89 生まれ変わり
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みふゆは後部席で、川原巧の姿が見えなくなるまでずっと振り返ったままだった。
巧の姿が完全に見えなくなると、寂しそうに顔をうつむかせ、やがて静かに寝息をたて始めた。
惣領貴之は眠ったみふゆを見ながら、巧の言葉を思い出していた。
『やはり弥生ではないかと━━』
貴之もふと感じることが時折あった。
みふゆは弥生と子供の生まれ変わりなのでは・・と。
性別さえもわかっていなかった腹の子は、再び弥生とひとつの魂になり、礼夏の娘・みふゆとして生まれ変わってきたのではないか。
どんな形でもいい
弥生を返してくれ━━━━
そう願い続けた慟哭の日。
神に、
仏に、
あらゆるものにすがった日。
そしていま、願いはようやく叶ったのではないかと貴之は思っていた。
あれから長い時間がたった。
貴之は、弥生と子供を殺された復讐の代償に、30代の数年を刑務所で過ごした。
出所後に、みふゆの母親となる、18歳だった水無瀬礼夏と出会った。
霊能力を持つ水無瀬一族の当主・礼夏は、政治・経済界にも影響をもたらしていたが、より強い力を求めて惣領家の寺に修行に来ていた。
礼夏と愛しあい、そばに置こうとしたが、礼夏は水無瀬一族を崩壊に導いたあとに姿を消した。
貴之に身籠っていることを教えぬまま━━━
礼夏が姿を消したあと、貴之は表社会で行き場を失った若者の育成に力を注ぐようになった。同時に事業をどんどん拡大させていった。
表社会から蹴落とされた者、弾かれた者たちに学びを与え、自らの企業を雇用先とした。
裏社会でなければ生きられない者も、それぞれにふさわしい学びを与え、やはり自らの組織へと加えていった。
その中にはまだ小学生だった京司朗もいた。
両親が心中し、親類縁者からも見捨てられ、引き取り手のいなかった神崎京司朗。
貴之の事業の一つの、取引先の社長だったのが京司朗の亡くなった父親・神崎宏介だ。
貴之は京司朗を惣領家の神社の宮司・仙道文都と尚子夫人の養子とした。
まだ9才の京司朗の瞳に貴之は惹かれたのだ。
怒りと憎しみに燃える瞳はかつての貴之自身でもあった。
貴之は60歳だ。じきに61になる。
巧もあと2年もすれば70歳だ。
年をとったと自分でも思う。
誰かを激しく愛することなどはもうないだろうと思っていた。
だが、みふゆが現れた。
血を分けた、たったひとりの自分の娘が。
みふゆの寝顔を見ながら貴之は自分自身に誓った。
愛する者を二度と自分から奪わせてなるものか。
『今度こそ守りぬいてみせる』
屋敷に着いてもみふゆは眠ったままだった。ずいぶん深く眠っている。
貴之が後部席からみふゆを抱き上げ、藤の間のベッドまで連れていった。
昼食を食べたあとだから眠くなったのか、それとも『みふゆ』のなかの『弥生』が現れたせいなのか。
寺に来ていた修行僧から、霊力を使うと眠くなることがあると以前に聞いた。
「離れの案内はまた次の機会にしましょう」
京司朗が側で言うと、二人は藤の間からそっと出ていった。
貴之の自室に入ると、京司朗は胡蝶が話していたことを貴之に伝えた。
『・・・あの娘、寂しさに慣れすぎてて危ういわ。ほんの少しのことで飛び降りてしまうわよ』
『会長には昔のような思いはもうさせたくないもの』
胡蝶からは言うなと口止めされたが、京司朗は惣領貴之に仕えているのだ。
貴之にとっての一番の重要な事柄を、伝えないわけにはいかない。
「ふん、胡蝶のやつ生意気なことを」
「会長を心配しておいでです」
「それが生意気なのさ」
一度座った貴之は立ち上がり、自室である和室の扉を開け放った。
縁側に立ち、みふゆが "このままにしてほしい" と言っていた庭を眺めた。
舟遊びをしようと約束した池が見える。
「俺は弥生を守りきれなかった。組の問題にかかりきりで弥生をほったらかしにしたことも多かった。だがあいつはどんな時でも、いつも嫌な顔ひとつせず、我が儘も言わず俺のそばにいてくれた。俺はもっともっと弥生を愛せたはずだ。京司朗、・・俺は同じ轍は踏まねえぜ」
弥生に対する深い後悔は、みふゆに対する深い愛情へと変化したのだ。
京司朗は貴之の思いをじっと聞いていた。




