第十三話
『昨日はごめん。兄さん、ディアも』
いえいえ。
「いや、お前にもどうしようもないのは分かってる」
『.........ありがとう。ディアも気にしなくていいからね。キュリーに手紙とか、送らなくていいから』
すみません、もう送っちゃいました。
とはさすがに言えなかったから、黙ってるよ。セルマ先生のアドバイスに従ってキュリーに口止めもしといたからまあ大丈夫だよね。共犯のはずのセルマ先生の微妙な顔がこっちを向いてるけど、とりあえず首をふっておく。
「ともあれ、実験は成功だな。あとは国外に出ても使えるかが問題だが」
『その点は問題ないみたいだよ。ゼルガ様が実験に付き合ってくださったみたいで』
「師匠は.........またひとのペアを良いように使って.........」
『効率重視なのだよ、セルマ』
「居るなら居ると言ってください」
うわビックリした。
師匠さんは、とってもいい声の持ち主だ。低いバリトンヴォイス。だけどあんまり喋ってくれないんだよね、笑顔だけで要求を通すひとっていうか。しかも美形だから始末が悪い。
まあ、師匠さんはたぶん話を振られなきゃしゃべらないと思うから放置して、それよりも私はセルマ先生のペアがゼルガ兄様だった方に驚いたよ。
ペアっていう概念は学園でのもので、実際働いてる人でペアっていうパートナーを作ることってまずない。討伐隊でも固定のパーティはあっても、その中で誰と誰がペアなんて決まってないみたいだし。ペアがいるひとは学園出身者っていうのが暗黙の了解だけど、基本的に卒業したら軍属になるから自然と解消されるんだよね。ん?ゼルガ兄様は傭兵してるのに、何でセルマ先生は先生してるんだろ。
セルマ先生と師匠さんで口喧嘩みたいな言い争いをしはじめて、ときどきルーセル先輩も混じって術具の構成についての話し合いになった。正直術具の研究についてはさっぱり分からないから、話は右から左に抜けていく。.........これはあれだ、興味ない授業を受けてる気分。
そういえば院長先生の見合い攻撃、セルマ先生が来てから止んでて助かってるなあ。勘違いしてるよね、間違いなく。でもそのお陰で休日が平穏になるなら、敢えて訂正はしない。とはいっても、冬の休みにはまた再燃するだろうから今のうちに手を打っておきたいわけなんだけど、嘘とかはつきたくないしなあ。あー.........あの人が軍属だったら、傭兵ほど見つけられない訳じゃないのに。弟子入りついでに養子にしてくれないかなあ。
『ディアだったらどうやって改良する?』
「はい?あ、うーん.........2つ1組じゃなくてひとつにしたいですよね。1個で送信も受信も出来るほうが便利です。それに、これって対にしか作動しないですよね?私なら、一個の術具で誰とでも話せるようにしたいです」
「複数で、ということか?」
「いえ、1対1ですよ。うーんと.........それぞれの術具が識別出来るよう印をつけて、誰と話すか選べるようにするんです」
ケータイみたいに。
これで通じればいいんだけど、当たり前にあったものの説明って難しい。複数で通信したいならお互いに盗聴しあってる今の状態のほうがいいよね。突然聞かれて驚いたけど、電話みたいに思ってたからこのままそういう路線で提案しよう。
「これは1つで送受信できるようになれば、の話ですけど。例えばセルマ先生が持ってる術具を1、ルーセル先輩のが2、私のが3だとして。セルマ先生がルーセル先輩と話したいって思ったときは1を選択すればルーセル先輩の術具が、2を選択すれば私の術具が作動するっていうにしたいんです」
「そうか。それだと個別に呼び出しが可能だな。それに今の状態では対の術具がある所にしか作動しないが、1つでどちらも出来れば持ち運んでいれさえすれば場所はどこでもいい.........」
『そんなに大きくないものだしね。.........あ、今師匠が猛烈な勢いで計算してるよ』
うん、スッゴいガリガリ書いてる音が聞こえますよ。
「とりあえず、実験は成功。改良の余地ありってことでいいな」
『この状態になったら長いしね、師匠。そっちまで行かせてごめん、兄さん』
「それはかまわない。お前も大変だっただろ」
『.........まあ、ね。それより!キーディア、勉強は進んでる?』
「え?はい。今は3属性の同時撃ちと追尾魔術を練習してます」
「それは3年以上で習う上級魔術のはずだが.........」
『暇潰しに僕の本を貸したんだよ。思ったより進んでたけどね』
「いやあ.........院長先生の見合い攻撃に耐えかねて、集中してたらいつの間にか」
ある意味院長先生のお陰だよね。
今の私の修得スピードは入学した後の6ヶ月なんて比じゃない早さだもん。後ろから刺さる視線と、目にはいるように置いてある結婚相手候補の詳細情報に気付かない振りを決め込むなら、何かに集中してたほうが都合がいい。そこにちょうどあったのが勉強って逃げ道だった。彩音だったときは勉強には逃げ込まなかっただろうけどね。大体16で見合い結婚を勧められてみないとこの気持ちは分からないかもしれない。
『何?ディア結婚するの?』
声色から察するに、ルーセル先輩は今、とても楽しそうな顔をしてるに違いない。セルマ先生は逆に青ざめてるけど、え、本当に尋常じゃない顔色なんだけど。
「しませんよ。この年で結婚とか考えられません。相手がいないなら正直一生独り身でもかまいませんし」
『えー.........ディアの結婚式見たいのに。に、ケーン君とかはどう?』
何でマッグケーン先輩?
