第二十話
セルマ先生がその連絡を受けたのは、この国を出る直前だったらしい。
ルートを決めて日程も決まり、金銭的にも何とかやっていけるって算段がついたから、二人は旅支度を整えて国境で出国手続きをしてた。魔獣が大量に出た時期で、商隊の護衛依頼を受けて出国するはずだったんだけど、どこも護衛を増やすから手続きの人数も増えて混んでいたみたい。かなり行列ができていて時間を食っていたのが幸いだった、って言うくらいだし、本当に直前だったみたいだ。二人が向かっていた方角の国境は、子爵領より侯爵領に近い距離で、前日に侯爵様に挨拶へ伺っていたのもあって居場所が特定出来ていたのも良かったんだろう。
駆けつけたのは奥方様の命令を受けた部下と、エント様の命令を受けた部下。
二人はほぼ同時に馬から飛び降りて、セルマ先生とゼルガ兄様に叫んだ。
「セルマ様!ルーセル様危篤!すぐに戻られますよう侯爵夫人から伝言です!」
「ゼルガ様!セルマ様を行かせぬようにと、エント様から伝令です」
この時いち早く動いたのはゼルガ兄様だったんだって。
そりゃ、脊髄反射で命令に従うよう訓練されてる剣士の速度に、凄腕って言ったって魔術師が敵うわけない。だからセルマ先生はあっさり腕と指を封じられ、身動きが出来なくなった。瞬きしたら地面に縫い付けられてるなんて経験は初めてしたって苦笑してたよ。うん、私も目覚めたら拘束されてたことあるけど、ああいうのってビックリしすぎてなかなか把握出来ないんだよね。私もゼルガ兄様にーって誘拐の件話したら、兄様しばくことになったらしい。や、あれは私の為でもあったんですよ?
まあ、そんな状態でも状況すら飲み込めてない先生たちは、とりあえず封じ封じられながらどういうことだ?と問いかけた。
「エント様とルーセル様が対面いたしました」
使者二人が口を揃えたこれだけで、二人とも事情を察知できる程にはエント様のことを知ってた。けど先生は、更に自分の師匠のことも頭に過って血の気が引いたらしい。師匠のことだ、ってルーセル先輩から聞いたような思考がありありと思い浮かんで、戻らない選択肢を選ぶつもりもないけど、ここでもし戻れなかったら自分の命も危ういかも知れないって思ったらしい。まさかそんなって言っちゃったけど、そんなにまさかの可能性じゃないところが可哀想すぎる。あの美声で、何故戻れなかった?って冷やかに聞かれたって想像するだけで私も恐い。副音声で妻が泣いているだろう、って聞こえて、だからこそ恐い。先生はルーセルのところに着くまでは、いっそ一思いに殺してくれ師匠ってずっと思ってたんだって。不憫すぎる.........。
妹に悪い虫はつけたくないけどここで行かせなかったら嫌われる、って葛藤するゼルガ兄様にさっさと退くように要求して、使者が乗ってきた馬と、居場所の情報だけ奪って駆けた。
ゼルガ兄様が複雑そうな表情をしてたらしいけど、結果的に今一番キュリーに好かれてるんだから良いと思う。
先生はルーセル先輩の居場所にはエント様の手の者の妨害があるだろうって予測して戦闘準備もしてて、ゼルガ兄様もキュリーに嫌われたくない一心で同じようにしてたんだけど、結局それは徒労に終わった。何となくだけど、私には「わたくしの側に寄るな!もう兄とも思えぬ.........顔もみたくない!」って叫んだキュリーが思い浮かぶ。エント様にはあったことないけど、他の兄様たちの様子を見る限り自分でいくことも、部下を差し向けることも出来なかったんじゃないかなあ。
拍子抜けしながら屋敷に到着した先生は、ルーセル先輩の様子に絶句したそうだ。
怪我自体は1つだけ。肩からお腹にかけてバッサリ斬られていて出血が酷く、もし反対側から、左から右に斬られていたら即死していたかも知れなかったらしい。医師が出血を抑える薬を常時点滴していて、魔術師が治癒をかけていたんだけど、傷が塞がる気配は無かったんだって。ルーセル先輩が寝かされていたベッドは赤く染まって、すがりつきそうになるキュリーを奥方様が押さえていた。これはセルマ先生も奥方様から聞いた話だけど、キュリーはその場で他の兄様が押さえていなければエント様に剣を向けていたらしい。奥方様は冷静で、そんなことを許したらルーセル先輩が助からないことをが分かっていたし、そうなったらキュリーが後を追うだろうって分かってたみたい。侯爵様にエント様を取り押さえさせて、二人と医師と魔術師をかっさらって逃げてきたんだって。
