60 ***嵐の夜
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松田家の茶会、居合い演武が終わり、仙道京司朗は仕事の為に場をあとにした。
『京司郎、何を迷った』
松田の言葉が刺さったままだった。
間違っていたという確信は、会長である惣領貴之と青木みふゆへの謝罪に繋がった。
過ちを認めぬまま進むこともできたが、棘は一生刺さったままだ。そして、刺さった棘はいつか京司朗を腐らすだろう。
━━━謝ることを恥とは思わない。己の過ちなのだから。仮に、彼女・・青木みふゆに受け入れてもらえなかったとしても。
京司朗は夕食後のみふゆを思い出していた。
みふゆは松田から持たされた土産の手鞠の練りきりを、食べる前に彩りを眺め、作った職人についても興味深げに貴之と話していた。
食べる時は確かに幸せそうに食べる。
初めて会った時の『澤山』の弁当もずいぶん喜んでいたのを思い出した。
惣領貴之はみふゆに再び囲碁の相手をさせた。帰す気は無さそうだ。
すっかり暗くなった外ではポツリポツリと雨が降りだしていた。
窓に雨粒がぶつかっている。風も強まってきたのか。
「仙道さん、堺家の報告書できました」
桐島が堺家の田畑に関する報告書を持ってきた。
「ああ、悪いな。こんな時間まで」
「台風が進路を変えてこちらに向かってるそうですよ。桃や梨、大丈夫ですかね」
桐島も振りだした雨と風を気にしている。
「自然が相手だ。どれだけ対策をとっても仕方ないこともあるさ。落ちた果実は加工してできるだけ廃棄を少なくするしかないな」
「そうですね。桃は特に出来がいいって勅使河原のやつが喜んでたんですけどねぇ」
「桐島、もう帰っていいぞ。奥さん、いま三ヶ月だろう?できるだけそばにいてやれ。明日は休んでいい。台風が過ぎたら忙しくなるからな」
「はい!ありがとうございます!」
桐島は、女房と子供のことに触れられたせいか、照れながら会釈をして、敷地内の社宅に帰っていった。
━━━子供か・・。結婚を考えていない自分には、子供を持とうなんて気持ちも生まれないだろう。
「京司郎、囲碁片付けといてくれ」
後ろから貴之の声がして振り向くと、みふゆが姿勢を正したまま座って寝ていた。
━━━器用だな。姿勢がまっすぐで、首だけうなだれている。
貴之がみふゆを抱き抱えようとしていた。
「会長、俺が運びますよ」
「京、お前、俺の娘に手ぇ出す気か?ああ?」
凄まれた。
「・・・い・・いえ、」
「抱っこは親の特権だ。ばか野郎」
「・・・す、すみません・・出過ぎた真似をしました」
貴之はみふゆを抱き上げ「京、ドア開けろドア」と顎で指図する。
みふゆを運んだ部屋は『藤の間』と呼ばれ、屋敷内でも最も良い部屋のひとつだ。そこを使わせているだけでも、みふゆに対する貴之の気持ちを京司朗は推察できた。
「布団、はいでくれ」
「はい」
貴之はみふゆをベッドにそっとおくと頬にかかった髪を直し、頭をひとなでしてみつめた。
もっと早くに会えていたら━━━
「23・・か」
貴之がつぶやいた。
部屋のテーブルで充電中のスマホが鳴った。
京司朗の目に、『着信、堀内花壇、臨時休業』の文字が写った。さすがに開いて見るなんて真似はしなかった。
貴之と京司朗は藤の間を出た。
窓を叩く雨。
雨足がよりいっそう激しくなっている。
「直撃するかもな、台風」
「かもしれませんね」
━━俺の娘に手ぇ出す気か?━━
京司朗はさっき貴之に凄まれたのを思い出して苦笑いを浮かべた。
━━━あのお嬢さんが結婚する時は大変そうだな。
彼女も結婚には興味がないと聞いてるが、考えなんていつ変わるかわからない。
そんなことを思ったのだが、その思いは自分への問いかけとなって戻ってきた。
━━━では、俺もか?結婚を考えていない俺も考えが変わる時が来るのだろうか?
いや、俺はないな。
とにかく彼女の結婚相手には同情しておこう。
窓の外、木々が大きく揺れだした。
嵐はもうそこまで来ている。