「マッグケーン先輩は.........あんまりそういうの感じないですけど、実は物凄い身分差あるじゃないですか」
『うーん。そういうの考えなかったら?』
「そもそも好みじゃないです。お友だちでいたいタイプですね」
『うわ、ばっさりだね。じゃあどういうひとならいいの?』
「師匠さんとかですかぅきゃあ!」
あっぶな.........!
セルマ先生、正面に座ってて紅茶噴くのは勘弁していただきたい。軌道は微妙に逸れてて、私のすぐ横を通っていったけど、さすがに飛沫が飛んできた。
うえー、これはちょっとどうなの。めっちゃ咳き込んでるしわざとじゃないと思うから、怒らないけどさ。でもたぶん大笑いしてるだろうルーセル先輩の代わりに、術具は睨んどこう。効果なんてあるわけがないんだけど。
仕方なく雑巾を持ってきて、ある程度水分は吸いとった。染みとかになるかな。まあ、なったらセルマ先生に請求しちゃえばいいよね。
「わ、わるい!かかってないか!?」
「大丈夫ですよ。先生も大丈夫ですか?」
「あああ。その、そ、それよりもだな。あー師匠がいいって、し、師匠は既婚者だか、だから」
あが一個多い。
しかもちょっと、どもりぐせが再発してる?あ、動揺してるだけかな。そりゃそうだよね、生徒に向かって紅茶噴きかけかけたんだし。うわ、噛みそう。
「好きとかそう言うんじゃないですよ。好みの話なら師匠さんみたいな人がいいなって」
『ぶぐっ.........へ、変人が、いいって、こと.........?』
「変人は.........あんまりお呼びじゃない感じですけど」
「師匠以外なら、どんなやつがいいんだ?」
「正直あんまり考えたこと無いんですよねえ」
『ぶくく.........例のうくっ、あ、憧れてるひとは?』
あー、ルーセル先輩たちは知ってるんだよね。討伐隊で私があの人の聞き込みしてたの知ってるから。
黒いフードを被った魔術師ってだけじゃ見つかるわけないって、詳しく喋らされたしね。無茶なのは分かってるんだよ?あのときはまだ魔術なんて使えなかったから、あの人の陣なんて知らないし.........。フードで顔も見えなかったから、どうやって見付けるつもりなのって呆れた顔で聞かれたっけ。
でも妙に確信してるんだよなあ。あの日と同じ魔術を見れば、あの人かどうか分かるって。
私の頭に焼き付いてる記憶は、彩音の最期とあの魔術だ。消えない映像の中でも陣は見えないけど、どういう構成をしているのかは理解できる。
こういうとなんか私、恋してるみたいだよね。
「憧れてるひと?」
「ああ、はい。えっと今から6年くらい前に、孤児院の仲間3人で居たとき魔獣に襲われそうになったんです。その時に助けてくれた魔術師のことなんですけど」
「知ってるのか?」
「知り合いかどうかってことですか?全然知らないひとですよ。出来ればもう一回会いたくて探してるんですけどね。私が魔術師になったのも半分ぐらいはその人への憧れです」
え、ちょっと、尋常じゃなく赤いんだけど大丈夫ですか?顔だけならまだしも手まで真っ赤だし、カタカタ震えてる。
私、今赤くなるようなこといった?