それのお陰かすぐに治療に入れた先輩だったんだけど、問題はエント様の使っていた武器だった。
侯爵様と子爵様は仲が良くって侯爵様の初めての子供であるエント様に、治癒しくくなる剣を作って贈っていた。独特の計算を使う魔術具の魔術で、しかも師匠さんが作ったものだったから普通の魔術師に解呪ができずに、まだ近くにいるだろうセルマ先生が呼び戻された。
セルマ先生がすべきことはルーセル先輩の傷を治す、或いは師匠さんが来るまでルーセル先輩を生かすこと。だけど出血量からして師匠さんが来るまでルーセル先輩が保たないだろうってことは、医師や魔術師、セルマ先生の総意だった。だから、セルマ先生は危険を承知で解呪することを決めた。
「ゼルガ、キュリーと夫人を別室へ。そのあとエントから武器奪ってこい」
真っ赤な目で震えるキュリーと、気丈に立つ奥方様をみて兄様は指示通り二人を連れ出していった。悪い言い方をすれば、邪魔ものを追い払うついでにおつかいに行かせたあと、部屋は戦場になった。
複雑な計算をしては、陣を分解して術を壊す。しかも直接かけられた魔術じゃないから、ここでいくら壊しても意味がないようになってたらしい。どんな鬼畜仕様だって話だけど、師匠さんが作った武器がえげつなくないわけがない。
一瞬陣が揺らいだ隙に魔術師に治癒を掛けさせ、徐々にだけど治していく。正確さとタイミングを緻密に合わせて行わないと術が反発するかもしれない中、セルマ先生は魔術師に指示を出しながら自分も魔術を構築しつつ解呪する。
何時間か後に戻ってきたゼルガ兄様はまたボロボロで、こっちも治癒が必要なくらいになってたけどルーセル先輩よりましだったから放置。
ゼルガ兄様っていう尊い犠牲を無駄にしないために、先生はすぐに剣とルーセル先輩の傷との繋がりを断った。ゼルガ兄様は生きてますよ?言葉の文ですよね?
更にルーセル先輩の傷に残った術を壊して、そこでやっとセルマ先生の役目は終わりだ。
言葉で言うとものすごい簡単なイメージあるけど、かなりの大仕事だよね。下手に手を出して、もしひとつでも間違えてたら、例えば別属性の魔術を発動させてたら、ルーセル先輩が助からないだけじゃなくその場に居た人間すべてが消し飛んでてもおかしくない。ここまでに兄様が帰ってきてから一日くらい経過していたらしいから、よっぽど集中してやってたんだろう。死を覚悟してたとも言い換えられるような気もするけれど。
あとは医師に任せて大丈夫ってところで魔術師はぶっ倒れ、セルマ先生もゼルガ兄様をある程度治したあと昏倒したらしい。
そのあと、先生は魔石の積まれたベッドで目が覚めた。ゼルガ兄様が言うには丸一日寝ただけで済んだらしいんだけど、ルーセル先輩は3日ほど意識が戻らなかった。戻っても大した受け答えも出来ずにすぐ眠るほどで、怪我を治癒するまでに時間が開いたせいでちょっと危険な病気にもかかった。血が減ってるせいで抵抗力も残ってなかったらしく、医師も、もしかしたらもう意識は戻らないかもしれないって示唆していたみたい。
病気だと魔術師に出来ることは皆無だったけど、エント様が止めをさしに来る可能性も捨てきれなかったセルマ先生は、師匠さんが着くまでは少なくともここに居るべきだって判断して残ることにした。ゼルガ兄様は、たぶんはっきりいったらルーセル先輩はどうでも良かったんだろうけど、キュリーにお願いされたんだろう。「ゼルガ兄上がわたくしの味方になってくださるのならば、心強い」とかなんとか。
結局、その心配も徒労に終わって、師匠さん到着までエント様がちょっかいだしてくることはなかった。
大体1週間後に着いた子爵夫妻は、いや、子爵夫人は、愛する息子の姿に激しく取り乱したんだって。
「本人がそんな状態だったから奥様が.........いや、うん。師匠を死ぬ気で止めたよ」
あああ。
セルマ先生はやれること頑張ったのに、それでも責める視線の師匠さんが目に浮かぶ。なんか、お疲れさまでしたって言うのも大変でしたねって言うのも違うよなあ。
思い出すだけで先生顔青いもん。下手に言葉なんてかけられない。
その時、タイミングが良いのか悪いのか極彩色だけど和風味付けの料理が運ばれてきた。
間の抜けた声で、女中さんが本日のおすすめですってテーブルに並べる。蛍光イエローの煮物っぽいものに真っ青なスープ。緑の野菜のサラダにはなんだか吸い込まれそうなほどドロッとしたオレンジと黒のマーブルドレッシング。メインのお肉には血みたいな赤いソースがからまって、ああ茶色い料理が食べたい。
