番外編 ネコおどり大賞
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━━━新年━━━
一月二日、朝。
美之(六歳)はパッと目覚めた。そしてムクッと起きあがると、ニコッと笑ってベッドから飛び降りた。
「おかあさーーん!お母さん、お母さん!」
美之の声に、みふゆは手にしているカップをダイニングテーブルに置いた。
「お母さん!」
美之がダイニングルームで朝食の準備をしている母・みふゆの元に駆けよってきた。
「おはよう、みゆちゃん。歯みがきした?」
笑顔で娘を迎える母。
「まだ!でもね、お母さん!みゆちゃんネコおどりたいしょーとったんだよ!百億お金儲けしたよ!!」
「え?」
「タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪」
美之が歌って踊り始めた。
「み、美之?ちょっとまって何の」何の話なんだ。
「おっきいマグロ漁船かうぞーー!!えいえいおー!!」
「漁船!?」
美之がおかしい。
司(六歳)と朗(六歳)は、惣領家道場にて新年の剣稽古を終えていた。
惣領家の男として武道一般を身につけることと礼儀を学ぶことは必須である。
祖父・貴之と、父・京司朗を相手にする新年の剣稽古が本格的に始まったのは昨年、五歳からだ。
貴之の持つ守り刀と、京司朗の持つ守り刀に見守られ行われる剣稽古は、最後に貴之と京司朗の真剣の演舞で締められる。
司も朗もこの真剣演舞が大好きだ。
二人の演舞は美しく時間と空間を支配する。
演舞が終わると司と朗は、
「ありがとうございました!」
と、師匠ともなった祖父と父に向かってきちんと正しく礼を披露した。
「美之!?なんの話なの!?」
「タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪ネコを百匹つかまえてーー♪タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪」
「ネコを百匹?!美之?!」
美之、ハイテンションのあまり母の声が耳に入らず。
いったい何が起きているのか。
娘がおかしいこんな時はどうすべきか。
こんなハイテンション娘を止められるのは━━━
みふゆは屋敷の廊下で叫んだ。
「司ーー!朗ーー!どこーーっ!」
「司坊ちゃんと朗坊ちゃんなら道場で剣の稽古ですが」
常駐組を統率している瀬尾がみふゆに答えた。
「そうだった。道場に」
「あ、戻って来ましたよ」
瀬尾がみふゆの後ろに司と朗を見つけ、みふゆは振り向いた。みふゆは、
「司!朗!大変!」
と、二人に駆けよった。
司と朗がキョトンとした。
「美之がおかしいの!訳のわからないこと言って踊ってる!」
「・・え?」
司と朗が眉間にシワを寄せた。
瀬尾が『え?』と心でつぶやいた。
司と朗の護衛でついていた村井と山本が『え?』と顔を見合わせた。
全員が『え?』である。
え?いま?いま気づいたの?美之がおかしいって
そもそも過去に、魚の串刺し祭りや金儲けをしにマグロを釣りに行くと家出を決行した時点で“この子なんかおかしい”と思わなかったのだろうか。
短い沈黙を破ったのは朗だった。
朗は神獣戦隊ジャックマンの変身ポーズをとりながら、
「美之は!いつも!おかしいぞ!」
と、真実を口にした。
「え?」
みふゆもまた『え?』であった。
『美之はいつもおかしい』
「で、でも!今朝はもっとおかしいの!ネコおどり大賞とか百億とか言いだしてネコを百匹捕まえる気なの!あの子はマグロの次にネコで百億儲けて漁船を買うつもりなのよ!!ネコを捕まえに家出したらどうしよう!そもそもネコおどり大賞って何なの!?幼稚園で流行ってるの!?ギャンブル!?テレビかネット!?教育テレビ!?美之を止めて!」
