二十四話
二十四話
私が頭を抱えた日から数日がたち、まだ雪が残り寒さは目立つものの、休みが明けた。
濃い一年間だっただけにずいぶん長く感じたなあ。でも、やっと二年に上がれて授業も始まった。
とはいっても、この休みからの強行訓練で私の知識量ってずいぶん増えたみたいで、入ることを許可された二年次の図書館にはあまりめぼしい本がない。面白いし復習にはなる。でも教わったばっかりだから、これ知ってるで終わっちゃう。
読んだことがないやつは片っ端から借りてみてはいるけど、これを読むよりセルマ先生に教授している方がもっと勉強になる。もっと言うなら、授業受けてるより勉強になるんだよね。やっぱり師匠って偉大。やってる内容がすでにって感じではあるもんなあ。
だからといってサボることは出来ない。
私の新学年は誰も話しかけてくることがないせいか、とても平和に、静かに始まった。
しばらくは私の授業関係が落ち着くまで演習は無しで、ある程度予定が確立されたので、久々に先輩たちと顔を会わせることになった。
今回皆と、というかキュリーと会うにあたって、私には重大任務があるんだ。ああ、胃が痛い。
「さて、久々に皆で顔を合わせた気がするな」
「ほんとだよね。ディア、ケーンくん、元気にしてた?」
「元気元気」
「ケーンは王城の夜会でよく会うたな」
「夜会...。私はちょっと憧れちゃいますけど、キュリーも大変ですねえ」
キュリーもケーン先輩もため息。だから、素直に羨ましがれなかった。前世で大学生、今世孤児の私にドレスコードのパーティーなんて縁がない。華やかな衣装で参加したのは成人式くらいだ。
「夜会なんて堅苦しいだけの面倒事だからな、早く出なくて良いようになりてえよ」
「ふふ、ケーンくんは大変そうだね。ディアは?」
「元気ですよー。最近は筋肉痛もあんまりしなくなってきましたし」
むん、と力瘤を作って見せたんだけど、騎士科の二人には笑われてしまう。
確かに力瘤っていうにはひょろいさ。ケーン先輩もキュリーも実はかなりムッキムキだからそれと比べられたら立派なものじゃない。でも、笑うことないじゃないか。
「やっぱり笑えますかねえ」
「ち、ちげーよ? 可愛いなあって思ってな! キュリー!?」
「その通り! あまりの可愛らしさに本気で抱き締めそうなのをこらえた笑いであってけして面白いから笑ったのではないぞ」
「ふ、二人とも必死だね」
「もういいですっ! で、ルーセル先輩はどうだったんですか?」
「僕は見ての通り」
「ぼろぼろであるなあ」
「傷だらけだよなあ」
ルーセル先輩は見事、ボロボロとしか言い様のない状態だ。綺麗な顔って傷付くとものすごく目立つ。だから大したものでなくてもものすごい傷に見えてしまうんだけど、普通にボロボロだ。何て言ったって王子スマイルが半分はガーゼで隠れている。
「ま、そうなんだけどね。見てくれよりは元気だよ。本当、皆無事で良かったよね。進級も問題なかったし」
「もう先輩たちも最終学年ですねー。まだ行事がありますけど、それに合格すれば卒業ですし」
「卒業、なあ。......そんなことより、今日集まったのってそれぞれの状況確認のためなんだろ? なんで外で集合なんだよ。学園でやりゃよくね?」
「兄上が軍側の責任者として学園に訪問してくるのでな。殿下のご下命あっての任務らしい。来るのは問題ないが鉢合わせは避けたいゆえ」
ケーン先輩の話題転換で、新しい話に移る。この話題を、私は待っていた。
「ああ、それなんですが............実は私、このあとその方々にお会いすることになってるんです」
あくまで自然に、話の流れでという体での報告。
「何故!?」
「どうしてそんなことに?」
目的は、どうしようもない状態で私とエント様が顔を会わせたという事実を作りたかったから。
「あー、いや、私って今回特例での行事参加になるわけじゃないですか。試験を利用して実力は認められたっていっても、一度直接見なければってことに」
「............兄上め、こうやってキーディアに近付こうとは............」
「エント様がっていうより............」
やっぱり、エント様が原因ってことになってしまっている。でも、それじゃ溝は深まるだけだからそれは回避しなくちゃいけなくて、さらに私が今エント様をかばうわけにはいかない。
「ん? 何? ディア、誰からの呼び出しか知ってるの?」
