第二十一話
「あのときは、周りの声で聞こえなくて.........。すみません」
「ああ.........そうだったか?」
セルマ先生は覚えてないみたい。あれだけきゃあきゃあしてたら聞こえないのは仕方ないと思うんだけどな。あ、でもこれだけイケメンで実力もある先生だし、騒がれ慣れてたら気付かないのかも。私なんて騒がれたこともないからわかんないけどさ。.........気付かれないこととかなら、それなりに経験してる.........ダメだやめとこう。
先生が先生でいるのはルーセル先輩の卒業までで、来年にはまた傭兵に戻るってことだよね。今度こそ大陸を渡るのかな。ってことは、違ってもやっぱり早めに確かめておかないと、あのひとの手掛かりは無くなっちゃう。う、なんかプレッシャーが。
「冷めるから先に食うか」
湯気の量が大分少なくなった料理をながめて、セルマ先生はそう促した。まだ違和感が残る見た目の料理だけど味は抜群に美味しいから、早速フォークを取って食べ始める。
個室の窓から差し込む光は話してる最中に消えていて、壁に取り付けられた魔術具がオレンジに灯っている。その光で見る料理は明らかにえぐい色合いなんだけど、そんなことはどうでもよくて。
あれだけ簡単に話してたキュリーたちの話は、詳しく聞いてみたらかなり壮絶で。バカップルとか思ってたのが失礼だったって思うくらいにはちゃんと二人は未来を見てた。
じゃあ、私は?
そんなことがあっても二人が一緒に居てくれなかったら、もしかしたら私とは出会ってなかったかもしれなくて。そうだったら私は今の生をここまで楽しめてなかった。
私がこれからしたいことって何だろう。
彩音だった頃は、そんなこと考えてなかったなあ。とりあえず大学に行って、考える間もなく死んじゃったし。でも、考える時間はいっぱいあったんだから、今の私にとってそれは言い訳にしかならない。
私が魔術師になるって決めたのは、身を守る為。命の危険は成長を促すってセルマ先生も言ってたけど、あのときの私は魔獣に襲われたばっかりで、しかも彩音が殺された直後だった。今思えば、死にたくないなら、あのひとと同じことが出来れば大丈夫だって安直に繋げたんだ。死の恐怖から逃げるために。
それでもあのひとが憧れるほどに印象付いたのは、タイミングと初めて常識外のものに触れたからだと思う。
魔術師として生きていきたいっていうのは、もう間違えようもなく私の意思。それ以外は考えられないくらいには魔術に傾倒してる自覚はある。じゃあ私は魔術師になって何がしたいのかな。医療の道に進むのか、軍人になるのか、師匠さんみたく職人になるって言うのもある。傭兵になって世界を巡るのもいいと思うし、逆にとじ込もって研究職もありかな。
ルーセル先輩やキュリーは過程はどうあれ、たどり着く場所を決めてる。そういえばケーン先輩だって、国の事情とかも絡んでるけど身の振り方を決めてたね。
「私は何がしたいのかなあ」
なんだか急に分からなくなったような気がする。
「魔術師以外になりたいものがあるのか?」
セルマ先生はフォークを持ったまま、ちらりとこっちを見て言った。
私、今口に出してた?
ビックリして、放り込んだ料理が喉につまりそうになって慌てて水で押し流す。涙目の私を気遣わしげに見てる先生に大丈夫って意味を込めて手を振って、否定する。
「そういう訳じゃなくて、何て言ったら良いのか。今まで漠然と魔術師になるってことしか考えてなくて、魔術師として働くって言っても色々あるし、何がしたいのかなって」
「.........基本的には師匠の分野で分かれるだろうな。俺たち兄弟弟子は特殊だが。.........キーディアには師匠がいないからなあ」
普通はそういうものなんだ。
そういえば確かに、研究職の師匠を持つ魔術科生は大体研究タイプだってような気がする。.........友達いないから参考にできる人が先輩たちだけなんだよなあ。そこが特殊って、なんて運が、良いのか?