「あのあとの師匠とルーセルは凄かった。命の危機と愛の力ってものは人間を成長させると痛感したよ。今のキーディア程じゃないが、あの年齢にしては早い速度で力をつけていった」
女中さんが居なくなってから、セルマ先生はまた話し出した。
「今では、そうだな。エント一人だけを相手するならキュリーと二人でいれば高い確率で勝つだろうな」
「そんなに.........」
そんなに強いのか、エント様。
二人で居ても高い確率ってことはまだ負ける確率は0じゃないってことじゃないか。ルーセル先輩から話を聞いたとき、私は "療養の必要はあるけど死ぬほどじゃない"状態にされるか、"怪我自体は大したことないけど精神的にキュリーと一緒に居られない"状態になることが考えられる最低だと想定したけど、もっと細かく砕いて最低レベルを引き下げておいた方がいいかもしれない。"死にそうになるけどなんとか治せる"レベルの怪我とか、"精神的にも肉体的にも痛め付けられてキュリーと一緒にいられない"レベルくらいに。
もう、どんどん命の危険を感じるようになってきちゃった。もしかして、ここ最近私の魔術の伸びが非常に良いのは、無意識に危険を感じ取ってたからなのかな。実力が着くのは嬉しいけど、その根拠がシスコンに殺されないためとか.........。いや、まあ貴族からの理不尽に抵抗できるようにって言い換えれば当初の目的をそう外れる訳でも無いんだけどさ。
「それに、今のキーディアの伸び具合なら少なくとも行事までには、パーティといる限りは大丈夫になるだろう」
「.........そうだといいんですが。今もルーセル先輩は修行中なんですし、せめて足を引っ張らないようにならないと」
やっぱり先輩たちは物凄いなあ。
動機なんて人それぞれだし文句をつける気もないけど、好きな人のために命をかけるなんて、私の中では物語でしか存在しないと思ってた。殺されそうになっても好きでいられるとか、本当に愛してるってこういうことなんだねって思わされる。
って、あれ?なんでこんな話になったんだっけ。
「.........それでな、俺は学園入学からルーセルの護衛になってたんだ」
ああ、そうだ。なんで先生が先生になったのか、だ。
「護衛って、でもルーセル先輩だって修行してから学園に」
「入学時点のルーセルでは、実力不足と師匠が判断したんだ。実戦経験も少なかったから、討伐隊に参加させるようにしたが、ただ行かせるだけではエントに襲撃の隙を与えるだけだろう?本当は学園に来るときには師匠が来る予定だったんだが、まあ奥方と離れられない人だから」
なるほどね。騎士の対人と対魔獣の訓練って全く別物だけど、確かに魔術師が実戦経験を増やすってだけなら好都合だ。どれだけ早く有用な術を編めるかっていう点だけを見れば、人間相手よりも魔獣の方が訓練できるかも。それに、これは私の予想だけど、対人訓練は実家で散々師匠がさせてるんじゃないかな。
でも、そこで魔獣を相手にしているときに背後から狙われたら元も子も無い。討伐に参加せず、後ろを守る存在としてセルマ先生は配置されたってことか。聞けば聞くほど、先生が不憫になるような.........。
「そこまではわかりましたけど、それがなんで先生になることに繋がるんです?」
「それは単純に師匠が実力を評価しただけだ。張り付いていなくてもなんとか対処出来るようになれば、いざというときに駆け付けられる位置にいれば問題ないからな」
「傭兵にはもう戻られないんですか?」
「ん?いや、俺は臨時教師だぞ?.........自己紹介で言ったんだが、聞いてなかったのか?」
.........確か黄色い悲鳴に邪魔されて、名前しか聞き取れなかったんだっけ。そう言えば、セルマ先生の名字って知らないな。ここまで親しくさせてもらっておいて今さらだけど、スッゴい失礼じゃない?これって。.........しらばっくれよう。それで、あとから誰かに聞こう。
「あー.........そうでしたねえ」
「聞いてなかったんだな」
えー。
私ってそんな分かりやすい癖ほんとにあるの?
最後に宣伝。
中編くらいのお話を投稿しました。
もしよければ見てやってください。
ネタが思い付けば連載になるかもですが、一応完結しております。




