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番外編 神話の国の白い猫 1

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ギリシャ、サントリーニ島のホテルの一室。


白に近い柔らかなベージュ色の麻のカーテンから、窓の向こうが薄く明るみが帯びているのがわかった。


━━━━朝か


ベッドで寝返りをうち、朝の気配を感じた京司朗は、コーヒーをいれるために起き上がった。



仙道京司朗は、イタリア、フランスでの仕事をひと段落させたあと、日本に帰国する前にギリシャに立ち寄っていた。

次に店舗を展開する候補地の一つがギリシャなのだ。


アテネを一回りし、昨日このサントリーニ島を訪れた。人気の観光地だけあって、海外からの旅行客は本土に負けないくらいに多い。だが、出店の候補地として気になる点も多々あるのだ。


━━━━簡単にはいかないさ。どの国も。


一流と言われるこのホテルも、稼働率が高いわけではないと見てとれる。


━━━━ギリシャ政府の通年観光の政策がどの程度成功し定着するか。


京司朗はコーヒーを片手にバルコニーへ繋がる大きな窓を開けた。


外の世界へ一歩踏みだすと、島は目覚めのまどろみの中にあった。


薄闇の空は燃えるような朱色へと溶け出し始め、凪いだ海は静かに目覚めの光に染まるのを待っている。

深い群青色のエーゲ海は、これから光を吸い込み、やがてあざやかな青へと変わっていくのだ。


━━━━帰国か


京司朗はコーヒーをひとくち飲むとカップをテーブルに置き、バルコニーの手すりに寄りかかった。


ギリシャの朝とも今日でお別れだ。


イタリアともフランスとも違うギリシャ・サントリーニの夜明け。


断崖に身を寄せ合うように建つ独特の白い街並みが、朝の光の黄金色に染められていく。


イタリアもフランスも京司朗には馴染みの国だが、このギリシャは違う。ギリシャでは京司朗は完全な異邦人だった。


異邦人の瞳に映るサントリーニの夜明けは、変化する色彩の中に、生きてきた時間のすべてが溶けて消えていくような感覚をもたらした。自身の肉体さえも。


━━━━いっそ本当に消えてしまえたら


京司朗はひとつため息をついて、バルコニーの白い壁に目を移した。朝焼けが反射して、白い壁は淡いピンク色に染まっていた。


━━━━いや、俺の命は惣領家のものだ。


京司朗には消えない痛みがある。


その痛みは、常に京司朗を蝕み、責めたてる。忘れることなど決して許してはくれない。


時の流れとともにあらゆるものが変わっていくはずなのに、京司朗の胸の奥に留まっている過去は、鉛となって取り残されたままだ。



「ニャアォン」



コーヒーカップを手にしようとした京司朗の耳に、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。


京司朗は辺りを見回した。


こぼれ落ちるように咲き誇るブーゲンビリア。

真っ白な壁に対比するあざやかな赤とフューシャピンクの隙間から、二つにきらめく琥珀の瞳がのぞいている。

長く真っ白な毛並みは壁にとけこみ、黄金にも似た琥珀の瞳だけが異端な色に見える。


地域猫か、それともどこかの飼い猫がまぎれ込んできたのか。


ギリシャは地域猫が皆に愛されている。

あちらこちらで猫がくつろいでいるのが日常の風景だ。


琥珀の瞳が京司朗をしばしみつめると、再び「ニャアォン」と鳴いてその場を去った。

 

同時に、風が吹き抜けていった。


ブーゲンビリアが揺れた。


京司朗は景色を見直した。



束の間の静寂が破られる。


世界が新しく塗り替えられる瞬間だ。


眩い輝きを放ち、太陽が一日の始まりを告げた。



射し込む光りに京司朗は目を細めた。


帰国すればまた騒がしい日々が続くだろう。


日本からは常に惣領家の様子が知らされてくる。

惣領貴之が年若い女に入れこんでることも、逐一報告があがってくる。


━━━━青木みふゆ、二十三歳か・・。愛人として世話をしたいならそれはかまわないが、わずかでも惣領家の(あだ)となるならば・・・。


京司朗はコーヒーを飲みほした。


そして、新しい一日の始まりと、この街の最後の一日を迎える準備のためにバルコニーをあとにした。














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