「そもそもキーディアが魔術を学んだのは何の為なんだ?」
「.........死にたくなかったからです」
「死にたくない?」
「私が6年前に、魔獣に襲われたことはお話ししましたよね。まあ、他にも色々あるんですけど、魔術を学べば、理不尽な死に対応できるんじゃないかって思ったから」
全部が全部っていうのは無理でも、私のことは守れるようになりたかった。
「それだけで勉強しました。もちろん、助けてくれたひとに憧れてるからもあるし、お礼を言いたいのも本当ですけど、一番はやっぱりそれでした」
"殺された"くなかった。
セルマ先生はそうかとだけ言って、料理を片付け始めた。私もそれに習って同じように食べ進める。
沈黙がまた降りてきたけど、気まずいっていうよりなんだか重いって感じだ。今の私は彩音につられてる。多分、記憶が戻った直後くらいには混乱してる気がする。
あー.........ぐるぐる、ごちゃごちゃ。何がキーディアで、どれが彩音なのかわかんなくて気持ち悪い。申し訳ないけどこれ以上食べられそうになかった私はフォークを置いて、口に残る料理を不快さと一緒に水で流し込んだ。
私が食べるのをやめてから、そう経たずにセルマ先生も食べ終えた。行くか、と言って席を立った先生は、会計を済ませて店を出る。こうやって一緒に歩くのは新年以来だし、そう思ったらなんだか気恥ずかしい。あのときは夜じゃなかったけど、意識するとどうしても思い出しちゃうよね。現実逃避も多少、や、だいぶ混ざってるけど。
「俺が魔術師になったのは、師匠が俺を弟子にすると言ったからだ」
「はい?」
「そのときにはもう俺は12を越えていて、弟子になるには少し遅かったから、必死で勉強したよ。だが、俺もキーディアのように何の為に魔術師になるのか分からなかった。.........師匠の研究をやるのもしっくり来なかったし、学園で討伐演習をしてそれを仕事にするっていうのも違うような気がしてな。言った通り、軍人にだってなる気がしなかった。結局卒業してからも分からないまま、自由にうごける傭兵になってたんだ」
何となく、セルマ先生は相づちを求めてないと思って、私は黙って話を聞いた。
「ルーセルの件があって護衛をすることになったが、それもまあ、最初は自己保身が勝ってたな。考えてみると、やる気自体は殆ど無いと言っていい位だった。.........だけどな、守れと言われて思い出したんだ。俺としては衝撃的な思い出.........師匠の要請である街に行ったとき、魔獣に襲われてる子どもたちを見つけたことを」
先生は言葉を切って、私を振り返る。
ちょっと待って。
「状況は悪かった。でも、今にも食い付こうとしている魔獣に対して、立ち塞がったんだよ、そのうちの一人が。すぐに間に割ってはいって魔獣を焼き殺したが、俺はそんなことより、その子の姿だけが印象に残っていた」
すくむ足に力を入れないと立ってられない。
だって、それって、そういうことでしょ?
