#21 ちょっぴり変わったおきゃくさま?
お久しぶりです。
仮『どん』です。
待っていて下さった方、はじめましての方も。 ありがとうございます。
良ければ今後ともよろしくお願いします。
新キャラが最後にちらっと顔を出すので、最後まで目を通して頂ければ幸いです。
ではまた。
「店長ー、いい加減に起きてくださいよー」
喫茶店の裏側にある一室のドアを前にして、私は今日何度目かも分からないその決まり文句を怠そうに言った。
「あー、あと20分……」
閉ざされたドアの向こうからは、こちらも相当怠そうな、完全要塞毛布に包まる店長の声が聞こえてくる。 さっきからずっとこれだ。
しびれを切らした私は、部屋のあちらこちらに散乱している安っぽいバリケードを跳び越えて、その完全要塞を打ち破ってやろうと心に決めたのだった。
◇◆◇◆
「彩音ちゃん。 アルバイトの意味知ってる?」
未だ眠気が抜けていない顔で、何やら年季の入ったコーヒーミル(珈琲豆を粉にする器具らしいです。 店長曰く手動こそが王道、自動器具など邪道でしかないとのこと)をぐるぐると回しながら彼は言う。
「えーと、たしか語源はドイツ語でしたっけ? 仕事とか研究とか……」
自分の脳のどこにこんな豆知識が収まっていたんだろうか。 豆だけに。 ハイ、ゴメンナサイ。
「ふむ。まあ、そうかもしれないんだけど、元来この単語が輸入された当時の日本では、内職とか副業とかそんな意味で使っていたらしいんだよ」
「……結局何が言いたいんですか」
極々普通の話だったはずが、みるみる内に本題から遠ざけられ遠ざけられ。
気が付けば会話の波間にゆらゆらと飲み込まれていって、結局何の話だったのかは行方不明。捜索困難、捜索打ち切り。
回りくどい店長の話は、いつもこうだ。
だからせめて今回こそはと、私は一先ずの結論を急かす。
「ふむ、とにかくだね。 彩音ちゃんはこんな朝早くから内職にうつつを抜かすようなことはせず、もっと勉学に勤しむべきだという話だよ」
学業第一、か。あー学歴社会は息苦しいねぇ暮らし辛いねぇー。 などと彼の中では恐らく自分の生活と無関係になってしまっているこの世の中を憂う店長。
……まあ要するに。 店長はさっき私に叩き起こされて、夢の国から強制的に連れ戻されたことが余程気に食わなかったらしい。
彼はほんの10分前まで、一体どんな国で過ごしていたんだろうか。 ハーレム王国だろうか? もしやお美しいお姫様との結婚式中だったんだろうか?
それなら確かに、気の毒かもしれないが。
しかしいくら副業と言えども、開店5分前に爆睡している上司をほったらかしに出来る程、私は度量のある人間ではない。
いや、そもそも私に起こしてもらった店長に、そんなことを口出しされる筋合いはないはずだ。
まぁ、別にいいんですけどね。
もう慣れちゃいましたから。この、清々しいまでに爽やかな理不尽に。
◇◆◇◆
とまあ、このやり取りからも分かるように、店長は意地悪で揚げ足取りないつもの調子に戻っていた。
そして変わったことがもう1つ。
なんとこの店に、少しずつではあるのだが常連とも呼べるお客さんが増えているのだった。
何故こんな時期にいきなり、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、理由は明白。
ここのモーニングを気に入った莉那ちゃんが、文字通り『ご近所さん達』に評判を広めまくったのだ(本当にあの子は何者なんだろうか)。
6月の初め、梅雨に入ると同時くらいにぽつぽつとお客さんが現れ始め、その後この立地の悪さにも関わらず常連となってくれたらしい数人の方達が、今では休日の午後などに来店する。
その方達は皆コーヒーのみを頼むことが多いので、店長の作るコーヒーは大人目に見れば相当おいしいということなんだろう。
牛乳と砂糖を入れねばそれを口に入れることも出来ない私に、果たしてそう思える日はくるんだろうか。 少し不安な今日この頃なのです。
◇◆◇◆
そんな今日は梅雨も終盤に差し掛かってきた6月最後の日曜日。