あ、でもさっき紅茶噴くくらい咳き込んでたし、熱があるってことも考えられる。ミュゼ子爵領地よりこっちの方が格段に冷え込むしね。今季の風邪は一気に熱が上がるから、確かにこうなる可能性も高い。
「それで.........その憧れのひとに会えたら.........」
「え?いや、それよりも風邪を引いたんじゃないですか?大丈夫です?」
『兄さんは大丈夫だよ。それで、その人に会えたらディアはどうするの?』
兄弟子に対して酷だね、先輩。
見えてないのに断言ってなかなか出来ることじゃない。っていうか、そんなに気になるものかなあ。
「えー.........とりあえずお礼をいって、出来れば弟子にしてもらいたいです」
『弟子?ああ、だから師匠の申し出断ったんだね』
実は師匠さんに弟子にならないかって誘われたことがある。
ルーセル先輩と知り合ったばかりの頃に紹介されてすぐに、だったんだけど断っちゃった。そこで弟子入りした方がいい選択だったとは思うけど、インプリティングっていうのかな?どうしてかあの人がいいなあって思って、気が付いたら断ってたんだよね。気を悪くしないで、師匠ではないがお父様と呼んでくれって言われたときは面食らったけど嬉しかったなあ。さすがにお父様は無理だったから、師匠さんと親しみを込めて呼んでるけども。だって、お父様って、キュリー専用でしょ?みたいな。
『で?』
「で?ですか?」
『うん、それだけ?弟子入りしたいだけなの?』
「ええー、それだけって.........うーん.........あ!養子にしてもらえれば嬉しいです」
ぼすって音をたてて、セルマ先生が椅子に突っ伏した。
え、熱が上がりすぎて倒れた?あ、なんかぶつぶつ言ってるからそれはないか。
ぶつぶつ言ってる内容は私には聞こえない。けど優秀な術具はその声をも拾えてるようで、ルーセル先輩がまた笑い出す。
『まさか.........そんな斜め上、予想出来ないよ』
「.........」
『や、そんなことはないと思う』
「.........」
『それはもちろんだけど、限度があるよ?』
スッゴい疎外感なんですけど。
なんだろう、さっきも3人の話を聞き流してるときは感じなかったのに。友達が目の前で耳打ちしあってるみたい。十中八九自分のこと喋ってるのに、こっちは分からないから知らないふりしてるしかないんだよね。大体が聞かない方が良い内容だったりするし。
私はカップを持って部屋を出た。先生の紅茶はカップには残ってないし、私も飲み干してしまった。秘密の会話がしたいなら帰ってからすれば良いのに、それをしないってことはルーセル先輩は私にも話したいことがあるんだろう。それでも一言言ってくれれば部屋を出るくらいはするのにね。ルーセル先輩らしからぬ空気の読めなさだなあ。
戻ったときセルマ先生はちょっと青ざめているけど、ちゃんと座って話していた。まだ早かったかなって思ったけど、紅茶は持ってきちゃったしせめて置くだけなら良いでしょ。さっさとお茶を置いて、さっさか出てって扉の外で時間潰そう。
『ごめんねディア。一言言っておけばよかったね』
「すまない。少し取り乱していて.........風邪は引いてないから大丈夫だ」
むう。タイミング良いなあもう。
踵を返した瞬間に、二人は声をかけてきた。別に謝ってもらいたい訳じゃなかったけど、なんか態度に出てたのかな。ちょっと気まずくて、私も謝罪する。
「私こそ空気が読めなくてすみません。お話、終わりましたか?」
『うん。ありがとう。それでね、ちょっとディアに頼みがあるんだ』
「頼み、ですか?」
何だろう。
ルーセル先輩が改まってしてくる頼み事は、困難か簡単かの2極端にふりわけられる。
出来ることなら断るって選択肢は無いわけだけど、簡単だといいなっていうのが正直なところでもあって、こう、微妙な気分だなあ。
『あのね、学校はじまるまで』
「ちょ、やめ」
セルマ先生は何故かあわてて術具を停止させようとしたけど、その動きよりもルーセル先輩の口の方が早かった。
『それまでセルマ先生、そっちで預かってくれる?』
「え?ああ、はい」
いや、はい?




