92 恋かもしれない17歳 (2)
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黒岩海斗が青木みふゆを意識的に見るようになったのは一年前だ。
電車通学のため、駅に行く海斗は堀内花壇の前を通る。前と言っても車道を挟んだ向こう側の通りだ。
因縁があると知っているせいか、海斗の目はなんとなく堀内花壇にいってしまう。
従業員にはかなり年配の女性と、二十歳くらいの若い女性の二人がいた。今日は二十歳くらいの女性が一人で勤務らしい。
彼女は花おけの水を替え終わったのか、一息ついている。レジカウンターの横で座ってコロッケを食べていた。
一息入れる時は必ずといっていいほど、コロッケを食べている。
いつも美味しそうに頬張るが、今日は最後の一口という時に、彼女の手からコロッケがポロリと落ちた。
すぐに拾ったが、彼女は落としたことがショックのようで固まっていた。
まるでこの世の終わりとでもいう雰囲気だ。
『かわいそうに。最後の一口が食べれなかったなんて』と海斗は思った。
小学生の頃、最後の一口を永斗に取られて悔しかったことを思い出した。
最後の一口を食べてこそ、食べる喜びは完成され、気持ちは満たされるのだ。それを逃したことを思うとやるせない。
彼女は手のひらにある落ちたコロッケをじっと見ている。
『まさかすぐに拾ったからって食べるつもりか?』と海斗はいぶかしみ、彼女から目が離せなかった。もしも食べようとしたら止めなくてはいけない。
『新しいのを買ってあげるから!』と言おう。
果たして彼女はどうするのか。
彼女は落ちたコロッケをティッシュでくるむとレジカウンターに一度置き、両手を合わせて拝んでからゴミ箱に入れた。
落としてしまってごめんなさい、というところだろうか?
とりあえず拾ったコロッケを食べなかったことに海斗は安心した。
落ちたコロッケがきっかけで意識して見るようになるとは色気がないが、海斗には新鮮だった。たまにいない日があると残念な気持ちになる。
コロッケを差し入れしてあげたら喜んでくれるかもしれない。しかし知らない高校生からもらっても単に警戒されるだけな気がする。
第一雇い主が問題だ。
堀内花壇の社長は堀内健次だ。
もしも警戒されて堀内社長に報告が行ったらやっかいだ。
海斗は踏ん切りがつかず、彼女、青木みふゆを一年間みつめるだけの日々を過ごす。
夕食のあと組長先生が、『朝は車で送るから屋敷から出勤すればいい』と言った。
夕方から降りだしたらしい雨の音はさっきより強くなった。
秋が近づいてきている。
窓を叩きつける雨は松田家のお茶会のあとの台風を思い出す。
結局泊まることになったわたしは藤の間で窓の外を見ていた。
確かこの窓から若頭が使ってる離れの庭が見えるはず。
目をこらしても、暗いのと雨のせいでハッキリしない。
このお屋敷に住むことになる。
組長先生が、藤の間をわたしの部屋にと言ったが、できたらもう少しこじんまりとした部屋があればそちらに移りたい。
藤の間は広すぎる。バス・トイレつきでカウンターバーまでついている。
お屋敷から堀内花壇の駅前支店までは、自転車だと一時間はかかる。
本店までなら三十分くらいだけど。
バス通勤するにしても、一番近いバス停まで二十分は歩くはず。
ただ組長先生のことだから、通勤は車で送り迎えをすると言いそうだ。
養子縁組の件は当然社長に報告しなくてはいけない。雇い主なのだから。
名字が変わるし住所も変わるのだ。
社長はどう思うだろう?
あまり良くは思わないだろうな。
若頭の近くで暮らすことになるし。
家もどうしようか。
お母さんが買った家だ。形見といってもいい。
妹との思い出もある。
組長先生にたくさん相談しなきゃいけないな。
いろんなことを考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」と返事をしてわたしはドアを開けた。
海斗君が立っていた。
「あの・・、さっきはごめんなさい・・・」
視線をずらし、ばつが悪そうに海斗君は謝った。
わたしは
「ううん。それより耳、大丈夫?」と聞いた。
「うん。すげー痛かったけど。京にぃはいつも容赦ないから」
海斗君は鼻の頭をこすりながら少し笑った。
海斗君は一度視線を落とし、次にわたしの目をまっすぐにみて言った。
「あの勅使河原ってやつ、どう思ってるの?」
聞かれたわたしはすぐに、
「理想的な弟」と答えを返した。
「じゃあ、俺は?」
「わからない」
「・・・そうだよな。この前会ったばかりだもんな」
「うん。でもどうしてコロッケや串カツのこと知ってたの?」
「・・・俺、一年前から知ってたんだ。電車通学だから駅前通るんだよ。だから知ってた。でも堀内花壇だろ?うちは堀内とは因縁があるから」
因縁━━━?
「・・こんな風に知り合えるなんて思わなくて・・俺、・・だから、・・み・・、みふゆさんに俺のことちゃんと見てもらえるように努力するよ」
「あの・・、わたし誰かと結婚とかする気は無くて」
「うん。わかってる。・・ただ、俺がそういう風に頑張りたいんだ」
まっすぐにわたしを見る海斗君に、どんな風に答えればいいかわたしはわからなかった。
「・・・」
「じゃあ、おやすみなさい」
「あ、・・うん。おやすみなさい」
わたしがおやすみなさいと言うと、海斗君が照れくさそうに微笑んだ。
「京にぃ、話終わったよ」
去り際海斗君が壁の影に向かって声をかけた。
わたしが『え?』と思うと、若頭が姿を現した。
若頭は、
「ここは特に重要なお客様に滞在して頂く会長の居住区ですから、例え身内の海斗でもみだりに近づくことはできません。会長か俺か黒岩の許可が必要なんです。会長はいま電話中なので俺が許可を出しました。・・俺がいたのは不愉快だったかもしれませんが」
と話してくれた。




