第十九話
「キーディア.........いつもそこで立ち止ってるが、何か意味があるのか?」
いえ、特に意味があるわけでも無いんですが。
そう言えば二人きりって新年以来だなあとか、やっぱり色気半端ないよなあとか、お陰で集中できないじゃないかとか、色々ぐるぐる考えちゃって足が動かなかっただけで、何か意図があってそうしてる訳じゃない。
もう何度めかのセルマ先生の個人授業なのに、やっぱり毎回同じことしてちゃセルマ先生だって不審に思うよね。
一昨日に出た課題と、今日やる分の魔術書を鞄から取り出す。
セルマ先生が課題と交換に範囲を告げてくるから、私は先生が採点してる間黙々と計算を解く。で、採点が終わり次第間違った問題、分かりにくい問題の解説をしてもらって、今日の分の勉強に移る。予習がてらさっきまで解いていた問題を見つつ、魔術構成、魔力の流れ、陣への変換とか細かいところまで指導が入る。そのあと少し休憩を挟んで、最初の指定範囲までを同じように教えてもらったら、今日教わったことを一通り順に実践してみて体に覚え込ませていく。
魔術書の量を見たセルマ先生が、一番最初に言ったのが、6倍にしないと間に合わない、って不吉な言葉だった。妙にリアルな数字で、何が6倍なんだろうって不思議だったけど、最近の予想がついてきてしまったんだよねえ。これ、たぶんルーセル先輩がやったときの6倍のペースで教えられてるんじゃないかなって思う。そこまで厚くないっていっても魔術書一日最低3冊叩き込まれるってどれだけ切羽詰まった受験生なんだよ。っていうか、私が一日3冊やってルーセル先輩の6倍ってことは、先輩は一日1冊もやってないってことになるよね。いや、いいんだけど何か理不尽だわあ。
まあ、そこの不平等感は仕方ないとしても、最近の私は魔術を使うのが、勉強するのが楽しくて仕方ない。今までの私の魔術って基本的に魔術書をそのまま使った計算してたし、ほぼ全て独学っていって過言じゃなかった。だから、計算式とかがやたら長かったり回りくどかったりで、持ち前の計算の速さと陣の単純さで無理矢理実戦でも使えるレベルに押し上げてた。けどセルマ先生に教えてもらうようになって、計算ごとの簡略化とか陣を描く時の魔力移動のコツとかそういう豆知識的なものも吸収できてきてる。それに新しい魔術の完成速度も今までの比じゃなく早いから、すごいスピードで成長できてると思うんだよね。
師匠が居るってこういうことなのかなって思いながらも、師匠がいる他の人は何でもっと努力しないんだろうって考えた。セルマ先生が特別分かりやすい教え方が出来るんだとしても、聞けば教えてくれる存在って言うのは貴重だ。そういう人がいるならもっと質問していって、自分を見てもらわなきゃもったいない。あーでもこれは、もう前世含めたらアラフォーだからこんな風に思うのかなあ。.........もったいないは世界共通の単語だったんだから、アラフォーとか関係ない、関係ない。
その辺は置いといて。
今日教わった術の計算を頭の中でなぞりながら、ゆっくり発現させる。
覚えたばかりだけど、使い方のコツを会得してからは、計算につまったり解を間違えて発現しないっていうことはほぼなくなった。
滑らかに陣を描いて、薄暗い闘技場に色とりどりの光が溢れる。我ながら良い出来かも、と自画自賛すらする余裕もあって、調子よすぎて逆に怖いくらい。
最後の1つが無事正常に発現したのを見届けて、闘技場はまた薄暗くなった。
「.........相変わらず、キーディアはモノにするのが早いな。今のところ今日までに教えた術は、討伐演習で使っても大丈夫だろう」
一通りの術をためし終わったあと、セルマ先生からお褒めの言葉を貰った。
まだまだ演習までには時間があるけど、ここまでのお墨付きを貰えたなら実戦に足るってことだと思う。あとは私の心の持ちようだったり、いかに使いこなすことが出来るかってことだ。
って、あああ。
ちがう、もう毎回毎回確かめようと思ってるのに、どうしても忘れちゃうんだよねえ。集中できないとかいいながら、オタクな私は教室に入っちゃったら魔術しか見えなくなる。いつも寮に帰ってからあっ!.........てなるのを考えたら今日は早めに気付けてよかったけど、それはそれで気まずくて聞きにくい。
6年前、私を助けてくれた魔術師はセルマ先生ですか?
