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番外編 神話の国の白い猫 2

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京司朗は秘書として同行の三上竜治と共にサントリーニ島の空港からアテネに発った。


アテネに戻り、さらにドイツ・ミュンヘンへ向かうのだ。


日本とギリシャは直行便が無い。中東か欧州の主要都市を経由するのが一般的だ。常に火種を抱えている中東ルートよりはドイツ・ミュンヘンを経由するほうが安全だ。


アテネからミュンヘンへ向かう早朝の便に乗ると、ミュンヘンからは昼に発つ日本への直行便に乗れる。忙しないが、帰国にはこれが一番いい。


だが、京司朗は予定を変更した。


アテネに古くからあるカフェの話を聞いたのだ。

コーヒーの味は絶品だが資金繰りが厳しいらしく、近いうちに店じまいするのではないかとのことだった。

『あの味がアテネから消えるのはなんとも惜しい』

そんな話を聞いて、京司朗は興味を持った。

近いうちに店じまいなら今日が味を確かめる最後のチャンスかもしれない。


ギリシャは2009年、国として破綻状態に陥った。

政権交代により、旧政府による財政赤字の隠蔽が発覚した。国を立て直しすためにギリシャは大規模な金融支援をEUやIMFなどから受けた。当然ギリシャ国民も大幅な増税などの痛みを伴うことになった。

国全体が厳しい財政状況のもと、そんななかでもそのカフェはどうにか経営を続けてきたという。


『あのコーヒーをのむことが生きる支えになった』


どんなに苦しくても辛くても、生きる支えになってくれるものは身近な小さな『何か』だったりするものだ。


誰かの生き様を支えた味に、京司朗は惹かれるものを感じた。



目当てのカフェが意外なことに、三上竜治の知っている店だった。三上は大学時代、一年休学して海外を旅していた。ギリシャには二カ月近く滞在したのだという。


「俺が通ってたときけっこうな年齢だったはずなんで、いまはもう80越えてるんじゃないかと思いますが」


三上が当時を思い出しながらカフェの店主の話をした。


「破綻の影響で店を今の場所に移したと話していました」



アテネの喧騒を縫って、京司朗は三上に案内され表通りから脇道へ入った。


日が入る割に脇道は薄暗く感じられた。

治安がいいとは言えない雰囲気のせいかもしれない。建物の壁にはいたるところに落書きがしてあり、壁に寄りかかって若い男が数人、京司朗と三上を眺めている。

ヒソヒソと何かを話している男達の一人、髪を黒と赤のメッシュにした男が、輪を離れて歩き出した。


京司朗がすぐさま男を睨んだ。


男の足が怯んだのかピタリと止まり、他の男たちも顔を見合わせたその時━━━━


「ニャアォン」


路上駐車の車の影から一匹の白猫が飛び出して、京司朗とメッシュの男の間に割って入った。


毛の長い白猫だ。瞳は琥珀色だ。


男たちは京司朗と白猫を交互に見たあと、メッシュの男の腕をつかみその場を足早に去った。


「猫に助けられましたね」

三上が走り去る男たちの背を目で追いながら言った。

「俺は猫以下か」

「いいじゃないですか。無駄な争いをせずにすんだんだから」


「ニャアォン」


白猫がもう一度鳴いた。

 

「今朝の猫に似てるな」

京司朗はサントリーニ島のホテルに現れた白い猫を思い出してつぶやいた。

「ホテルに出た白猫ですか?」

「ああ、そっくりだ。瞳も同じ琥珀色だし」

話してる京司朗に白猫が近づいてまた「ニャアォン」と鳴いた。


京司朗は足元の白猫をみつめて、

「お前のおかげで助かったよ。ありがとう」

と言った。

白猫は京司朗の足にすりっと体をこすりつけて去った。

横で三上が「ありゃメス猫ですね。きっとサントリーニ島からついて来たんですよ。フェリーに乗ってきたんでしょうね朝早く。いやぁ、モテる男は猫にもモテるんですねぇ」と真面目な顔で言った。



石畳の脇道を歩いてしばらくすると、道の先に、ペンキがかすれた白い扉のカフェが見えた。

扉の前まで来ると、かすれたペンキの隙間から青い色がのぞいている。


「昔はまっ青な扉だったんですよ」

三上が言いながら扉を開けた。


カウンターの中から店主の老人が、

「やあ、旅人さんかい?」

と、笑顔で迎えてくれた。


三上がギリシャ語でコーヒーを二人分頼んだ。

店主は驚いた表情で「ギリシャ語が話せるのかい?アジアの人かい?」と訊いた。


三上は昔ギリシャに滞在したことがあると話すと、店主は、

「もしかして・・、リュージか?日本の・・」

と、さらに驚いた顔をした。

十年も前の、一人の日本人を覚えていてくれたことに、三上竜治も驚いていた。











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