第十二話
この世界は、女だからと言う理由で制限がかかることはあまりない。
結婚についてもそれは同じで、適齢期は男女ともに成人から二十歳くらいまで。例外はあるけど、それを越すとやむを得ない理由がない限り結婚相手は見つかりにくくなる。
このやむを得ない理由に、学生だっていうのは入らないんだろうか。
この3日間、私は院長先生からおすすめ結婚相手の話をスルーしまくっていた。最初はまだ普通の男の人だったけど、ここまで来るとネタが尽きるのかイロモノばっかになってきた気がする。
「肉屋さんの奥さまが、お嫁さんは獣をさばける人がいいって言うのよ」
まあ、捌けるけどね。
「魚屋さんの息子さんが、お嫁さんは若い娘がいいって婚活中なのよ」
40目前のセクハラ親父ね。
「八百屋さんの店主が、お嫁さんは体の丈夫な女の子がいいって探してるのよ」
ああ、あそこの息子は貧弱だったな。でも確か男色って有名だった。女を宛がったら可哀想だよね。
「もう!キーディア?どの人なら結婚するのよ!?」
「どの人ともまだしません!」
せめて私を好きだって言う理由の相手はいないのか!?
いや、いても困るんだけども。
私はまだ結婚する気なんてない。学生っていうのもそうだけど、10代で結婚とか早すぎるって真面目に言いたい。私の感覚では20代後半くらいがベストなんだよね。晩婚化の進んだ所の記憶があるから、院長先生の熱意についていけないよ。この世界の適齢期は知ってたけど、今までうまく順応してたからまさかこんな問題にぶち当たるとは思わなかった。やっぱり人生、問題に直面してみなきゃどうなるか分かんないね。
でもそう言えばキュリーとルーセル先輩は婚約してたな。マッグケーン先輩も婿入りがどうだの言ってたし。.........うん、でも好きな人すら居ないのに結婚なんて考えられないよね。私は恋愛結婚に憧れてるんだ。
っていうか、同い年の孤児院仲間が結婚したからって、普通こんなに結婚させたがるものなのかな。心配なのもわかるけど乗り気じゃない結婚しても上手くいかないと思う。.........ああ、彩音の叔母さんはお見合いを成功させた数76!て自慢してたけど、そういう人だったらあり得るのか?
「院長先生、私はまだ学生ですし、結婚はしません。今は勉強が楽しいんですよ」
「今は良くても将来的に困るかも知れないでしょ?.........方法は少ないのだから、早い方がいいわ」
院長先生は、いつもは思いっきり苦い顔をして出ていってたんだけど、3日目にしてはじめて、会話の終わりにヒントをくれた。
そっかあ。
孤児が姓を得るには2つ方法がある。養子にはいるか結婚するか。年齢的に、私が養子に入るのはほぼ不可能。いやでも、学園での成績を維持できればミレス伯とか他の貴族が.........あり得るけど扱いはほぼ私兵だろうなあ。うん、それは嫌。
つまり、私がキーディア・○○ですって名乗れるようになるのは結婚したあとになる。けど、学園は20まで通うし、適齢期はちょうど過ぎてしまうわけだ。常識的にその年齢になって結婚相手を探すのはキツイだろう。それを院長先生は危惧してるわけね。
確かに学園でも平民が多い騎士科とかはもう結婚してる人がいるし、魔術科で同級生は確か誰も結婚してなかったはずだけど、貴族は在学中は婚約期間らしいしね。
考えてみれば意外と納得してしまう院長先生の熱意だけど、それで結婚するかは話が別だ。
正直、出来ないならそれでいいと思う。気楽にお一人様ライフを送れるだけの術は、今まさに勉強してるわけだし、努力もしてる。無理に結婚してやりたいことが出来なくなったらそれこそ最悪だ。そこまでして名字がほしいかって言われたら、欲しくないかな。
結局私は、院長先生に心配をかけさせてるんだなあ。たくさんの孤児を見守ってきた人だから、色々あったんだろうし、これから孤児ってことで何が私に起こるかもある程度予測してるんだろう。
うー、申し訳ない。申し訳ないけど結婚は、無理だなあ。
私には大丈夫だって言える根拠がどこにもないから、院長先生を納得させられない。ってことは結婚しない限り院長先生を安心させられないってことだ。
私は、ルーセル先輩から借りた魔術書に集中した。この3日間でかなり効率よく吸収できてる。
現実逃避なんだけどね。解決策は今の私には思い付かないから、仕方ないって思おう。
年明けの鐘がなり、新しい年になった。
珍しく雪が積もって、辺り一面銀世界。