画面の中で大きな傘が開いていた天気予報に反して、久しぶりの青空が町を覆っていた。
この分だと梅雨明けもそう遠くない。
梅雨が明けたら、すぐそこには夏休み! の前に期末テストとかいう最後の難関。
そうは現実甘くなかった。
この間中間テストが終わったばかりだと言うのに、もう期末テストの影が見え始めているのはどういうことなんだろうか。
しかし期末さえ乗り越えればすぐそこに夏休みがあるというのだから、いやでも頑張らなねばという気持ちになるのも確かな訳で。 飴とムチ、いや、順番的にはムチと飴政策といったところか。
とにかく現在、用意周到な私はちょっと早めのテスト勉強をしているのだった。
「彩音ちゃん。ちょっとそこの百円ショップまで行ってマグネット式将棋盤買って来てくれない? 何故か香車さんがスーパーに牛乳買いに行ったきり帰ってこなくなったんだよ」
「将棋の駒を某ファミレス管理人の奥さんみたいに言わないで下さい。 要は香車の駒をなくしてしまった。そうですね?」
「そうとも言う」
なんと面倒な事実確認。
仕方なく私は勉強の手を止めると、店長からきっちり105円を手渡され、徒歩一分のところにある100均へと向かうことになったのだった。
因みに、たった一駒くらい紙か何かで代用したらいいじゃないですかと反論してみたところ、将棋の趣きが解っていないと一蹴された。
100均の将棋に趣きも何もないと思うのだが。 もう何なんだろうか、あの人。
涼しい晴天の下、私は注文通りのマグネット式将棋盤を手に帰り道を歩いていた。 将棋盤の正式名称は『本格家庭用マグネット将棋』である。 ふむ、長いから却下ー。
建物の陰に隠れた路地に入ると、店の前で誰かがうろうろしているのが見えた。
お客さんかな?
うちの店、ひっそりしてて入りにくいからなぁ。 ちょっと前に常連の人と話したときも、最初は店が閉まってるかと思ったって言ってたし。
ひとまず、近づいてみるか。
接近開始。 ターゲットは中肉中背ならぬ小肉小背。 ターゲットはどうやら女の子。 ターゲットは、ちょっぴり背を丸めてこちらを見ている。
店の前まで到着。 いざ、接客開始。
「えと、お客様ですか?」
「……」
「おいしいモーニング、ありますよ?」
「…………」
頑として沈黙。 なんなんですかこの子は。
私は自分より10センチほど低い、沈黙の少女の顔をできるだけ柔和な笑みで覗き込む。
すると。
「……ここに。……髪の毛が長くて、目が細くて、背が高いひと……、いますか?」
少女は俯きつつ途切れ途切れに言葉を発した。
これは恐らく店長のことだ。 口少なながら見事に特徴を捉えている。 ということは、お知り合い。だろうか?
こんな知り合いがいるなんて、店長は世に言うロリコンサンなのかもしれない。 新事実発覚の大スクープかもしれない。
「うん、いるよ。そんな人。 呼んでくるからちょっと待っててねー」
私は沈黙の少女にしばしの待機を頼むと、カランカランとドアを開けて店の中を覗き込んだ。
「ろりこん店長ー、店の前に少女が来てますよー」
「おかえり彩音ちゃん。 ……近所の皆様に誤解を招くような表現はやめてね」
「じゃあ幼女愛好会会長の店長。 はやく店の前に来てください」
「そんな団体は存在しないし会長も務めてない」
私の戯言を全力で否定しつつ、店長はドアを半分だけ開けてちらっと外を見る。
そしてその顔を見て、沈黙の幼女(いや少女か)はこう言ったのだった。
「……ひさしぶりです。 ……にいさん」
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ここまで読んでくださった方。
更新を待っていて下さった方。
本当にありがとうございます。
だらだらとした仮『どん』ですが、暖かい目でのんびりと付き合って頂ければ幸いです。
あと、1•2話で夏休みを迎える予定です。
そして夏休みと言えば旅行、というプランになっています。
あくまでプランですが、、
では、今回はこの辺りで。
ではまた。