78 幻影ではなく
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みふゆの向かい側に胡蝶が座っている。
テーブルの上に本らしきものが見える。
開いて二人で話をしている。
バラの選定が終わり、屋敷に帰ったら、養女の件を聞いてみよう。
気持ちは決まっているようだが、自分からはなかなか言い出せないのかもしれない。
惣領貴之は、楽しそうに話しをしているみふゆを見て考えていた。
「ん?」
胡蝶が誰かに向かって手招きをしている。
みふゆが立ち上がってお辞儀をした。
誰かが来た。
貴之はじっと見ていた。
しばらくすると、
「胡蝶のヤツ!!」
そう言うと、急いで部屋から出ていった。
「会長?!」
京司朗の声も耳には入ってなかったらしい。
「松田隆聖です。初めまして」
松田さんの長男さんが現れた。
松田さんによく似た切れ長の眼に通った鼻筋。形の良い唇。現代の大学生らしからぬ染めてない黒髪はサラサラで、天使の輪っかが輝いている。
あきらかに女ウケする顔立ちは『キミ、モテるだろう?』と聞いてしまいたくなる。背も高いが若頭ほどじゃない。ジュノンボーイとかで賞とってそう。
「・・青木みふゆです。初めまして」
「隆聖、みふゆさんのお相手をしてあげてね。私はちょっと席を外しますからね」
胡蝶さんは立ち上がり、自分の席を譲った。
「はい」
「胡蝶さん、どちらに・・」
「すぐ戻りますわ。うちの長男と少し話をしてらしてね」
「でも・・!」
胡蝶さんはあっというまにドアの外に消えていった。
置いてきぼりにされたわたしは立ちつくす。
「まずは座りなよ」
松田長男が親しげに声をかけてきた。
「うちの母に何か言われなかった?」
「何か・・?」
━━うちにお嫁にいらっしゃいな
━━上の子は成人式は終わってるし
━━年も近いから話があうんじゃないかしら
胡蝶さん、まさか━━━━━
「母は君に僕の結婚相手になってほしいのさ。かなり真剣に考えてるよ」
!NO Thank Youuuuuuu!
そうだ、こんな時こそ自己主張だ!ハッキリと!
「お断りします」
松田長男がびっくりお目目をしている。
「え?」
あれ?聞き返されてしまった。
聞こえなかったかな?
よーしもう一回ハッキリと!大きな声で!
「お断りします!!」
力強くわたしは言った。
「・・・」
「・・・」
目と目が VS 。
ここにいてもらちが明かない。
「それじゃあ、わたしはこれで失礼します」
でもどうしよう。知らないおうちをウロウロするわけにもいかないし・・。
そうだ、お庭に行こう。
「あの、わたしお庭に行ってますので、胡蝶さんが戻ったらお伝えください」
「待って待って!」
松田長男がわたしの腕をヒッシとつかんだ。
バターーーーン!!
ドアの音にしては乱暴すぎるくらい大きな音に、わたしも松田長男も驚いてドアの方に顔を向けた。
組長先生だ。
「隆聖・・・、てめぇ・・・」
組長先生、なんか怒ってる。
「俺?俺はなんにも、」
言い訳をさせぬスピードで組長先生は松田長男をぶん殴った。
床に吹っ飛ばされた松田長男。
あっけにとられるわたし。
「・・な、・・何すんだよ!いきなり!」
「人の娘にきやすく触るんじゃねぇよ」
組長先生の怒りのオーラがすごい。
「・・す、すみません・・・ごめんなさい・・」
松田長男、あえなく降参。全面降伏。
そんな小修羅場にかけつけたのは、松田さんと若頭・・・と胡蝶さん。
胡蝶さんは、
「あらあらあらあら、隆聖、大学一のモテ男が形無しねぇ」
と、他人事のように淑やかにせせら笑った。
「お母さんのせいだろ!?」
松田長男が不満をもらした。そりゃそうだ。
「胡蝶、おめーもあんまりふざけた真似するんじゃねぇぞ」
組長先生が胡蝶さんに睨みをきかせている。
初めて見た組長先生の本気の睨み。
怖。
「あら、会長。何も今すぐ結婚させるわけじゃないんですから」
組長先生の睨みをスルー。さすが組長先生の姪。
「当たり前だ!!誰がそんな簡単に渡すか!!みふゆ!庭に行くぞ!」
「は、はい!」
組長先生のあまりの迫力に、『はい』しか言えなかった。
組長先生はわたしの手をひっぱりズカズカと足早に進んだ。わたしは着いていくのがやっとで、着物を着ているのに、履いて来た自分のスニーカーで庭に出てしまっていた。
いつも明るくておちゃらけてる、怒ったとこなんて見たことなかった。
「く、組長先生、手・・」
ずっと握りっぱなしの大きな手。
「ああ、すまねえ、痛かったか」
保育園の帰り道、お父さんと繋いだ手の温もり。
もう一度、そんな風に暮らしてみたい。
短い間で終わったとしても。
組長先生が後悔して縁組みを解消したいと言ったとしても。
それまでの間だとしてもいい。
少しの間でいい。
誰かと、心配したり、心配されたり、思いあって暮らせたら・・・。
ふれられない幻影ではなく。
もう一度だけ、家族という世界のなかで、『こども』でいられたら━━━━
「組長先生」
「なんだ?」
「組長先生の申し出・・、受けさせてください」
言葉が知らぬまに出ていた。
組長先生が大きく驚き、つぎに溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。
百花の王・牡丹が大きく咲き誇る、そんな笑顔だった。