「まだ幼い子にしか見えなかったのに、俺にはその子が明確に"殺させない"という意思を以て立ち塞がったように見えた。ただ泣きわめくのが精一杯だと思えるくらいの子どもに、そんなことを感じるなんて信じられなかった.........。でもしばらくして俺は、そこで初めて、守れる力があってよかったと、守ろうとする人を守る魔術師になりたいと思ったんだと思う。憧れて、その姿が強く印象に残ったんだ。力がなくても友人を守ろうとする子どものように、力を持つ魔術師として、俺はそう在りたいと思った」
「まって.........くださ」
「まあ、そのときその子どもがどういう風に考えていたかなんて本当のところは分からないし、自分の直感を認めないまま数年過ごした俺は、その時の自分の直感を信じることにした。だから俺はルーセルを護衛することにしたし、今ここで教師をしてるーーーーキーディア、お前に、守る力を与えたくて」
名前を呼ばれて、硬直する。
あのひとは、このひとだ。セルマ先生が私の、憧れた人なんだ。きっとそう。
分かって嬉しいはずなのに、聞きたくない自分がいる。
ああ、妙に頭が冷えて、閃いてしまった。
私はあの魔術師を探したいと言いながら、見つけたくは無かったんだ。
だって分からなければそれを目的に出来るから。そうすれば、彩音が生きた年齢以上の、その未来を考えなくて済むから。
私が結婚に対して踏み切れないのも同じ理由だと思う。恋愛は結婚に直結するって私は理解してたから、そういう感情だって避けてきてた気がする。
今の私は、キーディアの経験と彩音の記憶で成り立ってる。世界が違っても20までは生きていて、同じように学生をしているんだろうなって、そこまでの未来は考えられた。だけどその先は、記憶がないから怖くて、何をしてるのか想像がつかない。突き詰めれば、生きているかさえ分からない。
何が怖いのか自覚したからこそはっきりと理解できてしまった。
私は、彩音に予想以上に依存してたんだ。彩音は彩音、私は私って言いながら。
セルマ先生は、月に照らされて爽やかに笑った。
「キーディア、俺こそ礼が言いたかった。ありがとう、俺に目的をくれて」
「そんな、それは」
「それから、黙っていて悪かった。キーディアが卒業するまでは教師を続けようと思っていた矢先に自分の実技を受けにきて、嬉しい半面気持ちに整理がつかなかったから。そういえばだいぶ、らしくもない態度を取ったな。どうしていいか分からなくてまともに話せもしなかったんだよ」
「あ.........えと、ちょっと、待ってください!」
「まだ迷ってもいいと思う。俺が言えた話じゃないが自分が何をしたいのか理解したのは、学園を卒業してからだったしな。この先何があるか分からないんだ。もしかしたら明日にも、何がしたいのか決まるかも知れないぞ」
待ってって言ってるのに、先生は言葉を続けた。
キーディアはこんらんしている!
ふざけてる場合じゃないのに、そんなことが浮かぶってことは落ち着いてきた証拠かな。待ってくれなかった先生のおかげで、なんだかするりと重りが消えて、ごちゃごちゃしていた精神が一気に安定した。ような気がする。
未来が見えなくて不安なのは普通のことなのに、何をそんなに怖がってたんだろ。
仮に輪廻転生って言うものを全員がしてるとしても、ほんとなら、自分が別の誰かだったなんて、そこで死んで終わった記憶なんてないはずなんだし。先生の言葉を借りるならもしかしたら明日には死んじゃうかもしれないんだろうけど、今出来ることをして前向きに生きてかなきゃ、私が損するよね。
それに何より、先生が私の為に教師になってくれたってことが嬉しい。私が怖がってた未来を守ろうと考えてくれてたのが。
「今は、今のことを考えなきゃですよね」
多分本当のところは伝わってないだろうけど。セルマ先生が頷いてくれたので、私は十分だと思うことにした。
また月明かりに照らされながながら、私たちは歩き出した。先生は私を寮まで送ってくれるみたいで、道順は学園への一本道だ。や、セルマ先生が学園内に住んでたら一緒に帰ってるだけになるのかな。
まあ、今はそんなことどうでもいいんだ。
これであのひとがセルマ先生だって、先輩の情報通り分かったわけだけど、それなら私は言わなくちゃいけないことと頼みたいことがある。前者はきちんと伝えるけど、後者はダメで元々、当たって砕けろ。一回目は玉砕覚悟で行かなきゃね。でも今の私は諦める気なんて全然ないから、むしろセルマ先生に諦める心を持って貰わないといけないかもしれないけど。
「セルマ先生」
呼べば、先生はいつも通り、お色気たっぷりに振り返った。
「あのとき、助けてくれてありがとうございました」
「.........今さらだが、無事で良かった」
「はい。そうおもいます。.........あの、先生にお願いしたいことがあります」
反応を見る限り全然脈なしって訳じゃ無さそうかな。
と思ったので、一気に畳み掛けてみることにしよう。
「私を先生の弟子にしてくれませんか」
「ああ、もちろ」
「ついでに養子にしてくださいっ!」
「.........養子は却下!」
ノリでOKしてくれないかなって思ったけど、そこまで上手くはいかないよねえ、人生。




