は電子ロックで、指紋センサーと数字を打ち込む。
海斗は自室に入るとドアを乱暴に閉め、ベッドに転がった。
ヘッドホンをつけ、音楽を鳴らす。
京司朗に引っ張られた耳がまだ痛かった。
チェッ!
あんな生っ白そうな奴のどこがいいんだよ!
確か勅使河原とかいったな。
俺の方が先にみふゆをみつけてたのに!
こんなことなら早く声をかけとけばよかったんだ。
堀内の従業員だから躊躇したのが間違いだった。
ちくしょう!!
海斗は自分が消極的だったことを後悔していた。




