77 陰り
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組長先生のお屋敷と同じように、どこまで続いてるかよくわからない、敷地内を囲む壁。
この前のお茶会と同じ光景が繰り広げられる。
洋風の大きな門が開けられると、両脇に数人の男達がきっちりとした礼をしている中、わたし達の車は奥の洋館へと向かった。
松田さんの白い洋館。
今日は後ろに護衛を控えた松田さんと胡蝶さんの、二人揃っての出迎えがあった。
車から下りると、着物姿の胡蝶さんが、
「いらっしゃい。待ってたのよ」
すぐ近づいてきた。
相変わらずきれい。
胡蝶さんは普段も着物っぽいな。
楓さんは普段は洋服だけど。
「おはようございます。この前はお茶会のお招きありがとうございました。今日は、」
「あらあらあらあら挨拶なんかいいのよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
言葉を遮った胡蝶さんは満面の笑みでぐいぐい引っ張る。この類いの人達は何故か最後まで発言を許してくれない。
胡蝶さんはわたしを洋館に招き入れ、脱いだ靴もおろそかに引っ張る引っ張る引っ張る引っ張る。ドナドナ状態。
組長先生、松田さん、若頭が雑談をしながら後ろからついて来る形だ。
松田さんが笑いながら
「胡蝶、ほどほどにしておけよ」
爽やかにダンディに声をかけてくれた。
ほどほどって何?
いったい何を?バラは?バラは?
「あの・・・!」
わたしは組長先生に助けを求めるべく振り向いた。
「おう、胡蝶につきあってやってくれ。俺達は松田と話があるからよ。終わったら呼びに行くから待っててくれ」
組長先生は組んでいた腕の片手を上げ振っていた。
三人はわたしと胡蝶さんの進む逆方向へ行ってしまった。
「九州の様子の話し合いよ」
胡蝶さんが言った。
お土産を持ってきた時、ちらりとだけ九州の話しをしてくれた。
被害はずいぶん大きかったようだった。
「この帯でもいいわね」
胡蝶さんは次々と着物や帯をわたしにあわせる。
わたしは大きな和室に連れてこられていた。
着物試着大会?
この前のお茶会用の着物選びを思い出す。
「楓は会長の屋敷に住んでるからみふゆちゃんと接する機会が多いでしょうけど、私は訪ねてもらった時しか接することができないんですもの。うちも男の子二人だから退屈なのよ。そうだわ、うちにお嫁にいらっしゃいな。上の子は大学で成人式は終わってるし年齢も近いから話があうんじゃないかしら?」
淑やかに笑みを浮かべる胡蝶さん。
手際よくわたしに着物を着せていく。
桔梗の柄の着物。
「あの、わたし結婚する気がぜんぜんありませんし、」
「まあ、そうなの?落としがいがあるわね。楽しみだわ」
「え・・」
落としがいって・・・、
奈落の底とか・・?
「さあ、できたわ。椅子に座っててね。縁側がいいわね。今日は気持ちのいい日だもの。ここからだと庭もよく見えるし。いまお茶を持ってくるわ。そうそう、松田がいいコーヒー豆を仕入れてきたのよ。コーヒーは好き?」
「はい。好きです!」
大好き!
「じゃあコーヒーにしましょう」
胡蝶さんはわたしを縁側の椅子に座らせ、コーヒーをいれに行ってしまった。
楓さんの上を行く強引さになすすべもなかったわたしは、もう少し自己主張することを学ばなければ。
例え相手がどういう立場の人でもだ。
でなければ流されてしまう。
すでにじゅうぶん流されている気がするが。
縁側から見えるお庭は、オレンジのコスモスが咲いている。
風にゆらゆら揺らめいて、太陽の輝きの強さとは対象的にどこかもの悲しい。
ところどころ倒れているのは台風のせいかもしれない。
「・・・」
ふと、ため息をつく。
気持ちは決まっているのに、なかなか言葉にできない。本当にいいのかと。
バラの選定が終わって組長先生のお屋敷に戻ったら、この前の養子縁組みの件を受ける方向で話しをしようと思ってるけど・・・。
何故か、決めかねている自分がちらちらとこっちを見ている。
沼に沈んだ鋼鉄の決意が浮かび上がってきたのかも。
信じてもまた裏切られて終わりだと遠くで誰かが叫んでいる。
甘ったれの卑怯者と、誰かになじられている気がする。
青木の姓を捨てるのか、と。
二階の別室では、惣領貴之らが九州の視察について話をしていた。
台風の視察とは建前で、実際は九州の、ある組同士の抗争の仲裁だった。
「まあ、しばらくは大人しくしてるだろ」
惣領貴之はタバコをくゆらせ窓から外を眺めていた。
正確には一階の和室の縁側。
みふゆが縁側の椅子に座っているのが見えるのだ。
それに気づいていた松田は
「胡蝶が朝から楽しみにしてましてね。似合いそうな着物やら帯やら引っ張りだして」
「ああ、いま着てるぜ」
「嫁に欲しいと言い出して」
松田の『嫁』という言葉に貴之は俊敏に反応した。
「嫁にはやんねえぞっ!楓といい胡蝶といいなんですぐ結婚させようとするんだっっ!」
「うちは長男が二十歳を過ぎてるので婚約だけでも」
「絶対にやだねっっっ!!」
貴之は子供のように言葉尻を強調し、
「みふゆは俺の娘だぞ!ったく何だってんだ!誰が簡単に渡すか!!」
と強い口調で言うと、灰皿にタバコを押し付けて潰した。
松田と仙道は苦笑いを溢す。
まさか貴之がこれほど子煩悩とは思っていなかった。娘だからよけいにそうかもしれないが。
「ところでよ、松田」
「はい」
「堀内の野郎がみふゆをあきらめちゃいねえってのはわかってるのか?」
貴之に問われ、松田の表情からは穏やかさが消えた。
「・・・思ってたより本気のようでしたから」
「手負いの獣は何しでかすかわかんねえからな」
「そうなる前に始末をつけます」
「いいのか?お前の実の弟でもあるんだぞ」
「かまいません。しでかす前に、次は必ず自分が始末をつけます」
松田ははっきりと言い切った。