いや、美之の前に母の慌てぶりを止めなければ。
「お母さん、おちついて」
司は冷静に言った。
「そうだ!おちつけ!お母さん!美之がもっとおかしくてもそれで普通だ!」
ジャックマンポーズをキメる朗。
美之のことを熟知しているのはさすが三つ子、兄である。
六歳未就学児二人にになだめられる母・みふゆの話の内容に笑いたくても笑えない瀬尾と村井と山本は、堪えて立ってるしかない。
「どうした?廊下の真ん中で」
京司朗の声がした。
「飯食うぞ。美之は起きたのか?」
貴之が守り刀を携えてやってきた。
「お父さん!京司朗さん!美之がおかしいんです!」
すぐさま反応したのは貴之だ。
「なんだと?!具合が悪いのか!頭か?!腹か?!」
「頭です!!」
意味がかみあっていない父娘の会話に新年最初の漫才かと、瀬尾と村井と山本は口元が小刻みに震え始めた。
京司朗が司を見た。司は首を横に小さく振った。
「明理ー!明理ー!いねえか!」
健康管理を業務とする元看護師の本橋明理を呼ぶ貴之に京司朗が、
「親父、落ちついてくれ」
と声をかけた。
「何がおちつけだ!美之が頭痛えって苦しんでんのに悠長なことを」
「美之なら元気に踊ってるから」
京司朗が指をさした。
美之は、“ヘビーローテーション的I want you!”な動きや“It’s automatic♪”的な中腰で左右に揺れたり、足を上げたりくるくる回ったりしている。
「幻聴幻覚か!痛さのあまり踊ってんじゃねぇのか!インフルか!!」
「だから落ちつけって」
確かに痛さのあまり歌いだした人はいたが。
美之は歌にあわせて踊りながら「あ、おじいちゃまー!!お父さーん!!」と、満面の笑みを見せて駆けてきた。
「美之!大丈夫か!」
「おじいちゃま!みゆちゃんネコおどり大賞とったよ!約束だよ!マグロ漁船買って!」
はい???
「お父さんがネコおどり大賞の黒幕!?」
みふゆが貴之に驚愕の目を向けた。
「待て!ネコおどり大賞ってなんのことだ!」
貴之が珍しく焦っている。
「それよりマグロ漁船って何の話だ?」
京司朗が貴之に静かに詰めよった。
「だからよ、俺はちゃんと教えたんだぜ。“レコード大賞”って」
朝食の前に話し合いの場が設けられていた。
リビングのソファにもたれて、貴之が腕を組んだ。
「レコード大賞がどうしてネコおどり大賞に・・」
みふゆは不可思議な思いが消えない。
「レコード大賞指してネコおどり大賞って言ってたから何度か訂正して教えたんだがな。ネコおどり大賞のほうが美之には語感がいいんだろうな。子供ってのは面白えよなぁ、ははは」
貴之は笑ったが、京司朗はまじめな声で、
「で?レコード大賞をとったらマグロ漁船を買ってやると約束したのか?」
と貴之に訊いた。
「・・う、いや、その・・・」
貴之は視線を外した。
それは十二月三十日のこと。
庭の清掃係二名が積もった雪の片づけをしながらレコード大賞の話をしていたのだ。
『今年はネ(レ)コード大賞誰とるべ?』
つい最近、常駐組として屋敷への出入りができるようになったこの青年達は、同郷ということで話してるとお国言葉になったり発音に訛りが出てしまうのだった。
『んだなぁ、ネ(レ)コード大賞ってグループだと賞金、山分け?』
『山分けだな』
『なんぼぐらい?』
『百億円?』
『ははっ、無ぇ無ぇ』
『ひゃくおくえん・・?』
青年達の雪かきからちょっと離れた場所に、ピンクのアノラックを着た美之がいた。美之は小さな雪だるまを作っていた。たくさん作って飾るのだ。
そんな美之の耳に入った『百億円』
美之は百億円の価値を知っている。
欲しいものは何でも買える金額だ。
でも彼らは百億円の前に何かを言っていた。
美之は思いだそうとした。
エコード?
ネコード?
ネコと言ってた気がする。
ネコードたいしょー?ネコ・・・?
ネコおどりたいしょーか?