「私争奪戦ってあったでしょう? それに、意外と高位の魔術師さんも絡んでいるらしくて、ミレス伯からも接触するようにと」
「ああ、そっち............でもなんの情報も入ってきてないけど」
「それに、何ゆえ兄上なのだ?」
「今回の演習に殿下も参加されるそうなんです。で、そんな大事な演習で何か起こすわけにもいかないって私の面接が組まれたみたいなんで、そのせいじゃないかと」
これは、上は王子殿下から、下は孤児の学園生までのあり得ない規模でおくる兄妹仲復活大作戦だ。事情も知らずに巻き込まれている方々多数。
ちなみに王子殿下は、エント様の主たる方と目の前のケーン先輩のことを言う。
「ま、さすがに王太子が命じた視察中に手ぇ出すこたあねえだろ。ゼルガくんにエント? だっけか。の話聞いたけど、少なくともキュリーんとこの家の忠誠心考えたら問題なんか起こさねえだろうし」
「それはそうであろうが」
「............確かに、そうだね。その話が本当なら、エント様も制限がありすぎるし」
「やめてくださいよ........大丈夫だって言ってください」
心底怖がっている、という表情を作る。うまく作れているかなんて全く自信はないのに、やらなきゃいけないなんてストレス半端ない。何とか納得はしてくれたみたいだから、一応及第点かなあ。
その後、今年の活動の計画なんかを大雑把に話し合って、解散。着いてこようとするキュリーを何とか引き留めて、学園へ戻った。ああ、今日はじめてルーセル先輩との甘い空気に感謝したわ............。
校舎の大雑把な構図は、外回りに演習場、その内側に各科の校舎が渡り廊下で繋がった円になるように建っている。さらにその円の中心に渡り廊下を放射状に渡した建物があって、そこに食堂や事務室なんかが置いてある。他には会議室に、学園長室、応接室に貴賓室があって、今日の私の目的地は貴賓室だ。
私が言ったエント様来訪の目的は本当のこと。私というイレギュラーの面談を、王太子殿下に代わって行うよう殿下もといその側近に重々言われていたらしいから、扱い的にはエント様イコール王太子殿下になる。貴賓室なんて入ったことないんだけど大丈夫かな。で、その面談をついでに利用させてもらうことにした。ある程度満足させておかないとうるさいタイプの部下がわめいていたらしいから、これを利用してついでに私に接触、うまく仲良くなって仲を取り持ってもらえ、とは私の意訳だけど、そういうことを殿下が仰ったようだ。
ぶっちゃけてしまえば、仕事場で上司に妹と仲が悪いことを言うなよ、と思うんだけれど、ね。仲の良い職場なんだって思えて羨ましくもある。
そんなことを考えながらまずは魔術科長に会いに行き、その人についていく形で貴賓室へ。貴賓室にはすでにセルマ先生がいるらしくて、エント様のお相手をしてくださっているのだそうだ。さすがに喧嘩とかにはなってないだろうけど、ちょっと入るのが怖いのは私だけじゃないよね。しかも、先方からの申し出で、この面談に立ち会うのは学園側ではセルマ先生のみ。もうすでにキュリー達が言うような危惧はしていないけど、今からあのガキみたい...じゃなくて、精神が幼い...じゃなくて、中身が若いエント様を相手にしようってんだから頭もいたくなる。
私の様子なんかお構いなしでノックをした魔術科長は、私を部屋にいれるとあとはお若いもの同士でとばかりに扉を閉めた。
「キーちゃん、元気け?」
「ゼルガ兄様!?」
「キーディア、とりあえず座」
「座りぃ。そんなとこつっ立っとったら話もできんがや」
ゼルガ兄様、私、セルマ先生、エント様の順で喋る。
とりあえずエント様のいう通り高級そうなソファに腰を下ろせば、ちょうど目の前にエント様がいらっしゃった。
「上手く誤魔化して来られたのか?」
「はい、まあなんとか。ケーン先輩のおかげですけど」
ケーン先輩と甘い空気がなかったら、私にあの二人はごまかせません。
「キーちゃんも苦労しちょるけえ、申し訳ないきに」
「いえ、まあ頼まれましたしこれくらいは。......口実を考えてもあまり長々と居座るわけにもいきませんし、本題に入りましょう」
「だな。まず、キーディアがここに来たことで第一段階は終了とみていいだろう」
「俺は侯爵家からの歯止め役っちゅう口実で来とるんよ。俺がなんもなかったっちゅうて証言すりゃあここでの目的は完了ちゅうことになる」
「歯止め役なんぞいらんやろ」
