61 何を選ぶか (1)
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惣領家の広大な敷地内には独身者の社員寮がある。他にも所帯持ちのための一軒家の社宅などがあり、敷地外にもそのような類いの建物がある。
桐島輝は、敷地内の一軒家に、妻の麻衣子とともに住んでいた。
「大丈夫か?」
桐島輝はソファでぐったりしている身重の妻、麻衣子を心配した。
「んー、だいじょおぶ・・」
妊娠三ヶ月の麻衣子はつわりがひどく、今朝は食事もとれなかった。
「あ、そーだ!トマト、貰ってきてやるよ。採れたて新鮮トマト」
「・・トマトは食べたいけど・・天気悪いのに・・危ないよ」
麻衣子は体を少し起こして、夫の桐島輝を見た。
「雨は少し落ち着いてるし大丈夫だよ。じゃあ、待ってろよ。すぐ貰ってくるからさ」
「輝、いいってば・・」
「食べれそうならちょっとでも食べないとさ。赤ん坊も腹へっちまうだろ?」
桐島輝は麻衣子に言うと、頑丈な作業用雨ガッパをきて外へ出ていった。
トマトのハウスまで、桐島の家からはさほどの距離でもなかった。
朝食後、一通り洋服類を片付け、わたしは着替えるために服を選んでいた。
インディゴブルーのデニムのワイドパンツとTシャツにしよう。一部ゴムのワイドパンツだと、腰回りの大きめのわたしには穿いてて楽。ワイドすぎてフレアスカートみたい。・・・生地の肌触り、すごくいい。
サンプル品だから気軽に着てと言われたが、ほんとにサンプル?わたしに気をつかってサンプル品と言ったのでは。
・・・やめよう。好意にケチをつける考え方は。
好意は好意としてちゃんとに受け取ろう。
下着のサイズがほぼぴったりで何故・・と思ったが、着物用の下着を揃えるのにサイズを聞かれたんだっけ。
・・とてもありがたいと思う。
何かお返しできればいいのだが、何かできることはないかと考えた。うーん、何かないかな。
複雑な心境は続いている。
着替えを終えたわたしは部屋を出て、組長先生がくつろいでいる、リビングに向かった。
縁側から揺れる木々が見える。
雨足も風も少し弱まったみたいだけど・・・。
その時だった。
わたしの目に、大きな銀杏の木が写った。
おかしな揺れかたをしている。
何本か並んでいる銀杏の木の中でも特に大きく、手前の木々の影にあるからてっぺんだけが見えていた。
━━━あの木、倒れそうな気がする
「あっ!」
気がするんじゃなくて倒れるんだ。
この感覚はだいたいそうなる。
組長先生は若頭相手に囲碁を打っていたが、わたしの声に、「どうした?」と声をかけてくれた。
「木が倒れます!」
わたしが言うと、二人は素早く立ち上がり、わたしの側にきた。
「どの木だ?!」
「あの銀杏の木!影になってる大きいの!」
わたしは窓の外にてっぺんだけ見える銀杏の木を指差した。
「・・風で大きく揺れてはいるが・・・」
組長先生はわたしの横に立ち言った。
「でも・・・でも・・倒れます・・」
わたしの声は小さくなった。
気のせいだと言われたらどうしよう。
「京司郎、周辺に誰か行ってねぇか確認を」と、組長先生が言いかけた時に、若頭は既に電話をしていた。
「三上か?トマト栽培のハウスに誰か行ってるか?銀杏の木の側の一号ハウスだ」
《はい。桐島が、奥さんがつわりがひどいけどトマトは食べれそうだからって少し貰っていきたいって。あと勅使河原がどうしても今日収穫したい分があるって》
「おー、サンキュー、勅使河原。やっぱプロは選び方が違うよな」
「ドレッシングなしでそのままでも美味しいですよ。食べ頃ですから。つわり、少しでも軽くなるといいですね」
「そうなんだよなあ、男にゃわかんねぇ苦しみだからさあ、出来ることと言ったらこれくらいしか・・・と、電話だ。・・仙道さんだ。・・はい、桐島です」
「━━━桐島?俺だ。勅使河原と一緒か?」
《はい》
「銀杏の木が倒れそうだ。ハウスから出ろ!」
《え?はい、あ、あの》
「いいから勅使河原と一緒にすぐにハウスから出るんだ!!」
《は、はい!!》
「おい!勅使河原!!ハウスから出るぞ!」
「あ、今すぐ終わります!」
「ばかやろう!銀杏が倒れてくるぞ!!」
「え?」
若頭が電話を終えて間もなくだった。
ズシンと、大きな音とともに地面が揺れた。
見えていたはずの銀杏の木のてっぺんがない。
屋敷内にいた人達が、組長先生を守るかのようにいっせいに集まってきた。
若頭が外へ駆け出すと、そのあとを男性が数人、続いていった。
お屋敷の庭をいつも掃除している若い男性が、若頭達とすれ違って、ずぶ濡れで、
「ビニールハウスの側の銀杏の大木が折れてハウスを直撃しました!中に桐島と勅使河原が・・・!」と叫んだ。
「く、組長先生・・勅使河原って・・ベリー君のことじゃ・・」
「━━━大丈夫、大丈夫だ。ベリーは運が強ぇ奴だから」
組長先生はわたしの肩をぐっと強く抱いた。
「勅使河原!桐島!」
「仙道さん・・!」
桐島が勅使河原に肩を貸し、引きずるように歩いていた。
「勅使河原、大丈夫か!?」
「はい、転んだときに足を打ちましたけど、大丈夫です」
「間一髪でした。電話もらってすぐハウスを出たら木が倒れてきて・・」
桐島は青ざめた顔で息をはずませている。
「屋敷に大塚がいる。二人とも診てもらえ」
「はい」
「ハウスにいたのは二人だけか?」
「はい。ほかのハウスは鍵をしたままです。今週は三上さんとおれが当番でおれが鍵を持ってますから」
勅使河原が言った。
縁側で、わたし達は若頭達が戻ってくるのを待っていた。
雨足が再び強くなってきた中、数人の人影が見え、肩を担がれたベリー君もいた。




