番外編 プレゼント 6
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二十七日━━━━
京司朗は市内の建築現場の視察に向かった。
みふゆは誕生日のプレゼントを渡すタイミングがつかめず、いつも通り見送ってしまった。少しばかり後悔して、みふゆはハンディモップを手にした。これから離れの掃除をするのだ。
貴之の言った通りの、いつもと同じ掃除だ。それでも少しだけ丁寧に拭き掃除をするつもりだ。本橋明理が来て手伝ってくれることになっている。
京司朗も視察が終われば屋敷や道場などの掃除に参加する。
一昨日、二十五日。みふゆは貴之から惣領家の年末の予定を聞かされた。
惣領家ではクリスマスが終わると仕上げの掃除を行うのが恒例だ。
二十六日、二十七と二日間に渡り屋敷と敷地内の建物、庭などを細部まで磨き上げるのだ。
「二十八日にしめ縄と門松を飾るからそれまでに掃除は終わらせる。離れは改築がすんだばかりだから大がかりな掃除は不要だ。普段の掃除でいいだろう。門と屋敷の玄関にしめ縄と門松を飾ったら離れにも飾る」
衝撃的だったのは、二十七日の掃除が終わったあと、ケーキを食べる習慣があるというのだ。
「元々は戦前にうちの洋菓子工場で作って売れ残ったクリスマスケーキを廃棄せずにみんなで食べたのが始まりらしい。昔はバタークリームが主流で日持ちがしたんだ。生クリームが主流になった頃から二十七日用に屋敷の厨房で作る形になってな。厨房の若手の菓子作りの練習にもなるし。まあケーキが苦手な連中もいるから、和菓子や焼き菓子も用意するんだが」
「二十七日って・・」
「どうした?」
「若・・じゃない、京さんの誕生日だからプレゼントを用意したんだけど・・・。ガトーショコラも焼こうと思って」
「焼けばいいじゃないか。今年は京司朗の分のケーキは海斗達が食べるさ」
貴之に励まされて、みふゆは昨日京司朗にバレないようにガトーショコラを焼いた。
屋敷の厨房の冷蔵庫に隠してある。
ガトーショコラは焼きたてよりも次の日以降が美味しいのだと、厨房の菓子担当の青年から聞いたのだ。
京司朗は昼過ぎに帰宅し、昼食を終えたあと茶室と道場の磨き掃除に入った。
午後三時、掃除終了━━━━━
「よし!終わるぞ!」
各場所で掃除用具の片づけがなされ、京司朗が終了の声がけをした。
するといっせいに「お疲れ様でした!!」 と男達の声がした。
厨房からカットされてるケーキや菓子類、お茶がワゴンに乗せられ運ばれてきた。
本橋が「さあ、手を洗った方からですよ。皆さん今年もお疲れ様でした。ありがとうございました」と、皆を労った。
手を洗い終えた男達がワゴンに集まってきた。
「京司朗、お前は食うのちょっとまて」
貴之が京司朗にストップをかけた。
「みふゆー!いいぞー!」
厨房に続く廊下に向かって叫ぶと、みふゆが両手にしっかりとケーキを抱えて現れた。
「ガトーショコラ?」
「あの、!・・今日誕生日だから・・。一日たった方が美味しいって聞いて昨日・・・昨日・・焼いたんだけど・・・」
語尾が小声になって、戸惑いと自信の無さが垣間見える。
京司朗は自分が嫌いだ。自分を軽蔑し憎んで生きてきた男だ。だから自分の誕生日も嫌っていた。
騙されたとはいえ、両親を死なせてしまった事実はどう足掻いても変えようがなく、当時九歳だった京司朗は憎悪と絶望に心を閉ざした。
親戚にも見捨てられ、京司朗は任侠道の男・惣領貴之に拾われた。のちに仙道家の養子となり、新しい家族の気遣いや惣領貴之から受けた様々な教育と体験は、閉ざした心に小さな小さな光を灯したのだ。京司朗自身は気づかなくとも。
そして、死んだ両親が残してくれた宝物に気づかせてくれたのはみふゆだ。
