74 静かな時間
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台風後は空気も空も澄んでいる。
世界は美しいと思う。
仕事が終わり、わたしはオーダースーツのお店に向かった。
臨時休業と教えてもらったけど、一応、念のため行ってみよう。
まだ午後三時半。この時間だと帰りのラッシュにもぶつからなくてスムーズに走れる。気分爽快。
ビルの三階、エレベーターの三階のボタンをポチッとおす。
「ここだ」
オーダースーツ 町田
臨時休業のお知らせ
【 temporarily closed 】の札と臨時休業のお知らせが扉にあった。
やっぱりお休みか。
帰ろう・・。
お店の扉に背を向けてエレベーターに向かおうとした時だった。
お店の扉が開き、白い髪をきっちりと整えた、スーツ姿の年配の男性から声をかけられた。
「当店に御用でしょうか?」
わたしは会釈して、
「あ、いえ、明日またきます」とだけ言った。
年配の男性はにこりと微笑み、
「よかったらどうぞ」と言ってくれた。
どうしよう。わたしは正確にはお客さんではないのだ。
「あの、わたしお客さんじゃないんです。お聞きしたいことがあって・・・だから明日でも」
男性は上品な笑顔で「大丈夫ですよ。さあ、どうぞ」と扉を大きく開けた。
わたしは躊躇しつつ、お店の中に入ることにしたが、
「招き猫ちゃーん!」
エレベーターから洋平先生が降りてきたのだ。
どうやら店長さんがエレベーターに乗るわたしを見たらしかった。
年配の男性は店主の町田さんだった。
「そうでしたか。ハンカチをお探しでしたか」
お店に入れてもらい、奥にあるソファに案内され、わたしは店主の町田さんに事情を説明していた。
「ハンカチはスーツをお作りのお客様にその都度差し上げています。ここで作っているのでブランド名は特につけていないのです」と町田さんは話してくれた。
「仙道君だってハンカチくらいたくさん持ってるでしょうに。一枚くらい貰っちゃってもかまわないんじゃない?わざわざ返せなんて言う男でもないし」
なぜか洋平先生もくっついてきたのだ。
「そうはいきません。借りたものは返さないと。でも洗ったとはいえ一度汚したものを返すのも気になるので」
「律儀よねえ、招き猫ちゃんは」
町田さんはわたしと洋平先生の会話を笑顔で聞いていて、「それでしたら」と言って立ち上がり、縫製室から一枚のハンカチを持ってきた。
「先ほど聞いた京司朗さんのスーツに合わせたいなら、こちらのハンカチをどうぞ」
町田さんが持ってきてくれたのは、ブルーのハンカチだった。
かすれ具合のせいか、ブルーなのに少し灰色がかっても見える。爽やかなのに落ち着いた色だった。
プレゼントではないので、簡易包装にしてもらい、わたしは借りたハンカチをクリーニング店に出し、その日は家に帰った。
やっぱり寄って正解だった。
三日後、わたしは公休日を利用してハンカチを返しにお屋敷を訪ねたが、組長先生も若頭も九州に視察に行ってるとのことで、わたしは黒岩さんにハンカチを託した。
さあ、これでスッキリしたぞ。
それにしても九州にまで不動産あるのか。
九州はこっちより被害が酷かったから・・。
大変だな、管理。
二人が九州から帰ってきたのはさらに十日を過ぎた頃だった。