そうだ、きっと“ネコおどりたいしょー”だ。
ネコードよりネコおどりのほうがかわいい。
“ネコおどり”だ。
【ネコおどりたいしょー】が美之の頭の中にインプットされた。そして、
【ネコおどりたいしょー=百億円】もインプットされた。
美之は握っていた雪玉をさらにギュッと握りしめた。
よし!これだ!
ネコおどりたいしょーでもうけよう。
美之には欲しいものがあった。ちょっとやそっとじゃ買えないものだが百億あれば必ず買える。
しかし、『ネコおどりたいしょー』とはいったい何か。
夕食を終え、リビングのテレビをつけると、年末恒例のレコード大賞が放送されていた。
司会者が「レコード大賞最優秀新人賞は━━━」と言った。
美之はピンときた。
『ネコおどりたいしょー』とはこれのことではないか。
毎年観ているが、ただの歌番組ではなかったのか。
やがて司会者からレコード大賞発表のナレーションが始まった。
『おじいちゃま!ネコおどりたいしょーってなに?』
美之は初めてレコード大賞の放送を最後まで観たのだ。
三つ子達は就寝時間が夜八時と決められていたが、六歳になったこの年は遅くまで起きてることが許された。しかし、朗は睡魔に勝てず、司は熱が出てみふゆと京司朗が看病している。リビングには美之と貴之の二人だけだった。
『んー?』
奇妙なネーミングに貴之はテレビを見た。
レコード大賞が放送されている。
貴之はレコード大賞の放送を観ながら、
『レコード大賞か?日本で一番売れた歌で一番金儲けした歌を選ぶ大会だ』
と、ややテキトーな答えを美之に返し、碁盤に視線を戻した。
『お金儲け?!マグロ漁船も買える?!』
『そうだな、レコード大賞とると百億くらいは儲けるだろうから買えるな』
さらにテキトーな答えだ。
『ひゃくおく・・』やっぱり百億。
美之はテレビ画面に釘付けになった。
貴之がテキトーに答えたのは、新年の松田俊也との囲碁対局を控えていて、勝つ算段を考えていたからだ。新年早々負けるわけにはいかない貴之はレコード大賞どころではなかったのだ。
『みゆちゃんもネコおどりたいしょーとる!百億儲けるからマグロ漁船買って!』
『おー、いいぞ。買ってやるぞー。自分で儲けた金なら何買っても自由だぞー』
棒読みな貴之の心は新年の初勝利しか考えていなかった。約束だとは思っていなかった。美之が『ネコおどりたいしょー』と言ったのも『レコード大賞のことだろう』と特に気にしなかった。
『ネコおどりたいしょー♪ネコおどりたいしょー♪』
『レコード大賞だぞ、美之。《《レコード大賞》》』
『ネコードたいしょー?ネコードたいしょー♪♪ネコおどりたいしょー♪♪ネコを百匹つかまえてー♪』
『ネコを捕まえる大会じゃねーぞ美之ー。歌って踊る大会だぞー』
『ネコおどりたいしょー♪ネコおどりたいしょー♪うたっておどってネコおどりー♪♪』
一度インプットされた言葉はなかなか正されないものなのだ。特に美之は。
「美之は何でも本気にするから答え方に気をつけてくれと言っただろう!」
「ま、まさかレコード大賞をとる初夢を見るとは思わんだろーが!!」
「おじいちゃま!大っきいマグロ漁船だよ!きっともうみんな買いに行ってるよ!売りきれないうちに買いに行こう!」
美之の瞳がキラキラ輝いている。あこがれが手に入る期待の輝き。あこがれの、マグロ漁船でマグロ一本釣り。
「待て美之!な?ちょっと待て!マグロ漁船はそんな簡単に売りきれにならねぇからな!先にメシだメシを食うぞ!」
とりあえずごまかした。
すっかりその気になっている美之を、貴之は一日かけて宥めることになった。
惣領家の新年は、美之とマグロ漁船に翻弄されることとなったのだ━━━━が、
美之・六歳の初夢は正夢となる。
十年後、美之は貴之の知り合いの芸能事務所に頼まれて、三人組の覆面アイドルの一人としてデビューし、レコード大賞新人賞をとることになるのだ。