さらにその宝物に光をあて輝かせてくれたのもみふゆだ。
輝きは京司朗に赦しを与え、京司朗の心の世界はいっきに照らされ広がった。
みふゆは当初はただの監視対象だった。惣領貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗は自分自身をエサにしてみふゆに罠をかけようとした。
みふゆの心の内を暴こうとした。
貴之の口から実の娘だと言われたがそれすらも疑った。
いっこうに罠にかからないみふゆに、自分が間違っているのではないかと疑問を持ちながらも。
ある日、藤原匠真によってみふゆの過去のひとつに触れた。藤原匠真の話を聞く貴之の姿に、京司朗は己の過ちを確信した。
京司朗は過ちを認めた。
━━━認めた時に、全てが変わり始めたのかもしれない
その後すぐにみふゆが桐島と勅使河原を助け、特殊な能力の事情を知り、みふゆもまた、自分ではどうしようもない現実に苦しんできたことを知った。
京司朗は目の前で緊張してガトーショコラを抱えているみふゆがたまらなく愛しかった。
「ありがとう」
京司朗がふわりと微笑んだ。
優しく花開いた笑顔だった。
みふゆは京司朗の笑顔に安心して、みふゆもまた大きく花開く笑顔を見せた。
拍手が沸き起こった。
「誕生日おめでとうございます!」
あちこちから声がした。
両親が亡くなってから初めてだった。
あれだけ嫌った誕生日を、祝うことを拒否し続けた誕生日を、京司朗は素直に受け入れることができた。
十二月二十七日が京司朗の誕生日であることを知らない者も多かった。
黒岩三兄弟は知っていたが、京司朗の誕生日として祝うことは許されない日だとなんとなく認識していたため、今までは何か言うことがなかった。
「京にぃ、三十二歳、おめでとー!またひとつおっさんになったよな」と十七歳の海斗が勝ち誇った笑いを見せた。
「ローソク立てようよ!デカいの三本に小さいの二本!」山斗が言うと、
「俺が持ってくるよ!仏間から!」
と永斗が仏間に向かおうとした。
「違うだろ!!」
すぐさま海斗と山斗のツッコミが入り、周囲に笑いが起きて京司朗もみふゆも笑った。
貴之も笑いながら、
「おーい、ローソクもくれ!」と厨房に向かって叫んだ。
夜。夕食が終わり、みふゆと京司朗は離れに戻った。リビングの灯りをつけるとみふゆが、
「あの、イヤじゃなかった?」
と、京司朗の後ろ姿に問いかけた。
京司朗が驚いた表情で、「なぜ?」と訊いた。
「今まで誕生日を祝った話を聞いたことがなかったから・・」
「元々この時期は仕事で居ないことが多かったからね。学生時代もバイトで忙しかったし、大学は防衛大学校に入学し直したしね。・・・今日、祝ってもらえて、嬉しかったよ」
京司朗はみふゆを抱きしめた。
みふゆはほっとした。京司朗の体温をしばし感じて、
「あ!プレゼント!」
と、京司朗から離れた。
みふゆは寝室の自分のクローゼットからプレゼントの箱を持ってきた。
あらためて「お誕生日おめでとう」と京司朗に渡した。
京司朗が箱を開けた。
カフリンクスとネクタイピンだ。
「水晶なの。スーツに似合うお守りにもなるような何かを贈れたらって思って。町田さんがいなかったから洋平先生に相談したの。オーダーが間に合いそうになくて、でも一点物にしたくて。そしたら『クロリ』ってアクセサリーのお店を経営してる加納さんという人を紹介してくれて」
言葉の途中で、京司朗はみふゆを強く抱きしめた。
「ありがとう・・!」
声に力の入った“ありがとう”は、みふゆの心にまっすぐに届いた。
「喜んでもらえてよかった」
みふゆも本当に嬉しかった。
その夜、京司朗はみふゆを丁寧に丁寧に愛した。
ふたりの関係は、夫婦となってこれから、より強い絆で結ばれてゆく。