1日目の夕飯は毎年ちょっと豪華になるから、寒いって言うのに子供たちもものすごいうきうきしている。
「きょうのごはん、なにかなあ」
「分からないけど、きっと美味しいよ。楽しみだね」
「うんっ」
「別にたのしみなんかじゃねーよ」
「えーそうなの?だったら私にくれる?」
「えー!?キーディアずるーい!」
「ばっ!だれがお前なんかにやるかばーか!」
素直じゃない子もかわゆいわ。
今、私は魔術の訓練がてら子供たちと遊んでる。ルーセル先輩の本は、実技面で言うなら今の私にちょうどいいんだよね。知ったら使いたくなるのが人の性だけど、ここで攻撃系の術を使うわけには行かないから雪だるまとかまくらを作ってみた。
雪の属性と風の属性を組み合わせて、自動的に雪玉を大きくさせて、重力の属性の応用で2つをくっつけて起立させる。飾りつけは子供たち各々にやらせてるから、なかなか個性豊かな雪だるまたちが出来た。
かまくらはちょっと複雑で、まず、同じように雪玉を作る。大きさは倍以上だけどね。それを加減しつつ重力の属性で押し固めて、火と氷の属性の組み合わせで中をくりぬきつつ重力の属性で押さえればかまくらの完成だ。ついでに内側に結界を固定して壊れても中は守られる仕様。ちなみに、実戦で使えるかはともかく3属性までなら同時撃ちが可能になったんだよ。
自慢は置いといて、私はそのなかでやって来る子供たちを相手にしつつ、雪だるまの完成を眺めてるわけだ。
「キーディア」
「ん?あれ、勉強?」
外で遊んでいるのは10歳以下の子供だけ。それ以上の子は今は宿題の時間だったり、働きに出ている。
実は学園に入学する前、読み書き計算以上の勉強を教えられる教師の派遣をミレス伯に頼んであった。それまでは私が教えてたんだけど、入学したら無理だし。もしかしたら閣下のお眼鏡にかなう子がいるかもしれませんし、先行投資としては安いですよって説得したんだよねえ。
月に4回教師が来て次までの宿題を出していくみたいなんだけど、さすが本職。それだけでもちゃんと身に付くようなカリキュラム作ってるんだろう。私がやってたときより格段にレベルが上がってる。もう働きに出ている子も出来るだけ勉強できるように院長先生が調節してるみたいで、全員がちゃんと必要な教育を受けれてるみたい。
「ここ分からない。どうしてこうなるの?」
「ああ、ここはーーー」
うん、学力だけで言えばそこらの平民より高いかもしれない。
グッジョブっていうべきかやりすぎって言うべきか.........。
まあ、身に付いてて損になるようなことでもないよね。意識の面では院長先生が教育するだろうし、大丈夫だよね.........?
「キーディアー!お客さんだってー」
「私に?伝えてくれてありがとね」
またかまくらの中で雪だるまが完成するのを見てたら、中に戻るように言われた。ここに来るようなお客さんなんて、誰か居たかな.........?まさかお見合いってことはないよね?
呼び出しに来た子は雪だるまにビビりつつも興味津々みたいで、視線が外れない。あ、違うな。怖くて目がそらせないだけだ。確かにところせましと並んでるし、ちっちゃい子達が作った顔だからか物凄く前衛的だ。ライトアップしたら私だって夢にみそう。押し寄せてくる雪だるまの大群?うわ、よし。雪だるまは夜になるまでに壊そう。ごめんね、子供たちよ。
それにしても、新年の1日目からお客さんなんてよっぽど急な用事なのかな。
ほんとにお見合いだったらどうしよう。いや、だったら寮に帰ろう。雪をざくざく踏みしめて出来た道を、滑らないように歩く。もう慣れたから走ることもできるけど、逃げるときに焦って転けることも考えたら溶かしとくべきか?あ、溶かしたらすぐに凍ってもっと滑るや。飛ぶ、には風と重力とあと何属性必要だったっけ。ああ、これじゃ途中で落ちるかもだから使えない。
「キーディア、お客さんがいらしてるわよ」
いつの間にか孤児院の入り口についてた。玄関先で待っててくれた院長先生が、白い息を吐きながら招き入れてくれる。え、これ、ほんとにお見合いだったりする?
「院長先生。誰ですか?」
「初めて見る方よ。キーディアの知り合いだと言うから、応接室に通したわ」
ちょっとびくびくしながら、ついでに逃走経路も確保しつつ聞くと、どうやら院長先生の知ってる相手ではないらしい。私の知り合いならお見合いってこともないだろうけど、何でこんなにうきうきしてるんだ?