ムカついたのかな。ぶすっとした口調でゼルガ兄様を睨みながら言うエント様に、思わず半眼になってしまう。もれなく全員。
セルマ先生は膝に肘をおき、頬杖をついて呆れながら突っ込んだ。
「それは自分の行いを振り返っても言えるのか?」
「う......」
ほんとそうだよ。
「う、じゃありませんよ。妹の隣に男がいたからつい、で殺しにかかっておいて、必要に決まってるでしょう」
「え......キーちゃんそれマジけ?」
「い、言い間違いとかだよな?」
あ、口に出して言っちゃった? まあ、正直ここにいる人には言っとかないと駄目だよね。それに、口止めはされてないし。なんて、こんなこと思えるあたりエント様に対する恐怖心どこ言っちゃったんだろうね。
「そこにいるご本人に聞きました。さすがにそこまでするなんて、よっぽどの理由があるはずだって思いたいですよ? でもこの間、「ついかっとなって斬っちゃった☆」なんて衝撃の告白がありまして、もうホントにどうしようかと」
「......のわりにいつもよりよく喋っとるが」
「止めてくれる人が近くにいれば怖くないです。それに、自分が悪いって自覚はあるんですよね?」
「......まあ」
「まあ、じゃないだろう!」
「そりゃキュリーに嫌われてもしゃあないきに」
「じゃあおみゃあはっ! キュリーについた虫を駆除したくならんちゅうがね!?」
「んなもん、しとうてもやっちゃいけんことだってあるがよ。それに、したらキュリーにどう思われゆうのか分かっとるき」
「そもそも、侯と夫人が認めた婚約だろう。相思相愛だが、文句を申し立てるならまずそちらからだと思うが?」
「............頭になかったんだと思いますよ」
ここ最近話してのエント様の印象は、見た目は大人頭脳は子ども、それに尽きる。もしかしたら子どもの頃に我慢を強いられて、とかも考えなくもないけど、ここまできたらそんなの関係ない。
彼がまだ決定的にキュリーに拒絶されていないのは先輩が一命を取り留めたからだ。今後の行動次第ではマジで敵どころか他人以下に真っ逆さま。ましてや私にまで手をかけようものならその瞬間に、言葉通り”終わる”。修復不可能というより何を修復すれば? という状態に陥るだろう。
私がもう彼を恐れないのは、それを何よりも恐怖する相手に怖がる意味がないっていうのと、セルマ先生が居てくれるからだ。二人であった食堂のときと比べ、なんて安心感。エント様の隣にゼルガ兄様もいるし、今の状況で怖がれって方が難しい。
それで、だ。
ここでやっと私と接点ができたエント様だけれど、彼から行動を起こしたんではキュリーたちに怪しまれること必至。
持っていきたい方向は、体術の指南をエント様が行う、という更に私との繋がりを作ること。術師としては申し分ないから、あのメンバーで動くためには必要なのはそれを補う体術と体力ってこともあるし。万が一にも王太子殿下にケチがつかないように、という王宮側の要求で、学園側との折衝ののちならそうなっても疑いようがない。
ちなみに、口実だった魔術師さんは別室待機で、これ終わりでお会いすることになってる。ミレス伯にも悪いことしたよなあ。口実を作るための接点として利用されてるなんて思ってもないはずだし。
「じゃあ、私たちはもう行きますね。ゼルガ兄様、あとはとりあえずお願いします」
「わかっとるよ」
「あと、エント様! もうちょっと落ち着き持ってくださいね!」
「うるさいちゅうねん! おみゃあホントに遠慮なくなったがや」
仕方ないじゃないか。遠慮してたら話通じないんだもん。
それでも、ここからは彼が先生になるってことだ。どんな修行が待ってるかは怖くてしかたないけど、もうちょっと敬わないとかな。そういってる時点で会うとな気もしなくもないけど。
「うーん。じゃあ、先生かなぁ」
呟けば、ゼルガ兄様が真っ先に私の意図を悟ったのか、ぶはっとふきだした。こんなちっさい声まで聞こえるんだ。
ドアに手をかけてたセルマ先生と、同じく聞き取れたが意味がわからないエント様が兄様を見る。
「キーちゃん、そっちじゃのうて俺と同じように呼んだりぃ。優しくなるきに」
「えー......じゃ、これからよろしくお願いしますね。えと、エント兄様」
くぐったドア越しに、言い争う声が聞こえたけど、ほんとにこれで良かったんだろうか。というか、あんな高級そうな部屋で暴れるなんて、やっぱり二人ともお金持ちの貴族だよなあ。




