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90 にぎやかな食卓

.




ただいまの時刻は、19:00。


「いただきます・・」


夕飯の時間になってしまった。


メニューはさばの味噌煮、玉ねぎサラダ韮醤油タレがけ、卵焼き、トマト、ひじき煮、豆苗を散らした鶏ハム、豆腐ときのこのお味噌汁、玄米ご飯。

さばの味噌煮、大好き。

なんならさばの味噌煮とご飯だけでもじゅうぶん。


わたしはさっき起きたばかりだ。

気がついたら藤の間のベッドにいたのだった。

車で眠ってしまい、どうやらまた組長先生に運ばせてしまったらしい。三回目である。大変申し訳ない。


「おう!食え食え!お前、痩せたんじゃねぇか?今日抱っこしたとき前より軽くなったと感じたぞ」

「毎年いまの時期は体重が少し落ちるんです・・。暑いのが苦手なので・・」

抱っことか言わないでほしい。さすがに恥ずかしい。


わたしの思いとはうらはらに、声をあげたのは黒岩家・次男、永斗(ながと)君15歳だった。

「えーっ?!抱っこ?会長、抱っこしたの?!俺も後で抱っこする!!」

お断りだ。

「永斗が抱っこするなら俺も抱っこする」

黒岩家・長男、海斗(かいと)君17歳が、永斗君に負けじと発言したが、わたしはどっちもお断りだ。

わたしを力自慢大会の持ち上げる物扱いはやめてほしい。


「馬鹿野郎!抱っこは親の特権だ!だいたい俺の稽古から逃げやがってるお前らが、俺の娘にさわれるとでも思ってんのか!」


組長先生の一喝が入った。


「えー!?」と不満げに言った海斗君永斗君を、

「せめて会長の稽古の相手をまともにできるようになってからにしなさい。バカ息子ども」と楓さんが窘め、

「ごめんね、みふゆちゃん。このバカ息子どもは気にしなくていいのよ」とわたしに言った。

続いて三男・山斗(やまと)君13歳が「脳筋はこれだから」と、たまねぎサラダをシャクシャク食べながら呟いた。

海斗君永斗君が、ぶつくさ不満をこぼしながらもご飯を豪快に食べるしぐさが面白かった。


家族がたくさんいる家って楽しい。


「みふゆ、明日も本店勤務か?」

「いえ、明日から支店に戻ります。社長が休み明けから支店に戻れと言ってくれたので、りんちゃんと二人でまた支店勤務です」

そうなのだ。やっと戻れるわが愛しの支店。

「嬉しそうだな」

「はい。元々支店勤務ですし、馴染みのお客様も多くて慣れてますし。でも支店の売り上げが落ちてるそうなので立て直すように言われました」

「・・嬉しいのは仕事中にコロッケとか串カツ食えるからだろ?」


「!」図星。


海斗君がわたしを見て言った。


だからなぜそれを知ってるんだ。


初めて会った時もコロッケのこと言ってたし、いつ見られていたんだろ?


「もしかして天竜の総菜屋のか?」

「は、はい。お昼のお弁当を買ってるうちに仲良くなって、少し破裂ぎみのコロッケとかもらったりしてます。知り合いですか?」

「天竜も代々続いた店だからな。昔から続いてる店はほとんど知っている。新しい店は京司朗の方が知ってるがな」

若頭と黒岩さんは食卓にはいない。わたしの真向かいは空席のままだ。


テーブルの上座中央が組長先生の席。組長先生の右手側隣にわたし。わたしの隣に楓さん。楓さんの真向かいに、楓さんの長男・海斗君。本来ならご主人の黒岩さんが座っているが、仕事で帰宅は夜中だそうだ。

海斗君の隣には次男の永斗君、三男の山斗君と続いている。


「京司朗はいま打ち合わせの電話の最中だ」

わたしの視線に気づいたのか、組長先生が言った。

「またフランスの店でしょ?さすがに今回は行かないみたいだけど。前回のトラブルも実際は大したことなかったって聞いたわよ?」

わたしの隣に座ってご飯を食べている楓さんが言った。

「ああ。電話じゃいかにも大事らしく話すんだが、行くとさほどでもないとなると、店長としては役不足なんだろうな。イタリアの柴崎の渡仏準備ができたそうだから、あとは柴崎に全部任せるだろう」

「フランスの店長も飛田君のままだったらスムーズだったのにね」

「仕方ねえさ。電車に乗ってての事故じゃ避けようが()え」


飛田・・?


「飛田さんって、バラの・・?」


「ああ。奴は元々日本料理が専門の料理人だった。料亭の『澤山』にいたんだ。『澤山』がフランスに姉妹店を出す時に飛田が店長に選ばれて行ったのさ。それが一年を過ぎた頃に電車に乗ってて事故にあってな。命は助かったんだが、料理人としては店には立てなくなった。その後まもなく『澤山』の社長も病気で入院して経営が傾きだして、『澤山』の事業をうちが引き継いだのさ。事故がなけりゃあ飛田が帰国して『澤山』を引き継いだはずだったんだがなぁ」

「・・・飛田さん、大変だったんですね」

「そうだな。だが飛田が学生時代に料理人になるか植物学者になるかで悩んだ時期があったって聞いてな、それで、松田の事業のバラの栽培を手伝わせてみたんだ。幸い両手が動くまで回復したからな」

「リハビリを続けてるみたいでしたけど」

「ああ。諦めていないと言うより、飛田は信じてるのさ。自分の足で立って歩けるようになるってな」


人生をかける仕事に恵まれたとしても、必ずしも最後まで成し遂げられるわけじゃない。順風満帆とはいかない。いろんな形で障害が現れる。

望んでいた道から放り出される。

匠真先生にしろ飛田さんにしろ━━━

学歴のある人を、自分の望む道を歩む人を、羨ましいと思うことがたくさんあったけど、誰かと自分を比べること自体が愚かなことなのかもしれない。








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