「今はお一人で待っていらっしゃるから、早くいって差し上げて」
「え、あ、はい」
思うより強い力で押し出されて、たたらを踏みながら私は応接室を目指した。
そう言えば、結局誰なのか教えてもらってないな。まあ、こんな日に突然わたしを訪ねるなんてあの3人のうちの誰かだろう。キュリーならただ会いに、ルーセル先輩なら実験の関係、マッグケーン先輩は読めないけど、ゼルガ兄様の稽古からから逃げてきたとかあり得そう。逃げられたらの話だけど。
応接室の扉をノックすると、がたっていう物音が返ってきた。
ちょっと首を傾げつつ待ってみるけど返事はない。
うん?
誰かいるのは分かるんだけど、私にはキュリーみたく気配で誰が居るとか判別できないからなあ。開けてもいいんだけど、思ってる人じゃなかったら不味いし。もう一回ノックしたら、ああ、っていう短い返事が返って来た。
「失礼します」
応接室には、養子を探している貴族が来たりもするから、調度品はほかの部屋より多少良いものがおいてある。出す紅茶もそれなりに良いもので、部屋に満ちている薫りはたぶん紅茶のものだと思う。そこまでは、私の頭でもすんなり納得できた。
「ええと。何でここに居るんですか?セルマ先生」
さすがに貴方が来るとは思わなかったです。
しどろもどろに話すセルマ先生を宥めて落ち着かせて聞き流して、聞き出した理由は予想通り師匠さんの実験の件だった。
前に使った聴音の術具の使える距離を伸ばしたので、ここでも使えるかは試すのが今回の目的。どうせならルフェダオスの寵児の意見も聞きたいってことで孤児院を訪ねたそうだ。私としてはそういうの無理っていうか、力不足だからやめてほしいんだけどね。
聴音の術具は2つ1組で、今回セルマ先生は受信するものと発信するものを1つずつ持ってきていた。それぞれの対は師匠さんが持ってて、一応会話も出来るらしい。すごいよね、これ、電話の発明ってことでしょ。電気使ってないから電話じゃないけどさ!
実験時間は今日の午後。最初の連絡は向こうからしてくるようなので、私たちはお茶をしながら待っていた。向かいに座るセルマ先生が、気まずそうに声をかけてくる。
「本当、突然ですまないな。俺もまさかここまで応え.........実験で来ることになるとは思わなくて」
「もうそれは、大丈夫ですよ。気にしてませんから。ですけど、そう言えばどうしてセルマ先生がこちらに来ることになったんですか?」
こういうのは弟弟子が来るもんじゃなかろうか。私ともパーティ仲間だし。
「いや、師匠の奥さんがな。せっかく会えた息子と離れたくないと言ったらしくて。本来ならルーセルが別の場所にいく予定だったんだが急遽予定変更になったんだ」
「ああ、師匠さんは奥さんにベタ惚れでしたね」
「万年新婚夫婦だからな。ルーセルも半分は生け贄のようなものだ」
「キュリーに機嫌とってもらえるように言っておきます」
うっわー。
ルーセル先輩、べったべたに甘やかされて、ついでに着せ替えさせられて、最終的に女装とかさせられてるんだろう。私は奥さんにあったことないけど、どんなことが起きてるのかはキュリーから聞いて知ってる。セルマ先生がいる間はそうでもないらしいんだけどね。
ああ。でもすっごく感慨深い。
やっと、やっとセルマ先生がどもらずに会話出来てる.........!
世間話しつつ、ホントはちゃんと話せるんだからって調教じゃなくて言い聞かせてみたら何とかなった。会話が続く人が好きですねってセリフが効いたかどうかは考えない。考えないけどまあ、良かった。ヤッテミルモノダネ!
「ところで、勉強は」
セルマ先生が何かいいかけたとき、受信するほうの術具が淡く光った。
さっと起動させると、何かが暴れまわってる音が聞こえる。
『兄さんっ!きょ、今日は無理.........母さん頼むからそれはやめて.........じ、実験は明日ということで、ちょ、待って母さん落ち着い、てぅわ!師匠っ!何で拘束す』
ルーセル先輩のためにすぐにでもキュリーに連絡してあげよう。
セルマ先生も手を額に当てて、深いため息をついた。
少なくともこの距離でもちゃんと聞こえたっていうのは、ひとつの成果だと思うんだ。内容は、まあ、置いとくとして。




