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84 帰ってきた男(2)



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「でも、あの、その人、悪い人じゃないです。だから・・」

若頭に声をかけるのは勇気が要った。

「何故わかる」

無感情な、抑揚のない声が返ってくる。

標的を、いまにも撃ってしまいそうに構えている若頭。

「わたしを弥生さんって人と間違えたんです」

「弥生?」



「物騒なもんはしまえ、京。みふゆが後ろで怯えて縮こまってるじゃねえか」



組長先生の声がした。

ハウスの真横の入り口に立っていた。

わたしは良かったと思い、安堵した。



「そいつは俺の兄貴分だ。昔も今もな」


若頭は組長先生に顔を向け、納得したのか、片手に持っていたものをしまった。


組長先生はわたしに近より、

「大丈夫だ。なんの心配も要らねえからな」

とわたしの頭を撫でながら言った。そして若頭に、

「みふゆを連れていってくれ。俺は少し話してから行く」

そう命じて、男のほうに足を向けた。


「わかりました」

と、若頭は組長先生の後ろ姿を少しの間見守っていた。

何事も起こらぬことを確認すると、わたしを振り向き、肩に手を回して、

「行きましょう」と、歩くことを促した。

わたしは少しだけチラリと組長先生を見た。


組長先生とうなだれている男の人。


兄貴分。

それだけではないことは、わたしにもわかった。


「俺が怖かったですか?」

若頭にふいに聞かれて、わたしはすぐには答えられなかった。

若頭の顔は見れないままだ。

「・・、えーと・・、・・・はい」

気まずかったが、正直に答えた。

若頭は「・・そうですか」と言った。

「でも・・、ありがとうございました」

「何故礼を言うんですか」

「・・わたしを守ろうとしてくれましたから・・」

これもまた正直な気持ちだ。

若頭の顔が見れないままのわたしには、彼がどんな表情をしてたのかはわからなかった。

けれど、肩を抱いている手に、力がこめられたのがわかった。




(たくみ)、なぜ俺んとこに戻って来てくれなかった」

惣領貴之は目の前でうなだれている男に話しかけた。

巧と呼ばれた男は、突然、地面に突っ伏し土下座して叫んだ。

「・・惣領会長!申し訳ありません!!」

「巧、」

「妹を・・、弥生と腹の子を死なせたのは俺だ!俺の浅はかさがあいつを抗争に巻き込んだんだ・・!」

貴之は片膝をついてかがんで、地面に這いつくばる巧の肩を掴んだ。

「そりゃ違うぜ。あれは組と組の問題だった。弥生を守りきれなかったのは俺だ」

「無期をくらって刑務所(ムショ)ん中で生涯を終えると思っていた。それでよかったのに・・。まさか釈放になるなんて・・・」

「巧、お前が苦しいままなのを知ったら弥生は悲しむ。あいつはそういう優しい女だった。だから俺は惚れたんだ。頼むから、あいつが悲しむようなことは言わないでくれ・・・」


裁判で、巧が何度も死刑にしてくれと叫んだことを、貴之は知っている。

巧は六人を殺害したと自供したが、うち四人は山道での、巧とのカーチェイスで崖からの転落による死亡だったため、殺害の立証が出来ずに事故とされた。

巧は自分が仕掛け、崖から落としたと自供していたが、ドライブ中の若い男女が、前後二台の車に挟まれ走る巧の車を見ていた。

巧の車は挟まれている状態から逃れようとしており、そのうち前方の一台が先に崖から転落し、巧の車は後方からなおも追突され続けていたと証言したのだ。

巧は、妹・弥生を事故と見せかけ殺害する計画を企て実行させた、惣領と敵対関係にあった組の組長と幹部の男、計二名を殺したとして、死刑を求刑されたが、判決は無期懲役となった。巧はこれが不服だった。

死んだ妹の元へ行かせてくれ、死刑にしてくれと叫び、判決が出たあとも巧は叫び続けていた。

生きることを強いられたことが、巧には最も重い罰だったのかもしれない。





「川原巧というのよ。昨日、出所したの。会長の奥様だった、弥生さんのお兄さんよ」

ハウスで会った男の人の事情を胡蝶さんが教えてくれた。


組長先生の奥様の弥生さんは抗争に巻き込まれ、お腹に子供を宿したまま亡くなったこと、25歳という若さだったこと、その復讐に走ったのが組長先生と、弥生さんのお兄さんの巧さんだったこと。


悲しい話だった。

ただ、ただ、悲しい話だった。


「ごめんね、みふゆちゃん。せっかくのバラ選びの日だったのに・・。巧は影から会長に謝りたいと言っていたから・・・。それで今日呼んでたの。誰にも会わせる予定ではなかったのよ」


胡蝶さんは、申し訳無さそうに視線を落として言った。






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