85 新たに生まれる感情
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「惣領会長、お嬢さんと若頭に謝っておいてもらえませんか」
「それなら・・巧、自分の口から伝えてくれ。みふゆはきっとお前のことを心配してるぜ」
胡蝶さんから巧さんの話を聞かされたあと、わたし達はバラの選定を再開し、バラのアーチをどのバラにしようかと胡蝶さんと相談していた。
相談しながらも、組長先生と巧さんが気になって、わたしはハウスを何度かチラチラと見ていた。
「あ、」
ハウスから出てくる人影が見えた。
「どうしたの?」
「組長先生と巧さんが・・」
二人がハウスから出てきたのだ。
こっちに来る。
「おーい、みふゆ、ちょっと来い」
歩きながら手をふって、組長先生がわたしを呼んだ。
わたしは、「はい」と返事をして、組長先生の前に小走りで駆け寄った。ジーパンなら思い切り走れるが、着物だとそうもいかない。
「巧がお前に謝りたいと言っている」
「謝る?」
組長先生の少し後ろにいた巧さんが、わたしの前に来た。
「お嬢さん、あなたに怖い思いをさせてしまいました。申し訳ありませんでした」
巧さんはわたしに向かって頭を下げた。今まで見た誰よりも礼儀正しい、真っ直ぐなお辞儀だった。
その礼儀正しさに、わたしの胸は苦しくなった。
数十年、刑務所で生きたひとの姿があった。
「いえ、いいんです、そんなこと・・、だからどうか・・・」
「・・はい」
「あの・・・」
わたしの両目から涙が溢れた。
「お嬢さん・・?」
わたしは涙を溢しながら、知らずに知らずに巧さんの手を自分の両手で包み込んで握っていた。
このひとが悲しかった。
どうしようもなく悲しかった。
このひとの、犯した罪を嫌うすべも責める言葉もわたしは持っていない。
「お嬢さん・・」
巧さんの手を握って、泣き続けるわたしの手をそっと離したのは組長先生だった。
「巧はこれから松田と話があるからな」
「あ・・、す、すみません!わたし勝手に手を」
人様の手を勝手に握りしめて、なんて失礼な真似をしたんだろうと、わたしは巧さんからすぐに離れた。
「ほれ、涙と鼻水ふけ」
組長先生がわたしにハンカチをくれた。
「自分のが・・」
「いいから使え。使って、俺にもハンカチ、プレゼントしてくれ。京司朗ばっかりじゃなくてな」
組長先生がおどけて言った。
横で巧さんが微笑んでいる。
そして、
「お嬢さん、・・ありがとう」
巧さんはそう言って、組長先生と共に、若頭のもとへも行った。
若頭の前でも巧さんは、きっちりとした礼儀正しい頭の下げかたをしていた。
話しながらバラ園の出入口へ歩いていく組長先生と巧さんを、若頭がじっと見ている。
組長先生が心配なんだろうか。
川原巧は自分の掌を見ていた。
みふゆの手の温もりが残る。
「どうした?」
「・・手を握られた時、やはり弥生のような気がして・・・」
「・・もしかしたら弥生が降りたのかもしれねぇな。みふゆはそういったちからを持ってるからな・・」
巧は無言だった。
歩きながら掌をみつめ、握ったり開いたりを繰り返している。
「昔・・・、自分が初めて警察に捕まった時に・・、弥生が言ったんです」
『兄さんは悪い人じゃない!悪い人じゃないんです!』
「・・お嬢さんは弥生と同じことを言ってくれました」
『その人、悪い人じゃないです』
養護施設で育った川原巧と弥生は、社会で辛酸をなめながらも二人で生きてきた。
巧は弥生を守るために必死で生きてきた男だ。
惣領貴之に娶られ、子供ができ、幸せの真っ只中での死。
そのきっかけを作ったとした、巧の後悔と絶望は誰よりも深かった。
「巧・・。俺達は生き残っちまった。だからせめて・・、せめて弥生に恥ずかしくない生き方をしなきゃならねえんだ」
「・・・はい」
バラ園の出入口には松田家の護衛二人が立っており、一人が「松田会長は館の『東の間』でお待ちになっています」と言った。
川原巧はバラ園を出て、松田の待っている館に赴いた。今後についての話し合いだ。
貴之は巧を見送ると、踵を返し、みふゆの待つバラ園に戻っていった。
巧とみふゆが心を通じあわせた場面を見て、京司朗は奇妙な気持ちを感じて、去って行く巧の後ろ姿をじっと見ていた。
「━━━━━━」
気持ちが尖る。
胸の奥が燻っている。
飢餓感か、渇望感か・・。
何故━━━━
嫉妬しているのか?
まさか・・、あの男に?
容易く彼女の涙を手に入れた、
あの男に━━━━━