それだけ聞ければ、それで済むのに何で言えないかなあ。
ルーセル先輩が、あのひと=セルマ先生って言ってたし.........え、言ってたよね。
あれ、言ったとしてもその根拠って、何?.........確かに、私はルーセル先輩たちにあの人のことを喋ったけど、だからってそれだけじゃイコールで結び付くはずない。どうしてそうだと分かったんだろ。根拠がほんとに思い当たらない。
ってことは、そもそもこれはルーセル先輩の勘違いってことにならない?そうだとしたら、下手にさっきみたいな質問出来ないよね。恥ずかしいし。
でもなあ。私があの人の弟子になりたいって言ったのは、覚えてる限り新年の実験のときだけなはず。あの時の様子からして、ルーセル先輩はこの仮定に、あの時点でもかなり確信を持ってたんだと思うんだよね。セルマ先生の前で、仮定した未来を私は喋らされた。弟子入りして養子にしてほしいって答えたような気がするんだけど.........。あの時のセルマ先生の様子ってどんなだったっけ。あのあとのお色気先生が衝撃的すぎて全然覚えてないんだよねえ。思い出せれば、もうちょっと参考になったと思うんだけどな。
あのひとが先生かそうでないかは、やっぱりまだ保留かなあ。ちょいちょい情報を聞き出しつつやっていこう。ルーセル先輩の兄弟子だし、信用できないことは無いんだけどねえ。なんだろ、よくわかんないけど聞きにくいや。いっそのこと断言してくれてたら、私もすっぱり聞ける気がするのに。もう、先輩も中途半端に情報渡すのやめてほしい。
そういえばセルマ先生ってどうして魔術師になって、どうして先生やってるんだろ。ゼルガ兄様とペアなら、傭兵だったんだよね。きっと。
先生が来たのって、確か私が3年の実技に参加した日と同じだった。回りがきゃーきゃー言い過ぎてて、自己紹介とか何にも聞こえなかったんだよね。あの時.........そうだ、ルーセル先輩は今日からなのは幸運だって言ってたような。意味がわからなくて逆に覚えてたけど、それをさっきの話に結びつけるのは安直?あの言葉が、私が幸運ってことだとしたら。
うわ、だめだ。さっき保留ってことにしたのに、思考がループして離れられない。
どうしたら、セルマ先生に気付かれることなく上手いこと確信に迫れるかなあ。
「キーディア、どうした?」
「あ、いえ。何でも」
「そうか?」
恥ずかしくても聞いちゃうべきなんだろうか。間違ってたら間違ってたで、何とかなるような気がする。モヤモヤが解消されるなら一瞬の恥なんて何てことない。考えてたことなんて、確かめない理由には到底ならないことばっかりだし、一言だけ、たった一言聞くだけで良い。
「セルマ先生は」
口に出せば、分かるのに。
「どうして先生に?」
何で私は、確かめることを躊躇ってるんだろう。
「おすすめを2つ」
去年、ケーン先輩と出会った頃に3人で行ったお店に、今日は先生と二人.........って何がどうしてこうなった。
口をついて出た質問に対する答えは夕飯食べに行こうってお誘いで、流されるまま返事して着いてきた先がここだった。確かに美味しかったんだよねえ。意外にお高いからあんまりこれないけど、昔懐かしい日本の味っていうか、醤油風味の味付けが多い店で最初は驚いた。ただ、見た目が蛍光色の緑とかオレンジとか青とかだったりするから、未だに違和感が拭えないんだけど。この味付けなら茶色ければ言うことないのに、どうしてそうカラフルになるのか。この世界ってカラフルにしたがる気がする。あの人形だってどう考えても茶色が一番しっくりくるし、ここの料理だって茶色のあの素朴な感じが美味しそうだと思う。ああ、カレー食べたい。
先に頼んでいた飲み物をちびちび飲みながら、まだ料理すら置かれてないテーブルを眺める。
ここがもっとオープンな店ならあまり気まずくもなかったんだけど、個室だからなあ.........!何か喋んなきゃって思うのに沈黙するしか出来ない。セルマ先生も何故か何も言わないし、生徒としてはやっぱりいろいろ盛り上げるべき?けど、盛り上げるったって、なに話せば盛り上がるのさ。
うう、沈黙が、沈黙が痛いっ!
本日はお日柄もよく.........は、さっきまで勉強教えてくれてた人に言うことじゃないし。
ご趣味.........は今聞くことじゃない。
庭の散歩.........夕焼けの道を二人で歩いてきたけどね!
「あー.........俺が教師をしてる理由だったな」
私の思考はぶっ飛んでたから、セルマ先生が話し出してくれてほっとした。
握っていたグラスを置いて、先生を見つめる。こういう真面目な話ってちゃんと聞く姿勢整えないとね。真面目な話はね。一応ね。何か情報があるかもしれないし。
「本来なら俺は傭兵だったんだよ、ゼルガと一緒に」
「ゼルガ兄様と」
「師匠に弟子入りして学園に入って、正直軍人って言うのがしっくり来なかった。かといって自分に出来ることは師匠に仕込まれた魔術だけ。だから、学園でペア組んでたゼルガを強引に誘って傭兵になった。今思えば、あの侯爵家の次男がよく誘いに乗ったと思うが、あいつはあの家の人間としては変わった性分なんだろうな」
やっぱり。予想が当たった。
んーでも、何となくゼルガ兄様が誘ってって想像してたけど、セルマ先生からだったんだ。まあ、非常時以外のゼルガ兄様に強引になれるメンタルがあるなら、そもそもへたれなんて呼ばれないか。
「話の腰を折っちゃいますけど、セルマ先生っておいくつですか?」
「ん?28だが.........どうかしたか?」
うん、まあ何でもないんですけどね。
12歳差かあ.........微妙だなあ.........。もしセルマ先生があの人でもこの差じゃ養子は厳しいよなあ。あ、うん、あのひとだったら。もしかしたらの話。
セルマ先生は不思議そうな顔をしてたけど、無言で促す私に答えないことが分かったんだろう
「話を戻すが.........もともと師匠夫婦が住む屋敷に居辛かったし、学園への入学も半ば逃げだったんだが、そこでやっと夫婦とは師匠夫妻が普通じゃないと理解してな。世界は広いと思ったよ」
しょーもなっ!
セルマ先生にだってご両親は居るでしょうに。あー.........でも、片親だったりすると普通は分からないものなのかな。彩音の記憶があるからなあ。この世界で彩音の親が平均だったらだけど、そうじゃなくてもたぶん、あの二人は変だってことは分かる。
「さっき話したように軍人になる気はなかったから、卒業したらすぐ国を出た。ゼルガといろんな国を回ったんだ」
「なんか、凄く頼もしい新人傭兵ですねえ」
この二人が組んでるなんて、侯爵様と師匠さんが結託して攻撃してくる以上のことじゃなければ大丈夫そう。あの二人のタッグは災害だって聞いたことある。侯爵様なんて地面を割るらしいよ。
ポロっと言ったら先生は、そうでもない、と苦笑しながら否定した。
「ゼルガも俺も、無駄に力はあるくせに応用が聞かない木偶でな。最初は依頼も満足にこなせなくて、ギリギリ死ななくてすんだって言うくらいの経験を何度もした。詳しくはまあ.........止めとくが」
「うわあ.........」
そんな死にそうな顔で言われたら聞けない。
「.........で、それなりに修羅場も潜って安定して依頼もこなせるようになった頃に、この大陸の国は全部回りきったから、別大陸にでも行ってみようかって考えてたんだ」
それはまた、スケールの大きな話だ。
っていうか、ゼルガ兄様もいく予定だったのか?あの人の仕事、各国の様子情報を集めることだったはずだけど、良いのか?
「どういうルートで行くかって計画しているとき、ある事件が起こった」
「事件?」
何か情報が得られるかな。
「.........ルーセルが殺されかけたんだよ」
へ?




